第2話 もうもういってたから、牛になっちゃえ!
卒業式の前日。クライシスと私は最終試験のことで喧嘩をした。なぜ、同じパーティーの私や他の二人に「助けてくれ」と声をかけなかったのかと。普通に考えれば、クライシス以外はブーストの付与魔法が使えた。いや、むしろ、他の魔法もクライシス以上に使えるし火力もある。それを知りながら、他のパーティーのマリアーヌの手をクライシスが躊躇わずに取ったことを責めた。
それは、私のマリアーヌへの嫉妬からくるものなのか、他の二人への懺悔の気持ちからなのか、はたまた常日頃からの鬱憤なのか。何に起因しているかわからなかったが、ただただ体の内から膨れ上がり湧き上がるような感情を自身でもうまくコントロールすることができなかった。
私たち貴族は、学園の最終試験が未来に繋がる重要なものだ。魔法に関する国内機関へ就職する際もこの成績によって、すでに未来を閉ざされる場合もある。他の二人については、幸い最終試験の結果以外もとても優秀だったため、将来への影響はなかったようだが……。それを知らないクライシスではないはずなのにだ。
「もう! どうしてですか? これまで、苦楽を共にして、一緒に戦ってきたパーティを裏切って、この先、クライ様に何の得があるのです!」
「そんなものどうでもいい! どうせ、俺は国の機関への就職は無理だ! アイツらだって、何もできない俺をバカにしていたことも知っている」
「そんなことありませんわ! もう、どうしてそんなに卑屈になるのです? みなはクライ様の努力も知っているではありませんか!」
「上辺だけの言葉なんていらない。ベスがいなければ、俺のパーティーに加入するのも断ったはずだ」
クライシスの言った言葉に息をのむ。確かに、私たちのパーティーは特殊だ。活動の中心をクライシスにしないといけないという使命の元、集めたメンバーだった。婚約者であるクライシスのことを導く者として、私はクライシスの父から頼まれていた。
プライドだけは高いが魔法のセンスもなく、人気もなく、子どもっぽく扱いにくい、いわゆる落ちこぼれのクライシスをどうにか人並みにしてくれと。
学園にわざわざ入学させた理由は、友人を作って少しでも悪いところを改善されることを願ったクライシスの両親の優しさだった。
それすら、両親の想いどおりには叶ってはいない。
「ベス、俺にいちいち指図するな! 婚約者だからって、説教じみた話はうんざりだ!」
「……なっ、」
クライシスの本音ともとれる言葉に傷つき、言葉に詰まってしまった。「帰ってくれ!」と言われたので、それ以上何か諭したとしても聞き入れないことはわかっている。言われたとおり、素直に屋敷を後にした。
本来なら、卒業式や結婚式の準備について話をするはずだったのに、それも出来ず、子どもっぽいクライシスにはこちらがウンザリしていた。
伯爵の娘である私。両家の父親同士が友人のため、早々に、婚約者を決められてしまい、私の意志は関係なく将来が決まっていた。
逆らうこともなく、幼いころからクライシスを立てるよう教育され、今はそのクライシスから疎まれている自覚はある。
今回の最終試験もそういった感情から、私たちを拒み、恋仲であるマリアーヌの手を取ったのだろう。それなら、それでいい。いっそ、婚約も解消してほしいと思うが、没落も二文字がちらつくクライシスの両親が私を離さない。私を人質に、成金と言われている我が家から援助をもらっているから。クライシスがいくら婚約を解消したいと願い出ても、許されないのだろう。
お金の欲しいクライシスの両親と伝統ある貴族と姻戚を結びたい私の父の思惑どおり、物事が進んでいっている。学園卒業後、それほど置かずに結婚が決まっている。私は、ままならない人生を嗤った。
「ただいまもどりました」と父に声をかける。火の消えた家とはこういう家のことを言うのだろうか。父は仕事、母は愛人宅、兄は引きこもりで、我が家はバラバラだ。
「……どうなることかしら?」
自室へ戻るとメイドが窓を閉め忘れたのだろうか? カーテンが風で揺れている。私は、ため息をひとつ、窓を閉めに行く。
近づくとわかるわ。何か気配がする。バルコニーに誰か、いる……?
気配を消していても、近づけば肌をざわつかせる何かを感じた。
「……へぇ~、かなりの美人だ」
「誰?」
「ベアトリス様にはなんの落ち度もないけど、裏仕事だからね。報酬を出したご主人様を恨むなら恨んでよね?」
どこにも所属していない野良の魔術使いらしいその人物は、黒いマントにフードを目深にかぶっている。その奥から、赤い目だけが光っていた。
「……人非ざるものっていうけど、こんな美人、そんなのにしたらもったいない」
「……? どういう……」
「もうもういってたから、モウモウになっちゃえ!」
魔術師の声が部屋に響いた。パッと辺りが一瞬光ったあと、私はその声がだんだん聞こえなくなり、床に倒れたのであった。
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