第5話 一目惚れ?
「……どうかしまして?」
「何か困ったことはありませんか?」
私と視線を合わせるように、その青年はわざわざ屈んでくれる。糸のような目で、私はその青年を見つめるとニカッと笑う。人懐っこそうな彼は、申し訳なさそうに私の服装を指摘した。さすがに指摘されたら恥ずかしい。寝巻のままなのだから。
「……困っていることはたくさんありますけど、見知らぬ人に声をかけられても……どうしたらいいかわかりかねます」
「そんなの簡単だ」
「どういうことですか?」
「本当に困っているのだから、俺の手を取ればいいと思うよ?」
優しい表情と声で、手を差し伸べてくれる彼に思わず手を伸ばしてしまった。この姿になってから、誰にもかけてもらえなかった言葉に縋りたくなった。ただ、一定の距離から進めない。伸ばした手は空に留まったままだ。
「どうかした?」
親切で言ってくれているように感じはしたが、さっきからのこともあり、彼に疑いの目を向けてしまう。いいようにされてしまうのではないか、最悪、奴隷商人に売られてしまうのではないかとか、酷い目に合うのではないかと。今日起こった出来事だけで、何もかも疑心暗鬼になってしまった私。そんな私に優しい言葉は、体をゆっくりと蝕む毒のようだった。
「あぁ、そっか。忘れていたよ」
「何をですか?」
「まだ、名前を名乗ってなかったね?」
「……そういうことではなくてですね?」
「じゃあ、何? どっからどう見ても、俺は好青年だけど?」
「……」
彼を見つめたまま、言葉に詰まってしまった。彼を見ていれば、彼の言葉に嘘はないように感じたからだ。
ただ、見ず知らずの人が、今の私のために、嘲笑うことはあっても、何か施しをしてくれるとは、とても思えなかった。
「ごめんね? 何か気に障るようなこと言っているのかな?」
「……いえ。そういうことでは」
「じゃあ、なんだろう? んー、そうだなぁ。こんな道の往来で身分は明かせないんだ。これで許してくれる?」
ますます怪しいと手を引っ込めようとしたとき、金色をした身分証を空で固まった手に渡された。手元に引き寄せ、その身分証を見る。見たこともない花の紋章に見惚れていると、「桜っていう花だよ」と教えてくれた。
「異国の方ですの?」
「まぁね? 東の端の国」
「そんな方が、どうしてこんな……」
「留学だよ。隣国で3年ほど学んで帰るところ。もし、よかったらだけど、この国に未練がないのなら、一緒に行かないかと思って」
身分証を返しながら考えた。私は、この人についていったとして問題はない。今朝方、父に屋敷を追い出されたのだから。逆にこの人はどうだろう? 私と旅をすることに何かメリットがあるのだろうか?
「どうして、私を?」
「一目惚れ?」
「嘘おっしゃい!」
「嘘じゃないです!」
彼は頬を膨らませながら、「ひどいなぁ……」と呟いている。そのあと続いて呟いた言葉は小さすぎて聞こえなかったが、嘘を言っているようには見えなかった。
「……見ての通りですけど、一緒にいて恥ずかしくないですか?」
「もちろん! 君の容姿のことで、とやかくいうヤツがいたら任せておいて!」
意気込んで拳を握る姿に笑ってしまった。握っていた拳を開き、「一緒に行こう」と、もう一度差し出される。私はその手を見つめ、ひとつ頷いたあと、今度はしっかりとその手を握った。
「よろしく! 旅の人」
「旅の人か。翔輝とでも呼んで」
「ショーキさん?」
「発音が難しい?」
「聞き慣れなくて……」
「そうだよなぁ、俺の国はここからずっと遠いところだから、聞きなれないんだな。だいたいで大丈夫だから。じゃあ、行こうか。お嬢さん」
「待ってください。私も名を」
「あぁ、忘れていた」と言う翔輝に挨拶をする。何をしても寝巻きなのと、このダンダンダンダンとした体つきなためサマにならないが、寝巻きを少しつまみ「よろしくお願いします」と笑いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます