第30話 一人では逝かせませんから!

 真っ黒な空に雷が走る。ビカッと光るそれを怖がっている暇はない。シャドウに避けるよう指示を出し、私は魔法を翔輝に浴びせかける。それほど、ダメージはないのか、痛みに鈍いのかわからないが、気にしていない。


 ……どうやったらいいのかしら? ねぇ? 翔輝。私の元へ戻ってきてください。


 願いを込め見つめるが、赤い瞳には獲物を狙う鋭さしかない。シャドウにとにかく逃げ回るよう指示をして、様子を伺うしかなかった。


「あっちゃー! 旦那、本当に邪龍になってんじゃん!」

「こらっ、桃! 旦那様に向かって失礼な物言いは私が許しませんよ!」

「美鈴ねぇ、怖すぎっ! それより、巫女は見つからなかったみたいだな」


 突然現れた二人の凸凹。『旦那』と呼んでいるのは、翔輝の話だろう。


 ……桃さんと美鈴さん? 翔輝の言っていた家族かしら?


 少し離れたところから、二人を観察していた。


「じゃあ、おいらがとってーきのヤツぶちこむからさ、美鈴ねぇ頼むよ?」

「任しておきなっ!」


 連携をとって、空をかける二人。大技をするらしく桃は邪龍から少し距離をとった。その間、美鈴が相手をするのだろう。

 煩わしそうに邪龍も美鈴を落とすことを決めたようだ。私から一旦意識を美鈴へと変える!


「さぁさぁ、お立ち会い! 王太子殿下の懐刀の美鈴。ここまでの恩を返すため、変わり果てた殿下を取り戻す……いざ、まいる!」


 持っていた刀が炎を纏い大刀よりさらに大きくなった。魔法で補強しているのだろうが、限界を振り絞っているのが見えた。


「魔力量が膨れがって……、瞬間的に私の魔力量に近いわ」


 赤くなった刀身を中心に、大玉の火球がいくつも現れた。刀身を美鈴が振った瞬間、その火球は邪龍に向けて飛んでいった。

 火球の真ん中に岩が入っているのが見えた。火属性だけでなく、土属性も持っているのだろう。物理的にも攻撃するつもりだ。


「あれだけ食らえば……」


 邪龍の方を見れば、煙幕状になり、状況がわからない。ただ、大きなエネルギーは感じられるので、倒してはいないだろう。


「……ダメそうね?」


 私は、邪龍の周りが晴れてきたので確認すると、少しばかりの怪我がある程度だ。煙幕が流れきらないうちに体を仰け反らして、何かするらしい。気づいていない美鈴はこのままだと怪我をしてしまう。シャドウに言って美鈴をヒョイっと回収する。


「あなたは?」


 美鈴が私を見た瞬間、元居た場所に反撃があった。その先に山が見えていたのだが、5つ分ほど、消し炭になってしまう。


「なっ! これほどとは。旦那様……本当に、世話のかかる! この世界を何だとおもっているのかしら!」


 憤慨する美鈴に「本当ね! お説教が必要だわ!」というと、目を丸くして、その後頷きながら微笑んだ。


「助けてくれてありがとう。あなたは、異国の方ですか?」

「えぇ、翔輝とここまで一緒に旅をしてきました。私、翔輝に言いたいことがあるので」

「あなたも? 私もです。旦那様は、本当に世話の焼ける人だ。こんな美人にまで、……こんな美人にまで?」


 美鈴は、自分が乗っているふさふさしたものを撫でる。天狼の毛がふわっとしているのを見て驚いた。


「……邪龍の巫女?」

「違いますよ! 私は、ベアトリス。『厄災の魔女』です」

「『厄災の魔女』? 西の国の御伽噺の?」

「御伽噺ではありませんよ。全魔力が解放されたので、今なら、世界消滅できるぐらいの魔力は十分ありますよ!」

「いやいや、ちょっと待って? 世界消滅出来ちゃう『厄災の魔女』と世界破壊しちゃう『邪龍』って……どんな組み合わせですか!」

「たまたまです。こういうのを人は『運命』と呼ぶのかもしれませんね!」


 そう笑った瞬間、邪龍に大きな雷が落ちる。桃と呼ばれた少年が、とっておきの魔法を放ったのだろう。ただ、その魔法も邪龍には毛ほどの効果はないようだ。


「……もう、打つ手なしじゃない。旦那様に聞いていた魔法は全て試したのに」

「翔輝があなたたちに託した魔法ですか?」

「そうです。もし、巫女が見つからず、邪龍になったときは、止めてくれと。国では私たちの魔力量に敵う人物は、もういません。その私たちの全力で、止められなかった。もう、打つ手がない」


 愕然とする美鈴。私は、他に方法はないかと考える。世界を消滅する『厄災の魔女』最大魔力……秘儀と言われるものなら、あるいは倒せるかもしれない。ただ、それを発動するには、時間がかかる上に、翔輝を失うかもしれない。

 そんな怖さを天秤にかけた。


 ……私、世界のことなんて、二の次なのですね? 翔輝。もし、あなたの命を失うことになったら……私も一緒に逝きますから、信じてくれますか?


