第14話 待ち伏せ

 学校は火事の消火と消防の調査のため、その後の授業は中止になった。俺は優菜を説得して手当を断り、そのままシノヤマの家で待ち伏せすることにした。

 あいつはゲームの中の俺だけでなく、現実世界で優菜に手を出した

 せめてゲームの中だけでは復讐したい。

 これが終わるまでは絶対にログアウトしない。

 そう決めていた。


 シノヤマの家は築三十年くらいの古いマンションだった。

 住民に怪しまれず身を隠す場所を探すのは苦労したが、ちょどよいところに粗大ごみとして出されたロッカーが置いてあった。


「この中に閉じ込められてゲームオーバーとかになったらいい笑いものだな」


 かれこれ一時間も待っただろうか。

 シノヤマは帰ってこなかった。


「あいつ、まさか別の得物を狙ってるのか?」


 ありえない話ではない。

 ゲームの参加者は他にもいる。

 だけど……。


 俺は話し声に気づいて息をひそめた。

 三人組の小学生が帰宅してきたようだ。

 ロッカーの扉を開けて遊ぼうなんて思ったりしたらどうする?

 よく小学生が捨てられた冷蔵庫や金庫に閉じこもって、なんて事件があるじゃないか。俺がここに隠れていることがバレてしまうのは都合が悪い。

 俺はロッカーの隙間から様子をうかがった。


 右端の男の子がすぐ隣の男の子をカバンで叩こうとする。

 それを隣の男の子がうまく避けた。

 だが自分にとばっちりが来ると思わない不幸なもう一人が、そのカバンに当たってしまった。


「いって、なにを」

「お前はトロいからだ」

「ははは」


 なぜかとばっちりを受けた気の弱そうな子が笑いものになっている。

 なんて理不尽なことを。子供って奴は結構残酷なことするんだよな。


「まてよ……」


 全身からイヤな汗が噴き出る。

 ロッカーの温度が一気に上がったみたいだった。


「まさかあいつ、優菜のとこに……、いや、確かに言ってた。俺を殺したあと優菜と遊んでやるとか!」


 俺がロッカーを蹴るように開けると、ガシャーンと大きな音がした。

 例の小学生たちが目を丸くしていたが、俺はそれにはかまわず優菜の家に向かうため駅へと走った。

 いや、この場合は移動コマンドか。

 俺は操作をする手を震わせながら、一瞬で優菜の家の近くの公園に移動した。



 公園に移動したのは、優菜の家の玄関なんかに移動したら、シノヤマにすぐ見つかってしまうと思ったからだ。

 それに優菜の家には専業主婦の母親がいるはずだ。

 帰宅してからより、それ以前の人目につかない場所の方がいい。

 それにはこの公園が一番のはずだ。


 この公園は高校時代、散歩にきたことがある。

 公園めぐりが趣味、というより単に優菜の家の近くにある公園だから興味を持っただけだ。

 まるでストーカーみたいだが、優菜を追いかけまわしたりはしてないぞ。

 実際通学路以外、学校の外では見たこともない。


 ところが今日はラッキーデーという奴だったかもしれない。

 いや、アンラッキーデーか。

 出会ったのは優菜だけでなく、シノヤマも一緒だったからだ。


 俺はもみ合う二人に見つからないよう、身を潜めて様子をうかがった。

 遠目には優菜の表情はわからないが、体は腰が引けていたし、シノヤマがある方向に引っ張りこもうとするのに抵抗しているみたいだから、すぐに助けに行くのが正義の味方という奴だろう。

 ところが俺はヒーロー体質ではない。


「おい、やめろ!」


 と迷いもせずに仲裁に入る今時珍しいヒーロータイプは小学校時代にはいたが、中学・高校と年齢が上がるにつれそういう奴は過去の遺物と化した。


「なあ、いいだろ?」

「えっと、どういうことかなシノヤマくん。学校休んでたよね?」

「ああ、そうだよ。けど、そんなことどうでもいいじゃんか、な?」


 風向きの影響か、ようやくふたりのかいわが聞こえる。

 どうやら優菜はシノヤマがあの時教室にいたことに気づかなかったようだ。

 まあ優菜にとっては、俺が自分に向かって突っ込んできたことの方がインパクトがでかかっただろうからな。

 その間にシノヤマは逃げ出したと考えられる。


 公園をジョギングしていた女性が二人の前を通り過ぎた。

 シノヤマは素早く優菜から離れ、何事もなかったように装う。

 優菜も恥ずかしさからか、その場で顔をそらしてやり過ごす。


「バカ、そのまま逃げちまえばいいだろ!」


 心の中で歯ぎしりする。

 どうやら優菜が男の押しに弱いというのは本当のようだ。

 その性格のせいで、優菜をすぐヤレる女だと噂する奴がいたのだろう。優菜に限って、実際にそんなことするはずが。


 ジョギングの女性が振り向かないかと目で追っていたら二人を見失った。俺は慌てて出て行こうとして、足元にあった枝をポキりと折ってしまう。

 奴らに気づかれるかと思うような大きな音だったが、急いでいた俺は無視してその場を後にした。


 耳をすまし、足音を立てないようにシノヤマが優菜を引っ張っていきそうな場所を探す。トイレの影か、草むらか、怪しいと思えばすべて怪しく見え、すでに公園から出て行ったとも考えられた。


「くそ! 見失ったか」


 諦めかけていたその時、草むらから足が出てきて驚いて飛び上がった。すぐに身を隠すと、どうやらそこで男女がもみ合っているらしい。


「アオカンかよ!」


 無茶苦茶だ。

 昼間戦ってみて相当ぶっ飛んだ奴だと思っていたが、人を殺しておかしくなっているらしい。いや、そういう設定か?


