第12話 火事と避難

 最初の授業が終わって休み時間に入ると、俺はなんだか気持ちが落ち着かなくなった。

 というのも、優菜は昨日俺のうちにわざわざプリントを届けにきてくれたのだ。そのお礼をしなければならないだろう?


 ここがバーチャルの世界であることは知ってる。

 あれは本物の優菜じゃなく、単なるゲームの登場人物だ。

 別に義理も人情もない世界だ。

 だけど礼ぐらい言っておかないと、俺の気が済まない。


 実際は優菜に話しかける勇気が欲しかっただけだ。

 ゲームとはいえ、優菜に話しかけるにはそれなりの起爆剤が必要だった。


 先ほどから優菜は近くの席の女子と会話している。

 そいつとの会話が途切れるタイミングを狙って何度か腰を浮かしたかけたが、そのたびに別の奴が優菜と会話を始めた。

 結局、二時間目の開始を告げるチャイムが鳴るまで、話しかけるチャンスはこなかった。


 なんとなく異臭がする、と思い始め、クラスの奴らがひそひそ話を始めたころ、けたたましい非常ベルが校舎に鳴り響いた。


 ジリリリリリ!


 例によってイタズラか。

 それともこの異臭に関連する何かか。

 そんなことを考えているうちに、スピーカーからアナウンスが流れた。


「ただいま、一階購買部を火元とする火災が発生しています。校舎内にいる生徒は教師およびクラス委員の誘導にしたがい、慌てず、速やかに避難を始めてください。なお、火災は校舎西側で発生しているため、避難誘導には東階段を使うように」


 おいおい。火災だって?

 避難訓練は何度もしたが、実際に学校が火事になったことなんて在校中には一度もなかったぞ。


「いや、まてよ……。ふっ、見え見えの展開だぜ」


 これはゲーム内イベントだ。

 おおかたこれから何かが起こるのだろう。


 教室後ろの扉へとクラスの連中が移動、視線を集中させているスキを狙って、俺は教卓の中に身を隠した。委員長が俺の存在に気づかず、数の確認を間違えれば俺を探したりはしないだろう。


 それに、教卓に隠れるという選択肢が間違ったものであるならば、あっという間に委員長は気づいて俺を見つけてしまうだろう。


「よし、男子は全員いるな。それじゃ二列で東階段へ向かうぞ」


 男子と女子は委員長と女子のクラス委員で別々に数えたようだ。

 よし。委員長は気づかなかった。

 俺の選択は間違えていなかったということだ。


 だが、この食道に魚の骨が刺さったような痛みは何だろう。


「昨日俺んちに来てくれたのに、俺のこと忘れやがったのか? いや、あれは委員長じゃなくて、委員長になりすました俺だったな……」


 考えてもしかたないことで傷つくのは若者の特権とばかりに、俺はゲーム中にもかかわらずため息をついた。

 同じ階の連中があらかた避難が終わったころ、俺は気を引き締めなおした。


 俺がゆっくりと教壇から顔をのぞかせると、教室内から声がして驚いた。危うく心臓が破裂しそうなほどだ。


「お前だったか、烏丸」

「な、お前は……。誰だっけ?」

「ふ、忘れたとは言わさねえぜ、烏丸。俺が欠席している間もクラスの連中は俺の話題で持ちきりだっただろ? まあお前みたいな風下野郎は、そうやって強がるくらいが関の山だろうけどな」


 なんだか知らないが自信過剰な奴だ。

 こんなマンガみたいな性格の奴、うちのクラスにいたっけか?


「悪いけど、名前聞いていいか?」

「ふざけんな! 篠山しのやまさまだよ、し・の・や・まー! 思い出したか烏丸―!」

「カラスマ、カラスマってうるさいんだよ。なんなんだおま……」


 待てよ。こいつはさっき俺を見てなんて言った?

 お前だったのか、って言ったな。

 もしかしてこいつがゲーム参加者なのか。いや、こんな大げさなキャラで演じるキャラが登場したんだ。参加者に決まってる。


「シノヤマ、ね、覚えたよ。まさかお前が放火犯じゃないだろうな」

「よくわかったな。なかなか分かってるじゃねえか」


 何考えてんだコイツ。

 いきなり自白しやがったぞ。


「驚いてるな、ふふ。犯人が自白してどうするって顔だ。だがお前に知れてもかまわないのさ。何しろお前は」


 シノヤマは俺のカバンから取り出した、例のゲーム参加者だけが持つ武器を誇らしげにかかげた。


 俺は愕然とした。

 身を隠すことに夢中で、武器の入ったカバンを持ってくるのを忘れるなんて。


「ここで死ぬことになるんだからなあ。火事を起こしておけばお前が死んだときも偽装が簡単だからな。運営に優しいプレイヤーなのさ、俺様はな!」

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