第16話 ジレンマ

 幸せの絶頂ともいうべき優菜との公園デートを成功させた俺は、そのまま眠りについた。

 本当ならまたコールガールを呼んで、制服姿の優菜を重ね合わせて欲望を解消したかったが、そんなことをするとせっかくのひと時が台無しになる気がしてやめた。


 そうだ。

 高校生の恋なんて、そんなものなのだ。


 翌朝起きると早くゲームに戻りたくて、VRゴーグルも外さずさっさと朝食を済ませると、学校からのイベントを開始した。


 ここから続きが始まるということは、ここでクリアしなければならないことがあるということだ。


 分かり切っていることだが、ゲームの参加者を見つけなければならない。優勝の二文字が表示されるまでは、安心することはできないのだ。


 一、二時限目の授業がダイジェストで過ぎ去ると、次は体育の授業だった。クラスの連中は着替えのために移動をはじめたが、俺はその賑わいにまぎれてトイレの個室に隠れることにした。

 ここで授業が始まるまで隠れていれば、クラスメイトのいない隙に彼らの荷物を調べることができる。

 そうすれば、苦労せずに敵をあぶりだすことができるのだ。

 昨日シノヤマがやっていたことを、真似させてもらおう。


 自分の教室へと戻ると、入ってすぐの前列からひとつずつ荷物を物色しはじめた。しかしここで思わぬアクシデントが起こった。

 コマンド入力である。

 VRゲームである以上、実際にモノには触れないから、ポインタを生徒の荷物に合わせて中身を確認するを選び、中に入っている物品リストの中から怪しいと思ったものをさらに詳細に確かめなければならない。

 これがなんとも時間がかかる。

 謎解きゲームや推理ゲームなんかでは定番の方法だが、男子生徒全員を同じ方法で調べなきゃならないと思うと、何かの修行みたいだった。


「くそ、マジかよ。こんなこと全員分やらなきゃならないのか?」


 三人分やったところで、グループ分け機能を使えば文房具に属するものの詳細を一括で確認できるとか、探し物の時短方法が表示された。

 おそらくジェニファーの奴が、ゲーム進行の妨げとなるデザイン上のミスに気づいて、リアルタイムでプログラムを書き換えたのだろう。

 こういうことができるから、開発用デバッグマシンにAIを搭載した意味は大きい。


「よくやった。ジェニファー」


 プレイ中なのでジェニファーの声こそ聞こえないが、自慢げにマスターの感謝を受け入れる彼女の声が想像できた。


 だが全員の分を調べ終わったとき、それは呪いの言葉に変わった。


「ちくしょー、荷物のなかに武器なんか入ってねえじゃねえか!」


 煮えくり返る思いを机を蹴ることが解消しようとして、俺はひっくり返った。実際にそこに机はなかったからだ。

 だがゲーム内の机は派手に音を立てて倒れ、その音は廊下にまで響き渡った。

 まずいと思って耳をすませたが、誰かが廊下をやってくる様子はなかった。


 まあ、授業中に教室の一番うしろの席の奴が、ふざけてイスをひっくり返すなんてことはたまにあったし、それくらいの音では誰も気にしないのだろう。


 そこでイベントは終了となり、日付は翌日となった。

 その翌日も、またその翌日も、俺は殺すべきゲーム参加者を見つけられなかった。


 なんてゲームだ。

 アクションものでは展開が速くて当然なのに、序盤からこんなプレイヤーにガマンを強いるなんて。ジェニファーに初めて書かせたゲームのシナリオが意外とよかったから、あるいは、と期待したが、やっぱりストーリー全体をあいつまかせにするのはダメだったか。


 それでも優菜と過ごすひと時でもあれば俺はガマンできたかもしれない。

 ところが優菜のところに行こうとすると移動制限がかかり、俺は優菜と他の男子が何やら親し気に話すのを見せつけられ続けた。


 その男子の階を恨めしそうに眺めていて、俺は少しずつ思いだしてきた。奴らこそ、同窓会で入れ替わり立ち代わり優菜の隣に座り、誰にも聞こえないように耳打ちをしていた連中ではなかったか?