 この期に及んでも、俺は慎重に行動していた。

 下手に襲い掛かって優菜を傷つけたくはない。


「ちょっと、ダメ。そこまでするなら悲鳴上げるわよ!」

「いいじゃんか。ちょっとだけだって。今悲鳴なんかあげたら、お前の恥ずかしい姿が通行人のスマホで撮られちまうぞ」


 脅しに他人を参加させるあたり、悪者としてもかなりのゲス度だ。せいぜい情けなく死んでくれ。


「痛い、痛いってば」

「ちっ、ダメか。ちょっと待ってろ、今ローション出すから」

「やめ……きゃっ!」


 俺は二人の会話を聞いているうちに怒りに我を忘れた。

 ここまで慎重に進めてきたのがバカみたいに思えた。


 俺が手間取っている間に、優菜は奴の手で汚されてしまったのだ。


「うおー!」

「ぐ、わっ、なんだ」


 俺は奴のシャツを後ろから思い切り引っ張り、そのままずるずると引きずった。履いていたズボンが脱げ、初は下半身を露出したかっこうで公園を引きずられているのだ。

 ざまあみろ。


 俺は優菜から見えない場所までくろと、そのまま奴の首をひじで押さえてこちらを向かせた。


「よう。シノヤマ」

「くっ、なんだ大輝。まだ生きてたのか?」

「そうだよ。残念だけど、先に死ぬのはお前だ」

「ふふ、悪いけど女を半裸で待たせてるからな。お前には……ぐ、ぐはっんぐ」


 俺は奴の口を上から押さえつけた。

 もう片方の手では、奴の心臓に深々と例の武器を差していた。


「へ、へへ、どうだ? どうだ?」

 奴の目が見開かれ、涙でいっぱいになるのを、俺をこみ上げてくる喜びに震えながら眺めた。

「お前の敗因は俺に手を出したことじゃない。優菜に手をだしたことだ」


 奴の体から力が抜け、目が踏まれたカエルみたいに飛び出すのを見届けると、俺はゆっくりと立ち上がった。

 人一人殺したら激しい抵抗にあってダメージをくらったり証拠が残るかと思ったが、そこはゲームだ。まったくの無傷だった。


 胸を刺した時の肉と骨の感触が、妙にリアルだった点を除けば。


 俺は息を整えると武器をしまい、優菜のところに行った。

 優菜は着衣をなおしていたものの、顔は流した涙と泥で汚れていた。


 俺はハンカチで彼女の顔の汚れをふき取ってやった。


「大輝、くん?」

「しゃべるな」

「でも、え? どうしてここに?」


 優菜は呆然としているのか、俺と話しているようで夢を見ているような話し方をしていた。

 だから、というわけでもないが、俺は自分の知っていることをそのまま正直に話した。


「シノヤマを追ってきた。奴は火事のときに教室に残っていた俺を妙な武器で殺そうとしたんだ」

「……え?」

「そんとき、優菜にも危害を加えるって言ってたから心配になって追ってきたんだよ」

「私を?」

「いや、追ってたのはシノヤマだよ。奴は危ない奴だった」

「……そう、だね」


「ありがとう。これ、洗って返すね」

 優菜は俺のハンカチを見て言った。

 優菜は顔を拭いている俺の手にそっと手を添え、ありがとう、ともう一度言った。


「ところで、シノヤマくんは?」

 優菜の言い方は、まるで緊張感が感じられなかった。もう一度顔を見ても、普通にクラスメイトとして受け入れると言ってるみたいだった。

「あいつか? あいつ、キミに乱暴しようとしてたんだろ?」


「えっ? 乱暴って……。そ、そんなことないよ。ただその……」

「いや、無理に言わなくてもいいよ。分かってるから。奴にはしっかりと言っておいた。優菜にもう手をださないようにってね」

「でも……。そんなことしても彼は……」

「大丈夫だって。俺を信用してよ」

「うん、わかった。ありがとう」


 俺は満足の深呼吸をした。

 そうだ、この言葉が聞きたかった。

 俺をまっすぐに見つめ、自分に感謝してくれると期待して、俺は奴を殺したんだ。


 奴の息の根を殺したあと、武器は掘削機のような形状に変化し、奴をその場に埋めるための穴をあっという間に掘った。

 今頃、セミみたいに公園の地下で眠っていることだろう。

 だけど、奴には何度春が来ても、外の世界に出る機会はやってこないのだ。

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