第6話 蒼玉の宝飾品を
「ベアトリスか。長いな……」
「でしたら、ベスとお呼びください」
「わかった、ベス。じゃあ、まずは身なりを整えよう。そのままじゃ、目のやり場にも困る」
「……そうですわよね」
「これから長旅になるし、動きやすい服や生活用品を揃えよう」
「あの、私にはお金がありません! どうしたら……」
翔輝が腰につけていた皮袋を取るとじゃらっと鳴る。その音は重みのあるものだ。
「当面の資金ならあるし、旅は長いからこれだけじゃ足りない。途中で稼ぐこともある」
「そうなのですね?」
「あぁ、こちらで学んだことを忘れないように、実践も兼ねて。商売をすることもあるよ?」
「商売ですか?」
「宝飾品を作ることができるから、そういったものを売ったり?」
「そんなこともできるのですか?」
私は一通り何でもできるという翔輝に驚きを隠せない。宝石や金銀は買ってあるそうで、それを旅の途中の時間があるときに加工するらしい。
「ベスにも出来たら贈るよ」
「そんな……いただけません」
「いいんだ、ベスにどうしても渡したいから。その美しい青色の瞳と同じような蒼玉の宝飾品を。そのときは、何も言わずに受け取ってほしい」
微笑む翔輝。穏やかなその表情に私は頷いた。蒼玉とは、サファイアのことだろう。私の瞳の色を褒めるときに『サファイアブルー』とみなが言っていたから。
宝石の持つ意味をご存じで言っているのかしら?
翔輝はきっとそんなことは知らなないだろう。でも、その心が嬉しかった。あの冗談だとも思える『一目惚れ』と言った言葉を信じそうになる。
「宝飾品を作れるようになるのは意外と便利だよ。鑑定は出来る?」
「一応は……それほどではありませんが」
「なら、俺が見繕ったものを宝飾品にするってことで覚えなよ」
「……いいのですか? 私は、その……」
「いいんじゃない? 旅は長いんだからいろいろなことに挑戦してみればいいよ」
翔輝は私に新しい道を示してくれる。知らない世界を見せてくれるようで、漠然とした未来への不安はあったのに少しだけ和らいでいく。令嬢の私に何ができるのかと考えたけど……、私の道は翔輝のおかげでどうにか繋がりそうだった。
「ベスは身体強化の魔法は使える?」
「もちろん!」
「ならよかった。これから徒歩での移動になるから、自身にかけておくといい」
翔輝に言われるがまま、身体強化の魔法を使う。さっきまで重かった体は身体強化の魔法のおかげか軽くなった。糸目の目をめいっぱい見開いて驚いていると、そんな私を見て翔輝が笑っている。
「どうかしまして?」
「あまりにも可愛らしい反応しているから」
「目から鱗でしたの。重い体なのに、こんなことで楽になるとは……」
「身体強化の魔法を使ったことはなかった?」
「演習のときにしか魔法は使ったことがなかったので……本当に驚きました」
「常駐魔法としてこれから使うから、効果が切れたらかけて」
「わかりましたわ」
「あと、同時に他の魔法は使えるかな?」
「問題ありませんわ。複数魔法は得意でしてよ!」
返答に微笑む翔輝は私の手を取り、王都へと戻っていく。今朝方、途方に暮れて泣いて走った街道なのに、手を取ってくれる人がいるだけでどんなに心が軽いか。
私の心はとても温かかった。「ありがとう」と小さく小さく聞き取れないほど小さく呟いた。
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