第17話 エスカレート

「それでは追加されたルールをご説明いたします。心の準備はよろしいですか?」

 次にゴーグルをつけたとたん、目の前に女性の姿が現れた。ホログラムのような見た目で、高校時代の俺の部屋に立っていた。


「お前、ユズキか?」

「はい、突然お邪魔して申し訳ありません」

「ああ、そうだな……」

 俺は彼女の足元から上へ、ゆっくり視線を移動させた。

 黒の革靴、白の短いソックス、チェックの短いスカートからは細いわりに柔らかそうな長い足が伸びている。シャツの裾は短く両手をあげればヘソが見えてしまいそうだ。ブレザーもそれに合わせて裾が短くデザインされていた。


「いかがでしょうか? 私のボディは?」

「そうだな。イラストレーターに発注した、可愛くてちょっとエッチな女の子って感じだ」

「エッチですか? たしかに。こんな体にピッタリな制服なんて、現実では校則違反になってしまいますよね?」

「ああ、実際にそんな服があっても、ピッタリすぎて脱いだり着たりできないだろうけどな」

「いえ、大輝さんのコマンドでキャストオフもできますよ? お望みならシャワー室まで来ていただければ、ラッキースケベイベントなんかも再現できます」


 彼女は自分で言い出したルールの説明を忘れてしまったのか、楽しそうに無駄話を続けた。


「そんなものはいい。さっさと改定したルールを説明しろ」

「例のコールガールを呼んで私をアバターとしてお使いいただければ、可愛くてちょっとエッチな女の子とセックスだってできますよ?」ユズキは話を聞いてないのか、俺の質問を無視して話し続けた。「それから彼女、大輝さんというお得意様を失いたくないのでしょうね。望まれれば大輝さん自身を直接受け入れてもいいとおっしゃってます」

「っ!」

「あっ、ご興味ありますか? ピクってされましたね」


 ユズキは無遠慮に俺の股間に目をやった。

 頬を赤らめ、エッチイベントが発生した時の女の顔をしている。


「やはり直接お目にかかった方がのあるお話ができそうですね、うふ」

「よせって言ってるだろ!」

「すみません。命令は受け取りましたが、大輝さんの視線から察するに、私の体が欲しいのかと」


 彼女に言われてようやく気づいた。

 俺は優菜に手をだした奴らを殺したいと思っているが、同時に性欲も高まっている。優菜を自分のモノにしたい。手垢をつけた奴らなんかのことを、俺の愛で忘れさせてやりたい。


「いいや、俺は優菜が欲しい、そう思ってるだけだ」

「そんなに優菜さんがいいのですか?」

「ああ、もし本物の優菜を抱けるなら、他のことはどうだっていいさ。それくらい俺は彼女のことばかり考えてる。お前がいくら誘惑しても入る隙もないさ」


 俺はユズキから顔をそらした。

 目の前に抱ける女がいるのに、彼女から意識をそらすのは難しかったからだ。

 俺は同窓会で見た優菜への性暴力、気の弱い女を食い物にする奴らを思い出し、やるべきことを改めて確認した。


「確認いたします。もし本物の優菜さんが抱けるなら、本当に後のことは――」

「しつこいぞ! そうだって言ってるだろ。俺はさっさと奴らを殺したいんだ。しっかりと盛り上げないと承知しないぞ」

「了解いたしました。大輝さまを驚かせるような派手な演出を採用いたしますよ」



「大輝さん、優菜さんに危険が迫っています。助けに行ってもらえますか?」

 日付が変わったあとのお約束、授業イベントが終了したあと、ユズキは俺の携帯を通して連絡したきた。


「ここか? ハルキが優菜を連れてったっていう公園は」

 前回と違い、彼女の家の近くではない。

 駅でいえば二つ分くらい離れた場所にある、管理が行き届いていなそうな公園だ。トイレには落書きがあり、暗くなってから近づくのは遠慮したい場所だ。

「ここは彼女が通っている進学塾の近くの公園です。ハルキは同じ進学塾に通っているため、彼女と接点があるのです」


 そういえばそんなことを聞いたことがある。彼女の父親は意外と教育熱心で、母親とは対立することもあるものの、できるだけの教育を受けさせようと自分で娘の通う塾を探してきたと。

 俺からすればずいぶんと行動的な父親だ。

 父親など育児を母親に任せて仕事ばかりしているものと思っていた。


「ハルキって、たしか眼鏡をかけた大人しそうな奴だよな? あんな奴が優菜を襲うなんて考えられないんだが」


 俺は思ったことをそのまま言った。

 すぐにユズキはそれを否定する。


「いいえ、彼は学校では猫をかぶっているだけで、その本性は悪です。小学校時代に道に捨てられていた子犬を連れ去った末、殺して遺棄した過去があります。彼の言い分は、捨てたやつは自分で殺せないから箱に入れて人任せにした。だから俺が殺してやった、だったそうです」