 心の中で呟き、邪龍を見る。桃が困り果てた様子で邪龍と相対しているが、焼け石に水だ。決心なんてとうの昔についている。どこまでも、一緒にいたいと思える人が、この世界を好きなあの人が、この世界を無くしてもいいとは思えない。


 たった数ヶ月の恩には、私の人生をかけるので、翔輝返してもらう分のほうが多い気がしますけど! きっと……。


「美鈴さん」

「どうかしましたか?」

「私が翔輝を止めます。時間が必要ですから、10分ほどお時間をいただけますか?」

「それは……」

「世界を無くすことはしません。翔輝が好きだという世界は、守ってみせます。それに、翔輝には言いたいことがたくさんありますから、必ず取り戻してみせますわ!」


 涙目を拭き、頷く美鈴。桃と一緒に邪龍の気を引くと、シャドウから飛び出して行く。桃の側で、作戦を言っているようで、二人の連携が戻っていく。

 私はそれをみて、シャドウに断りを入れる。


「シャドウ、私と一緒に死んでくれますか?」

「もちろん!」


 子どものような声が頭に響く。シャドウは見た目は大きくても、まだ、子どもだ。そんなシャドウを巻き込むのは忍びなくおもったが、頭をなで「ありがとう」と首にしがみついた。

 態勢を立て直し、私は叫ぶ。


「天におわす神々よ、『厄災の魔女』ベアトリスが命令する。主神ゼウスの名の元、我に魔を打ち砕く力を。火の神ヘパイトス、知の女神アテナ、海の神ポセイドン、地の女神セレス、軍神アレス、旅の神ヘルメス……そして、愛の神アフロディーテ」


 神々の名を呼んでいくと、私の周りに八色の玉が光り輝く。それをありったけの魔力でひとつの大きなものに変容させる。虹色に輝くそれらは、とても綺麗だった。


 ……私に残る魔力、全部を差し上げます。どうか……翔輝を私に返して!


『なかなか、異国の者がおもしろいことをしておる。ちょいと私も力を授けよう』


 突然、声が聞こえてきたと思ったら、その中に吸い込まれていく。黒色のそれが入って行った瞬間、パンっと大きな音と共に巨大な黒い火球に変わる。


 ……どういうこと? 伝承では七色に光り輝く剣に変わったと聞いているわ。


 おかしなことになっているそれを見つめる。戸惑う私に声が聞こえてくる。名も知らぬ男神のようで、東の国特有の話し方をしていた。


『お嬢さん、今から一緒に歌を歌っておくれ』

「歌を? でも……」

『いいから』


 頭の中に響く音と共に聞いたこともない歌が頭を駆け抜けていく。


『 真っ赤に燃えるかまどの炎

  暗闇の淵から閃光ひかりを掴む

  えにを貫いた者は

  此の世の宿命さだめを受け入れる

  こころざしを纏う魂を斬り刻んで

  白きほむらの上に舞い踊れ  


  来たれ! 邪龍殺しの大太刀じゃりゅうごろしのおおだち     』


 真っ黒だった球体が形を変え私の手に収まる。握る柄が出来、私はそれを握った。刀身を柄から先端へとなぞるように余計な魔力を払えば、真っ白な刀身が出てきた。見たことがないそのものに戸惑っているとクスっと笑う女性の声。


『東の国の神は粋なことをする。剣ではなく、この子に刀を打たせるとは。クス、いいでしょう。私の名も呼んで、『厄災の魔女』』

「竈の女神ヘスティア」


 刀身がより一層光り輝いていく。眩いほどのそれを翳すと美鈴や桃に向けられていた邪龍の赤い目がこちらを捉えた。美鈴たちも役目を終えたと離脱してくれる。


 ……ん。怖い。でも!

『大丈夫だよ、ベス。俺が全部受け入れるから。この場所を狙って欲しい』


 それは翔輝に渡したブレスレットにつけていた宝玉だった。私の魔力が混ざっているので、この刀と共振していた。コクと頷くと、天高くシャドウに登ってもらう。


「一人では逝かせませんから!」


 十分な高さに登り切ったとき、私はシャドウから飛び降りた。翔輝が示してくれた場所へ……私は刀を振りかざした。

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