第24話 三度、救出

 男たちを倒すと、俺は建物の隅で呆然として座っていた優菜のそばに行った。

 ボタンを引きちぎられたシャツや脱がされた上着にくるまっていたが、引っかき傷が痛々しい太ももはむき出しのままだ。

 彼女はまるで見覚えがないような顔で俺を見た。


「あっ……あっ……」


 声にならないかすかなうめき声。

 俺はそばに寄ると震えている彼女をそっと抱きしめた。


「優菜、大丈夫。俺は味方だ」

「え?」


 信じられない、とでも言うような反応だった。

 何度も危ないところを助けてあげたのに、それも思出せないほど彼女は傷ついているのだろうか。


「はな、し……て」


 また乱暴されると思っているのか。

 レイプされた後に男を信用するのは無理だと聞いたことがある。

 もしも、彼女がこのまま俺のことを忘れてしまったらと思うと心が痛んだ。


 自分でも信じられなかったが、頬に大粒の涙が伝った。

 天井からの雨漏りか、それとも彼女の涙だと思ったそれは、自分の涙だった。


「あれ? あれ?」


 プールで泳いでいるときのように景色が揺れた。

 その顔を見た優菜がちいさく唇を動かす。


「た、大輝君、なの?」

「っ!」


 思い出してくれた!

 電撃が走ったような喜びで、俺は彼女を一層強く抱きしめた。

 だから彼女は俺の顔を見ることができず、恐怖心を高めてしまったのかもしれない。

 俺は急いで体を離した。


「よかった。気づいてくれたんだ」

「だって、変なもの顔に付けてるから」

「あ、ああ。工場の中あちこち錆びてたから。それに俺の涙が……」

「錆びてる? どういうこと?」


 彼女はまだ動揺していた。

 俺は彼女に安心してもらおうと、せいいっぱいの笑顔を作る。


 優菜は体は傷だらけだったが、顔には傷らしい傷は見当たらなかった。さすがのあいつらも、優菜の顔だけは殴ったりできなかったのかもしれない。


 だが見た目以外の心の傷は深いはずだ。

 俺は優菜がどんなおかしな言動をしても、優しく包み込んでやるつもりだった。


 病院に行くという提案を彼女は拒んだ。


「今の生活を壊したくないの。私がレイプされたと知れば、皆が私を見る目が変わってしまう。きっと私を腫れ物に触るように扱うわ。そうなったらもう、私は私じゃなくなる……」


 周囲の誰にもでも気を使い、その優しさで自分の居場所を作ってきた彼女にとって、逆に周囲に心配されながら過ごすようになることは、これまでの自分を失うということになるのかもしれない。


「だけど万が一ってことも……」

 俺は妊娠の可能性を最後まで口にすることが出来なかった。

 それを口にしないのは優しさでも気遣いでもなく、単なる逃避でしかないと自分でわかっていながら。


「大丈夫。心配しなくても大丈夫だよ」


 彼女は微笑んだ。

 無理に作った笑顔であることは簡単にわかる。

 どうして優菜はこうも優しいのだろう。


 病院や警察。


 その瞬間、俺は自分のことに思い至った。

 先ほどから俺の背後で倒れている奴らは、果たして生きているのだろうか。息の根を止めるつもりで蹴り飛ばしていたけど、重症なら病院に……。


 だけど俺は暴力沙汰で捕まるのなんてイヤだ。

 そんなことになったら俺の生活だって。


 俺はなんて小さい男だろう。

 彼女の包み込むような優しさに比べて、俺のは矮小で醜い、ただの逃避だ。


 だがもし奴らが死んでいれば、俺の犯行であることはいずれ発覚する。


 でも最悪のことになったとしても、少なくとも俺は彼女を救えたんだ。

 この尊くて美しい彼女の命を救えたのなら、その大きな功績に寄りかかって残りの運命を生きていこう。


 俺はゲームであることなど、このときすっかり忘れていた。

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