第23話 毛玉
ガサっと音がする。私が薬を作り始めて3時間経った。そろそろ交替の時間ではあるが、結界に何か当たっているようだ。
私は恐る恐る近づいていく。そぉーっと、そぉーっと、忍び足で。すると、小さくくぅーんと鳴く声が聞こえてきた。
「……緊張しているのかしら?」
胸がどきどきと早鐘を打つ。対処できるように、風の魔法を手に用意しておく。もし、罠で魔物が襲ってきても対処できるようにだ。近づいていくと、小さな毛玉が蹲っている。私は駆けよっていく。周りに注意しながら。この毛玉以外には、気配はなさそうだ。私はさっとその毛玉を掴んで、結界の中へと入れる。
触ったところがぬめっとしている。手を離すと、その手は真っ赤になっていた。
「……血? ケガをしているのね。直して……襲われることもある、わよね? 結界の応用で作ればいいかしら」
私は毛玉を抱きかかえ、火の側まで戻った。翔輝はまだ起きて来ておらず、元座っていた場所へ腰かけた。
「どこにケガがあるかわからないわ。それなら……」
魔法で透明な檻を作る。下に布を敷いてやりたかったが、血が出ているので後回しだ。丸くなっている毛玉はだんだんと弱々しくなっていく。
……早くしないと、死んでしまうわ。
回復魔法をかける。檻の中に緑の雪のような優しい光が降り注ぎ、消えていきそうな荒い息も少しずつ正常に戻っていき、最後には寝息になっていった。容態は落ち着いたようで、一命はとりとめたらしい。ただ、血は大量に流していたので、回復には少し時間がかかるだろう。
血で汚れた体を洗う。毛玉もだが、私も血だらけだったので、翔輝が起きてきたとき、このままだったら驚くだろう。
敷物を取り出し、毛玉の下へそっと敷く。ふわっふわになった毛を一撫でしたら、その温かさに心もホッとした。
「……おはよう。そろそろこ……うたい?」
まだ、半分寝ている翔輝だったが、毛玉を見て一瞬戦闘態勢になるが、結界に守られているのを見て、緊張を少し解いた。私を見て「それは?」と聞いてくる。
「少し前、結界の外で行き倒れていて……血だらけになっていたので、保護しました。襲われると困るので、結界を」
「なるほど、いい判断だ」
「それで、どうしましょう……その、私が拾ったので……翔輝には迷惑がかけられないですし」
「いいよ。夜の間は、俺が見ている。何か様子が変だったら、起こすから寝ておいで」
「……いいのですか?」
「もちろん! ベスは本当に心が優しいんだから。これくらい、俺でも面倒をみれるから」
「ほらほら」と送り出してくれるので、私はテントへと戻った。
「……大丈夫かしら? あの子もだけど、翔輝も」
少し考えたあと、私は眠りについた。治癒魔法は傷口を塞ぐことは出来ても、流した血までは回復できない。上位のものなら、完全治癒ができるのだが、私の今の魔力では……使えないのだ。胸にある私を守るための宝玉。それが、私に制限をする。
夢うつつの中、その制限をとることを考えた。ただし、今の私では無理だし、翔輝でも無理だ。両親二人分の魔力より高い魔力でしか、この宝玉を葬り去ることは出来ない。
……力があればいいのに。翔輝も守れるだろうし、あの子も……。
私は、考えることをやめ、深い眠りについた。
◇
「……おはようございます。あの……」
「おはよう、ベス。毛玉は、この通り……まだ寝ているよ。見た感じ、昨夜よりは回復しているみたいだね。眠ることで、回復を促しているのかもしれない。どうする? 今日は、もう、移動をしないでおく?」
まだ、毛玉は寝て過ごすだろうということで、この場に置いて行くわけにもいかない。どうするかと問われ、私は連れて行きたいと願った。
「わかった。じゃあ、連れて行こう。魔獣との戦闘も多いから……そうだな……小さくなったりできないのか?」
翔輝が呟いたとき、結界の中が突然光った。眩しさに手を翳していると、その光は消えていく。
「……なんだったんだ? いきなり」
翔輝がぶつくさと文句をいい結界の中を見れば、元の10分の1くらいの大きさになった毛玉がそこにあった。
「……聞こえていたのですかね?」
私と翔輝と視線を交わし、小さくなった毛玉へと視線を移す。小さくなればとは言ったものの、本当に小さくなったことに驚きながら、私も結界を小さくする。
「これなら、持ち運べますね?」
「そうだな。じゃあ、朝食だけとって、出発しようか」
朝食を食べ、この場を片付けて歩き始めた。何度か戦闘があり、落ち着いたころに昼食をとる。さらに歩いて夜になったころ、今日の寝床の準備をしたが、どうやら、毛玉は、まだ、起きない。そんな日を1週間ほど過ごし、次の町に入ろうかという頃、私の胸のところでゴソゴソと動くものがある。くすぐったくって、私は地面に転がると、翔輝が驚きながら駆け寄ってくる。
「大丈夫?」
「何だかくすぐったくて……」
そのとき、毛玉だったものが私の服の中から飛び出してきた。拾ったころの大きさに戻り、ちょこんと地面に座る姿は愛らしくクリクリとした目をこちらに向けて、はふはふと笑っているようだった。
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