第4話 恋
俺はベッドに体を投げ出し、ゴーグル内で視線を動かして録画の再生を指示した。
この間最後に抱いたレナの映像に手を伸ばす。
いや、彼女に重ね合わせ投影していた優菜という女性にだ。
彼女は高校時代の俺の天使だった。
あまりにも退屈すぎて三年間もの年月をそこで過ごしたことが信じられない暗黒。
彼女はその空間に灯った一粒の光る砂だった。
「これ、
振り向くと、彼女が俺のハンカチを両手で丁寧に折りたたみながら差し出していた。
「ん、あ、ああ、ありがと……」
クラスメイトとしゃべる機会なんかほとんどなかったから、とっさに声が出なかった。
「ふふ。なにそのロボットみたいなしゃべり方、あは」
「ろ、ロボ……」
「振り向くといた時の動き方だって、からくり人形みたいだったわよ」
「そう、か」
「どうぞ!」彼女は俺の手をとり、ハンカチを握らせると言った。「きれいなハンカチね。もう落とさないように」
なんとなく夢を見たような気分で、去っていく彼女の姿を見送った。
それから彼女を見つけるたびに目で追っている自分に気づいた。隣の席の奴だって、苗字ぐらいしか知らなかったのに、クラスメイトではじめてフルネームを覚えてしまった。
彼女は特にクラスで目立っていたということはないのだが、改めて意識してみるとクラスの男子にもまんべんなく話しかけては愛想をふりまいていた。クラス委員長がクラスのまとめ役だとしたら、彼女はクラスの潤滑油の役目をしてたのだと思う。
「ねえ、烏丸くん。クラスのライングループ作ろうと思うんだけどさ」
急に隣の席に座って体を寄せてきたから、彼女をこっそり観察したのがバレたのだろうと身を固くしていた俺に、彼女はあっけらかんと話しかけてきた。距離の詰め方が大胆すぎて、俺は面食らった。
「え? なに?」
「だからさ、ラインのグループだよ。スマホ、持ってるでしょ?」
さらさらとした優菜の髪が揺れるたび、ミルクのようなシャンプーの香りが鼻孔をくすぐる。髪が俺の腕を撫でて、つま先から全身へと鳥肌が立つ気がした。
「持ってるけど、うちの親、子供にSNSを使わせないことが親の使命だと勘違いしててさ。インストールさせてくれないんだよね」
「ふーん。そっか」
彼女との距離が急に遠くなった気がした。この時ほど親を嫌悪したことはない。
「ごめん」
「うーん、どうしよっかな。あのね、クラスのグループ作るのは私の提案なの。だから言い出した私がまとめ役ってことになるんだけど……。じゃあメアド教えて」
「え? メアド」
「そ、メールくらいできるでしょ?」
「あ、うん」
「大事なこととかシェアしてあげるからさ」
ま、マジで!?
優菜とプライベートでメールのやりとりとか天国すぎる。
俺は両親に感謝した。
「それとー」彼女は緊張して握りしめていた俺の手に手を添えて言った。「SNSは悪いことばっかりじゃないよ。反対してるのはお父さん? お母さん?」
「両方だけど」
「うわ、ちょっと手ごわいかも。なんなら私が説得してあげよっか。これでも代表だし、えへん。機会があったらご両親に会わせてね」
「な、そ、それは……」
俺のメアドを登録した彼女がすぐに立ち去っていなかったら、動揺した顔が全部彼女に見られていただろう。
りょ、両親に挨拶って。優菜にそんなことされたら。まるでそれは……。
俺は机に突っ伏して寝たフリをした。
こんな顔をクラス中にさらすわけにはいかないだろ?
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