第9話 ゲーム内での再会
「ところでユズキ、お前誰に向かって話してるんだ?」
「それはもちろん……大輝様です」
この質問にどこかおかしなニュアンスが含まれていることに気づいたのか、ユズキが一瞬言葉につまった。今こそコイツをからかうチャンスだ。
「はずれだ! 俺はたしかに大輝だが、アバターが別人になってる」
「別人、ですか?」
「大輝なら今、俺の横でのんきに寝てやがる。なんだか知らないが、目覚めたら学級委員長の姿で学校にいたんだ。俺は欠席してた俺に会いに、自宅に飛んできたってわけさ」
「なるほど。そういうことでしたか」
電話の向こうの声はそれほど慌てていないようだ。なんだ、もっと大げさに驚くと思ったのにな。
「あまり驚かないんだな」
「いいえ、驚いていますよ。もしあなたがそのクラスメイトの学級委員長の姿でそこにいるのなら、あなたにはその姿で確かめたいことがあるのではありませんか?」
「確かめたいこと、だと?」
ピンポーン。
ドアベルが鳴ってベッドに腰かけていた俺は飛び上がって驚いた。来客? いや、そんなことより、あの倒した男はどこにいった? 俺が自分の体や電話に気を取られている間に、気を失って倒れていたそいつは姿を消していた。
「消えてる! 男が消えちまったぞ」
「とどめを刺さないとそういうことになります。これからはしっかりと……」
ピーン……ポーン。
間の空いた鳴らし方。訪問者は在宅の人間がうるさいと思わないようにと、わざわざ配慮する性格らしい。
「いや、まてよ」
あまり考えられないことだが、さっき逃げたやつが今度は玄関から入ってきたということは考えられないか?
こちらが油断していると思って、扉を開けたとたんに刃物でグサッと……。
俺はゆっくりと玄関にやってきてドアに近づき、外を覗いて思わず声を上げそうになった。
そこにいたのが、優菜、西崎優菜本人だったからだ。
彼女とは高校時代に接点がなく、教室でもほとんど会話したことがない。まして最寄り駅が違う俺の自宅に来るなんてありえないことなのだ。
いや、これはゲームだったはずだ。
ゲームにしてはリアリティたっぷりなのは、俺が飲んだ薬のせい。何も驚くことなどないのだ。
俺は必死に自分を納得させようとしたが、ゲームであろうと優菜が近くにいると思うと心臓の鼓動が勝手に早くなる。
「あの、烏丸くん、えっと、大輝君、いらっしゃいますか?」
「うっ」
俺は出そうになる声を止めようと、思わず口をおさえた。
どうやら俺が玄関ドアから覗いていることはわかっているらしい。
「ご、ごほん。えっと、西崎さん!? なんで家に?」
「あ、あの。プリント。先生から渡すように言われてきたの」
「それにしたって。西崎さん、家遠いでしょ?」
「ううん、ついでがあって寄っただけだから。それに、今日私日直で教室に遅くまで残ってたから。先生が来たとき私一人だったの」
なるほど。おそらくついでというのはウソで、後者が本当の理由だろう。そういう女だった。優菜って奴は。
「ああ、ごめん。今、開けるから」
俺はロックを外してドアを開けた。
すぐ外にいた優菜は目を見開いて驚き、身を守るように後ずさった。
その時になってようやく気づいたが後の祭りだ。
「せ、関谷君? 委員長がなんでここに?」
「あ……いや、その。なんだ」
とっさに言い訳が思いつかなかった。委員長がうちに来る理由なんて、なんかあったか?
「関谷君も烏丸くんのことが心配で来たの?」
「ん、ああ」
関谷君も、ということは、優菜も心配してくれた、という意味にとって喜んでもいいってことだよな。な?
「関谷君、先生に頼まれたわけでもないのに烏丸くんのうちに来たんだ。さすが委員長。委員長の鏡だね」
「はは。ま、僕もついでがあったということにしておいてくれ。西崎さんも、だろ?」
「えっ、えーっと」
言い淀んでいる優菜。ここは委員長権限で本心を聞き出してやる。
俺はゲームだのなんだのということはすっかり忘れて優菜と話すことに夢中になっていた。
「大丈夫。彼は自分の部屋で寝ている。本心を話しても聞こえないさ」
「……」
「キミだってクラスの代表としてふさわしい行いをいつもしてるじゃないか。クラス全員に気を配っていることを僕も知ってるぞ。大輝の奴にプリントを届けにきたのも、そういうキミの優しさがそうさせたんだろう?」
「や、優しさなんて……」
恥ずかしそうに目をそらす。バッグから出したプリントを意味もなく揉んでいる。
「ならクラスに溶け込めない彼への同情、かな?」
そうであって欲しくない、と思ったが、やはり確かめておきたかった。どうせ彼女は否定するに決まっている。そう、いつもの笑顔で答えてくれるはずだ。
だが、彼女の反応は俺の予想外だった。
凍り付いたような顔で、俺を、委員長の顔を見つめて固まっている。
その瞬間、俺の頭に突き刺すような痛みが走った。
痛みはどんどん痛くなり、目を開けられないほどの痛みに変わった。
優菜がトイレの前で男と話しているのが見えた。
トイレは……ここは洒落た居酒屋かなにかか?
優菜は膝上丈のスカートに、OLっぽい白いブラウスを着ている。優菜は男が差し出したスマホの画面を凍り付いたような顔で見つめていた。そして男がそっとスカートの中に手を入れるのを、抵抗せずに受け入れていた。
「な、なんだ? 優菜、お前何やってる!?」
「えっ!? ううん。別になんでもないよ。ただちょっと、ここのところ勉強で忙しくて疲れちゃってるのかな。あはは」
優菜は誤魔化すように笑った。
それはいつもの彼女らしい、誰もが癒されるような笑顔だった。
委員長の姿をした俺は、額をおさえて、ついさっき襲った痛みの大きさに体を震わせていた。
「どうしたの? 委員長も具合が悪いの?」
「ああ、ちょっとな」
「うちのクラス、欠席が多いし。このままじゃ学級崩壊になっちゃうよ」
「それを言うなら学級閉鎖だろ? もうそろそろ俺も家に帰って休むとするよ。大輝の奴は寝てるのを確認してから引き上げるから、そいつは僕が預かるとしよう」
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