第26話 疑い
俺は階段を上って先ほど奴に監禁されていた事務所を目指した。
あのスマホで撮影されていたのは、もし公開されれば優菜の人生を終わらせかねない映像だ。
優菜が警察に証拠を提出しないと決心した以上、あのような映像はこの世から永遠に消し去ってしまわなければならない。
俺は廃工場上階にあった監視塔のような事務所に着くと、床に落ちていたスマホを真っ先に取り上げた。
スマホにはロックがかかっておらず、何もしなくてもスワイプしただけで、先ほど途中まで再生されていた動画が表示された。
削除ボタンを探していて、間違って再生ボタンを押す。
その瞬間、俺の全身が針を刺されたように硬直した。
優菜が男の下敷きになり、腰の動きに合わせて開脚した足を揺らしている。先ほどは気づかなかったが、彼女は男の背中に手を回していて、まるで男の行為を自ら受け入れているようにも見える。
ヤメテという声も、悲鳴も聞こえず、ただ泣いているような、甘えているような声が響いているだけだ。
それは彼女にとって精一杯の拒絶だったかもしれない。
だが男の背中が性的な興奮が高まって充血していくにしたがって、彼女の肌も充血していく。
男の射精が近づいていることが、彼女は膣で気づいているのだ。
彼女は抜いてほしいと懇願し、中に出されたくないと否定し、レイプに対する精一杯の抵抗を示しているのかもしれない。
だが真上からの角度だと、それがなんだか妙にいやらしく、見ている男の性欲を刺激するために演じているような気がしてくるのだ。
「な、なんだ、これ」
信じられなかった。
まさか優菜が、どこかのAV女優のようなマネをしているなんて。
これは犯罪だよな?
なんで彼女はこんな!
悔しくて、やるせなくて、俺は怒りをぶつける先を見つけようとした。
スマホを床に投げつけて壊してやろうとさえした。
だけど壊してしまってデータが消せなくなったらまずいと思いとどまった。
「削除、削除ボタンは……」
俺の手は震えていた。
すべてなかったことにしたいという思いと、この映像を消したくないという思いがせめぎ合っていた。
「なんで、どうして……」
優柔不断の汗と、頭の中に響く様々な声、すぐに削除すべきという声と、この映像を自分だけの秘密としてとっておくという誘惑がせめぎ合った。
俺は彼女を助けたんだ。
これくらい、持っていても問題ないんじゃないか?
何が正しいのか、もう分からなかった。
それほどその映像は悩ましく、俺の頭の中をぐちゃぐちゃに描き乱した。
だから、彼女がすぐ後ろまで近づいていることに気づかなかった。
「下で倒れてる中村くんたち、全然動かないけど、救急車とか呼んだ方がいいのかな? あ、あれ……。ねえ大輝くん、その手に持ってるもの、なに?」
気が付いたときには俺が持っているスマホで再生されている映像を優菜が覗き込んでいた。
見たら二度と元の生活に戻れない、悪魔の穴を見たみたいな顔で優菜は後ずさりしていた。
「ち、ちが! これは! こいつを撮影した奴に、俺は捕まってたんだ」
「な、なに? どういうこと? 撮影した?」
「だ、だから俺じゃなくて。このスマホの持ち主はこいつなんだ」
俺は男の倒れている方向を指さした。優菜がその方向を見る。
「こいつが撮影したんだよ。優菜は警察に訴えるつもりはないんだろ? だからこの動画も消さなくちゃって――」
「こいつって、誰?」
「え?」
振り返ると、そこに倒れていたはずの男の姿は消えていた。
それどころか、奴に縛られ、ほどこうとしてついたはずの手首の傷も、もみあって奴を殴ったときの返り血も、すべて跡形もなく消えていた。
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