第25話 感謝の涙
俺は連中が持っていたスマホの中から、優菜が犯されているところを撮影した奴の一台を持ち上げた。スマホはパスワードロックされていたため、倒れていた奴の指紋を使って解除する。
最後に撮影された動画を再生する。
そこに映っていたのは、俺が予想した通りのものだった。
「これが奴らの犯罪の証拠になる」
俺がそういった瞬間、優菜は言った。
「消して」
「だけど、これはキミが被害を受けたという証拠になるんだよ? たとえ、その、シャワーを浴びて奴らの体液が消えてもこの映像があれば……」
「だからよ。レイプされたなんて、誰にも知られたくない!」
優菜は突然大きな声で叫んだ。
奴らに乱暴されていたときよりも、もっと大きな声だったかもしれない。
「いいの? 消したら何も証拠が残らなくなって、あとで訴え出ることはできなくなるよ」
「いい。レイプなんかどうせ、うやむやにされちゃうわ」
「なにを言ってるんだ!」
優菜は間違った常識にとらわれてると思った。
きっと何かのドラマを見て、たまたまヒロインが泣き寝入りせざるを得ない状況に追い込まれたとか。
「うやむやになんかならないよ。俺が目撃者として証言するし、物的証拠も」
俺はポケットからハンカチを取り出し、それで優菜の体を拭こうとした。
「やめて!」
「あっ、ごめん。体に触ろうとしたんじゃなくて」
「わかってる。精液なんか証拠にならないわよ。だって……」
優菜は言い淀んだ。いったい何を言おうとしているのか。
「何? どうしてそう思うの?」
その先を聞いていいものか迷った。
でも、聞かなければあれこれ考えて悩むのを止められそうにない。今聞かなければ、二度と彼女の気持ちを確かめることはできず、俺は一生蚊帳の外だ。
「いいのよ。だってあなたが仕返ししてくれたでしょ? それで私は」
「こんなのが仕返しだって? 全然仕返しになってないよ。キミが受けた傷はこんなことじゃ治らない!」
「なら彼らをレイプ犯にして、私が被害者になれば傷が治るっていうの!?」
言葉を失った。
そうだ、傷など治るわけがない。
彼女がレイプされたという事実は変わらないし、何ひとつ状況は変わらないのだ。
あるとすれば、レイプという犯罪を二度と起こさないためにとか、実際には何の効力もないお題目くらいだ。そんなこと、彼女だって百も承知だろう。
「いや、君自身のためだよ。優菜の話なんだよ。キミがまた同じ目に遭わないために……いや、俺がキミにそんな目に遭ってほしくなくて……。ダメ、かな?」
奴らを訴えて罰を与えるという望みは、俺にとっては単なる腹いせだ。優菜が賛成してくれなければ、彼女にとってその行動はおせっかいにしかならない。
この期に及んで、俺は彼女に嫌われたくないという思いを優先していた。
「その時は……」
「その時は?」
「あなたが守ってくれるでしょ?」
優菜は顔を上げた。
たぶん、先ほどからこの笑顔を作るために、勇気を拾い集めていたのだろう。涙をこぼすのをガマンし、その一粒一粒で洗い落されるはずだった痛みをこらえ、ただ俺に大丈夫だと言いたいために。
「俺は……。優菜の、味方だ」
「よかったあ。これで安心だあ」
優菜の顔が崩れた。
俺の言葉なんてほんの少ししか彼女を安心させなかっただろうけど、そんなちっぽけな支えがあると知っただけで、彼女はこらえていた涙をガマンできなくなってしまったのだ。
俺は彼女を抱きしめた。
「うわーーーーん!」
一緒に泣きたいのをガマンしながら、俺は彼女を頭を撫でた。
彼女が泣くのを我慢して俺に大丈夫だと言っていたように、今は彼女の支えになることだけを考えたかった。
「ごめん、気が付かなくて。優菜、君は僕が気づかない間、ずっと一人で苦しんできてたんだね。これからはずっと、僕がそばにいるから」
そうだ。彼女の優しさにつけ込む奴がいたのが悪い。
そして俺は、彼女を好きと言いながら、そんな彼女の苦しみに気づかず毎日を過ごしてきただけの臆病者だ。
もっとよく彼女を見ていれば気づけていたのかもしれなかったのに。
「ごめん。ごめん。これから君を、ずっと君を守っていくから。約束するよ」
俺が何か言葉にするたびに、彼女の体が震えるのがわかった。
「うっく、うく、ありがと、ありがとう、でもね、本当の私を知ったら、大輝くんきっと私を嫌いになっちゃうと思うよ」
「いや、ならない」
「うそ」
「うそじゃない。だったら本当のキミって奴を教えてよ。少なくとも僕は敵じゃないって証明するし……。いや、本当の味方に、キミがそんなふうに疑わなくていい存在になるように努力するから」
「ふふ、おっきく出たねえ」
「ああ、なんたって、ずっと隠してきた思いを今告白してるんだから」
「え?」
「ずっと、ずっとキミが好きだった」
「……それ、ほんと?」
「気が付かなかった?」
「うん。正直意表を突かれたよ」
「そっか。そこは残念に思うところかな?」
「そんなことないと思う」
彼女はもう一度僕を抱きしめなおす。
僕もしっかりと彼女を抱きしめた。
「一度寄りかかったら、大輝くんにずっと寄りかかり続けちゃうよ? いいの?」
「ああ、もちろん」
「嫌いにならない?」
「嫌いにならない。むしろもっと好きになる」
「そんなに甘やかすと、悪い子になっちゃうよ」
「……ちょっとくらい、優菜は悪い子になっていいんだよ」
そうだ。彼女はクラスでずっといい顔をしてきた。
だから彼女はつけこまれることになったんだろう。
「はむっ」
「わっ!」
いきなり耳を唇で噛みつかれて俺は腰が抜けるほど驚いた。
「な、何!?」
「甘えると私、耳を食べちゃうんだ」
「そ、そうなの? そういう甘え方ならもっとしてほしいな」
「なら……はむ、はむ」
「うおお! これ、あと一時間くらい続けてくれないかな」
「うふふ、そんなしたら耳ふやけちゃうね」
「なら俺の方からも」
僕は彼女の耳たぶを唇で味わった。
まるでマシュマロみたいな感触に震える。
「きゃっちょっそこダメ、ん」
その甘ったるい声にさらに全身が震えた。
「こ、これ。続けてるとおかしくなりそうだよ」
「ふーん。なら今度また続きをしてあげる」
うおー!
叫びだしたくなる気分だ。
今は不謹慎だと思うからしないけど、次は感情をおさえず思いっきり気持ちよくなりたい。
そこで気になることがまだ残っていることを思い出した。
彼女の動画はこれだけではない。
さっき俺を拉致して今は上で伸びている奴が、たしか動画を撮影していたはずだ。
奴が気を失っているうちに消しておかないと、あとで優菜がそれをネタにまたひどい目にあわされるかもしれない。
「ちょっと仕事を思い出した」
「え? どうしたの?」
「すぐ戻ってくるから。ちょっと待ってて」
「えっと、う、うん」
俺の慌てように、彼女はそれ以上食い下がることなく引き下がった。心置きなく俺はその場を去ることができた。
階段を上って上の階へ。
あの動画さえ消してしまえば、優菜は大丈夫だ。
たとえ傷が残っても、俺がずっと支えるんだから。
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