「お前、未成年の犯罪歴なんてどうやって調べたんだ?」

「スキャンダルは隠しても噂が長い間残るものです。それに今はそんなこと言ってる場合じゃありませんよ。ほら」


 電話なのに俺の視界を把握していて、まるで隣にいるような話し方だった。セリフとしては違和感があるから、あとで調整を要請しよう。


 だがそんなことはすぐに忘れた。

 目の前で優菜を押し倒しているハルキを発見したからだ。

 いったいどこまで思いつめればこんな後先考えない行動ができるのかと目を疑ったほどだ。


 優菜は足を開かされ、地面に寝かされている。

 ハルキはその間に自分の腰を押し当て、彼女が閉じようとする足をしっかりと固定していた。


「くそー、くそー! 僕だってがんばってるんだ。認めてくれたっていいじゅないかあ!」

「ちょ、何言ってるのハルキくん。はやく、はやくどいてってば!」

「そうやっていつも僕の言うことを聞かないんだ。僕にだって僕の心がある。やりたいことがあるんだよ。だから、だから!」

「わ、わかったから。ハルキくん、やめて! 話なら聞くからさ」


 ハルキの言動は意味不明だった。

 言っていることと、股間を優菜の足の間にこすりつけていることの関連性がまったくないのだ。

「こいつ、押し倒した相手が誰なのか分かってないのか?」

「いいえ、彼は優菜さんをつけまわすようにしてこの公園に誘導しました。明らかに彼は人目を避けて優菜さんに何かしようとたくらんでいたようです」


 ユズキの説明を聞いてもワケが分からないのは一緒だが、すぐに理由なんかどうでもいいと思い始めた。

 ハルキがズボンのチャックを下ろして自分のものを取り出したから。


「ちょ、ちょっと待ってってば。今やめれば忘れてあげるから! やめて!」

「優菜ちゃん、君まで見て見ぬフリをするっていうのか? 僕がこんなに苦しんでるのに!」

「し、知らないわよ、そんなの!」

「うわー!」

 パシーン。

 ハルキは自分のものから手を離すと、その手でユズキの頬を平手打ちした。

 優菜は驚きのあまり声も出ない。

 暗がりでも分かるほど、一瞬で優菜の顔が赤く染まった。



「わ、わ、わ……」優菜の声は震えていた。「ご、ご、ごめんなさい。だから許して。許してってば」


 ハルキはその言葉が耳に入っていないみたいだった。

 表情は固まったままで、優菜を見つめる目はクラスメイトを見るような目では決してなかった。


 そうだ、捨てられた犬を見て、それが壊してもいいおもちゃか何かだと信じているみたいに。


 俺が出て行こうとすると、電話の向こうのユズキが叫んだ。

「待ってください!」

「待て!? なぜだ、今こそ行動するときだろ?」

「いいえ、すぐに……」


「うわー!」

 目を離したすきにハルキの叫び声が聞こえた。

 優菜から体を離し、顔をおさえながら立ち上がり、後ずさりしている。

「目が、目がー!」


 どうやら優菜が掴んだ砂を顔に投げつけられたみたいだ。

 その砂が目に入り、たまらず逃げ出そうとしているらしい。


 奴は目がほとんど開けられないせいで木や何かにぶつかりながら、トイレへと駆け込んだ。


「これで優菜さんに見られずに彼を殺しに行けます」

「……」

 ユズキの説明は優しくなだめるような声だった。

 そのおかげで、俺はゆっくりと音を立てずに奴の後をついていくことができた。


 そうだ。こんなに連続して優菜に会ってしまったら、俺がストーカーみたいじゃないか。なにしろ俺は彼女との幸せな時間をなかったことにしたくなくて、彼女の記憶を引き継ぐようにジェニファーに言ってしまったのだから。


 奴はトイレで目を洗っていた。

「ちくしょー、ちくしょー、あいつまでバカにしやがって」


 俺が近づいても気づかないくらい、ハルキは興奮していた。

 俺がゆっくりと武器を持ち上げると、ユズキが俺の耳に直接音声を流した。


「この続きは明日にしましょう」

「なんだって!?」

「続きが気になるところでチャプターを終わらせるのは常套手段です。優菜さんは先ほど公園を出て行かれましたし、彼女のことは心配いりませんよ」

「ふざけるな! なんで」

「ここで終わりです」目の前が真っ暗になった。「続きはまた次回、ですよ」


 ユズキは有無を言わせなかった。


 翌日、約束通りハルキの処刑イベントは行われた。

 奴がトイレから出てきたところを、俺が武器を振り上げて何度も殴りつけたのだ。

 重い手ごたえと悲鳴が、まるで本物のハルキを痛めつけているような恍惚感に襲われた。


「プレイヤー・キル」

 奴が動かなくなると、目的達成のメッセージが表示された。


 俺はよろよろと後ずさりすると、異常な疲労とともに性欲の高まりを感じた。


 昨日ユズキにあれだけ興味がないといいながら、俺はユズキにはけ口を求めた。


 こちらの玩具おもちゃを使いましょう。

 警備ロボットに持ってこさせたオトナの玩具を、立ち上がったままの俺に持たせると、ユズキは俺の前にひざまずいた。

 そのまま俺の動きに合わせ、彼女は感応的な口でのサービスを続けた。玩具の動きと完全に連動した映像は、本物以上の快感だった。


 俺はハルキを殺したという喜びを感じながら、ユズキの口の中で果てた。

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