第3話 私を拒絶するかのように

 目を覚ましたのは、メイドが起こしに来てくれたとき。「きゃーっ!!!」という耳障りな声が部屋に響いて、この部屋に父を始め侍従たちが集まってきた。耳に直接聞こえてくる足音に驚いて目を開けた。

 うつ伏せに床へ倒れていたようで、体中が痛い。


「どうしたんだ! 一体。ベスに何かあったのか!」


 父が私の部屋に入ってきた。床に倒れていた私はのそのそと重い体を起こすと、部屋の出入口では、化け物でも見たような表情で、みながこちらを見下している。


「……どうかしまして? お父様」

「お前は誰だ? ベアトリスの部屋で、一体、何をしているのだ!」


 父の質問の意味が分からず、首を横に傾げてみる。みなの表情は変わらず、私はその理由が思い当たらなかった。


「当たり前ではないですか? 私の部屋ですから、私がいるのは……と」

「何を言っている! うちのベスは女神をも凌ぐほど美しい娘なんだ! お前みたいな牛女なわけがない。そんな失礼な物言いのメイドを雇った覚えもないぞ!」

「お父様こそ、何をおっしゃっているのです?」

「えぇい! 馴れ馴れしい! お父様だと? 貴様、私が誰だと思ってそんな口を!」


 父からの視線は、怒りを通り越し、今にも飛び掛かってきそうなほど殺気だっているように見えた。執事が袖を引っ張っていなかったら、実際、殴りかかってきたのではないだろうか。みなが私を不審なものでもみるように、見下すように、怯えたような目で見てくる。


「お父様っ!」

「そんな娘を持った記憶はないっ! つまみ出せ!」

「まっ、待って! お父様! 私、ベスよ! ベアトリスなのよ! どうなっているの? お父様、信じてちょうだい!」

「この嘘つきめ! 何をしている? 見るのも不愉快だ! 早くつまみ出せ!」


 父の叫び声に部屋の外で待機していた門番たちが部屋に入ってきて、私の両脇を抱え立たせようとした。急なことに驚き抵抗する私に、男性とはいえ門番の二人では足りず、他にも四人の門番が応援に駆け付け、外へと連れ出される。「お父様! お母様!」と叫び続けたけど、家族には見向きもされず、引きずられるまま屋敷から追い出されてしまった。門番に「ベアトリスよ! 信じて!」と縋りついたにも関わらず、「お嬢様はこの国1番の美人なんだ! お前のはずがない!」と蹴り出され、往来に寝巻きのまま放り出された。閉まっていく門をなすすべなく見つめることしかできない。


 その場に崩れ落ちる。


「……お父様、本当にベアトリスなのよ。あなたの娘なの」


 開かない門を見つめ涙を流す。寝巻きの袖で拭っても拭っても拭いきれない涙。街道を行き交う人々は私を見てヒソヒソと小声で話をしている。何も持たず、私はこれからどうなってしまうのだろう。目の前に高くそびえ、私を拒絶するかのように閉められた門を見上げるしかなかった。


 ここにずっといるわけにもいかない。裸足と寝巻きのまま、腕を摩りながら街を歩く。春の訪れを待つばかりの街はまだ寒く、この薄着では風邪をひいてしまう。


「今日は卒業式だったのにな」


 一人、学園の方を振り返りごちた。途方に暮れ、ひたすらあてもなく街を歩いた。貴族令息令嬢の卒業式に合わせ、街もまた、お祭りをするらしい。毎年のことなのに、私はこの時期、クライシスの補習に付き合っていたので、街の様子をあまり知らなかった。


「こんなに賑やかなのね!」


 家を追い出され、落ち込んでいた私も、街の活気のおかげで、ほんの少しだけ元気になり、歩を進めることができた。幼いころから、街へほとんど出たことがなかったから、とても新鮮であった。

 とぼとぼと歩けば、みな貴族令息令嬢の噂話で忙しいようで楽しそうだ。私だけ、心から落ち込んだまま、肩を落とし俯いていた。ふと妙に体が重いように感じる。すれ違う人が、珍しいものを見たというふうに私を振り向き嘲笑している。

 そんなこと、今までなかった。貴族令嬢である私は、いつ、どこに出しても恥ずかしくないようにと教育されていたから。初めての不快な笑いに戸惑うばかりであった。

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