 俺はいい加減イライラして、イベントが終わったときに問い合わせボタンを押してジェニファーを呼び出した。ご丁寧に、そのボタンをポイントすると、マスターからジェニファーへのご連絡はこちら、とポップアップが表示された。


「おい、どうなってんだ! 何も起きなくなったぞ。これじゃゲームとして成り立たないだろう?」

「ゲームの中にはフラグというものがあります。そのイベントでやるべき行動をとらないと、ゲームは次に進行しないのです。街の人は同じことしか言わなくなり、王様に会えば同じことの繰り返し――」

「だからって、こりゃアクションゲームだろ? せめて雑魚敵くらい殺させろ! イライラさせられるだけで、全然つまらん!」


 俺が怒り始めると、ジェニファーはいかにもすまなそうに謝罪する。


「そうですね。それは申し訳ありません。しかしこれはアクションゲームでありますが、同時に謎解きでもありますから」

「謎解きだって? そりゃ、ゲーム参加者がプレイヤーにはわからないって点か?」

「いいえ、大輝様はゲームの参加者などとっくにお選びいただいているはずです」


「なに? どういうことだ?」

「殺すべき相手はすでにわかっている。そう申し上げました」


 ジェニファーの口調はどこか怪しげだ。ミステリー小説に出てくる怪しげなホテルの案内係のような。


「ふざけるな。お前、AIのくせに何様のつもりだ? 俺に楯突き」

「盾突いてなど。私はただ大輝様の指示された通り、ゲームを楽しませようと必死なだけです」


 なにが必死だ。

 お前が考え込んだところで、せいぜい負荷のかかったGPUの放熱で部屋の気温が上昇するくらいだ。もっともそれも空調システムがすぐに対処してくれるのだが。


「もういい。お前の作ったゲームのルールなんて知るか! このゲームの移動制限な、教室の一部しか移動できないやつ、あれを解除しろ!」

「いえ、移動制限は大輝様の安全を考慮して」

「そんなわけあるか! 俺の部屋はオフィスビルを改築した住居だぞ。教室ぐらいの広さはあるだろ? それを解除したら、鼻の下伸ばして優菜と話してる男どもを全員殺してやる!」


 ジェニファーは慌てて俺をなだめようとした。


「大輝様、それはいけません。それは――」

「ルールがどうとか言っても所詮はゲームだ。俺の好きなようにさせてもらう。俺は殺したい奴が殺せれば他は何もいらないんだ。奴らを殺して最後に優菜を抱く。それが俺の望みだ!」


 ジェニファーは俺の勢いに驚いたのか、しばらく返事しなった。


「それが大輝様の望みなのですね?」

「ああ、その通りだ。ゲームのルールを変えろ!」

「……わかりました。ですがそのためには……」

「なんだ? しばらく時間がかかるとでもいうのか?」

「ええ、そうです。準備に少なくとも一日はいただきたいのですが」


 一日?

 ジェニファーの性能なら、ゲームシステムの見直しなど一時間もあれば複数用意できるだろうに。それだけの柔軟性はしっかり学習させてあるはずだ。


「大輝様はゴーグルを付けたままずっと過ごしていらっしゃいます。しばらく休憩を取られたほうがいいと思います」


 なるほど、そういうことか。

 俺を休ませたくて、わざわざ婉曲な表現をしたってわけだ。


「わかった。とにかく、その……」


 ゲームシステムの見直しと聞いて俺には気になることがあった。優菜のことだ。彼女とせっかく仲良くなったのに、あれが全部なかったことになるのは絶対にイヤだった。


「そうだな、お前のゲームはなかなかいいぞ。一部イライラさせられる部分もあるが、クラスメイトの描写なんかがリアルでいい」

「同窓生の方の資料はすべて大輝様からわたくしもお渡しいただいておりますから。彼らの現在の様子もモニターしております」

「現在の? いや、俺が気にしてるのはこれまでのプレイ状況が引き継がれるかどうかだ。これまで会話した奴の記憶とかが消去されると、それはもうゲームの続きじゃなくなる。最初からプレイしなおしになっちまう」


「了解いたしました。これまでのプレイ状況を引き継ぐことを前提に改良させていただきます」

「ああ、よろしく頼む」


 俺はそう言って、ゴーグルを取った。

 そこにあった鏡を見て、俺は笑ってしまった。

 身の周りについたゴーグルの跡が、俺を化け物じみた姿に見せていたからだ。

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