第8話 ゲーム参加

「おいおい、不審者が忍び込もうとしてたってのに……」


 俺の部屋で寝ていた俺、俺の本体は何事もなかったように静かに寝息をたてていた。


「ったく。俺が無事でよかったぜ」


 俺自身が無事でホッとしたものの、この場合俺は誰の命を助けたことになるのだろうか。部屋を見回せば、本当に高校時代の自分の部屋のような気がする。窓を埋めるように家具を並べたりとおかしな配置ではあるが、高校時代に試行錯誤しておしゃれな部屋にしようともがいていたことはわかる。


 当時使っていたタブレットに触れようとしたところ、部屋中に電話の呼び出し音が鳴り響いた。なにしろ俺は、さっき暴漢を殴りつけたばかりだ。前触れもなく警官に肩を叩かれたときぐらい驚いた。


 慌ててスマホを探して取り上げた。

 画面には相手の番号が非通知であることが表示されていた。


「もしもし?」

「ああ、よかった! やっと出た。もう、何度もかけたのに出ないから、殺されちゃったのかと思いましたよ」


 電話の向こうの女は、呑気な声で物騒なことを言った。

 別に古い知り合いでもないのに、妙に馴れ馴れしい話し方。


「ユズキ、だよな? なんで電話してきた?」

「なんでって、ひどいなあ。私はゲーム参加を歓迎するために電話したんです。ウェルカム・コール、って奴です」


 妙にもったいぶった話し方だ。

 こっちは全然ありがたくないってのに。


「なにがウェルカムだ。お前が言ってた死のゲームとやらはもう始まってるのか?」

「はい、ゲームのストーリーはプレイヤーがやってくる前に、進行しているものです。そうじゃなきゃスロースタートな作品になってしまいますからね」


 はらわたが煮えくり返るってやつだ。こいつは何を呑気に……。


「ふざけるな。俺が侵入者を止めなきゃ寝てる間にゲームオーバーになるとこだったぞ」

「そりゃそうです。スリリングなチュートリアルだったでしょ?」

「チュートリアルだと!?」

「はい。現実世界を再現したゲームに操作説明は必要ありません。VRの利点ですね。だとすればチュートリアルは退屈な要素をすっ飛ばして緊迫感のあるシーンから始めることができます」

「ぐっ」


 昔俺がまんま同じことを言っていた気がする。

 だがVR?

 やけに感覚がリアルだが。

 そうか、寝る前に飲んだドラッグのせいか。あれの効果はそれほど強くなかったはずだが。大量の酒と一緒に飲んだのが悪かったのかもしれない。


「ユズキ、お前はジェニファーが作った案内役キャラクターなのか?」

「ジェニファー……」


 電話の向こうでユズキの声は小さくなり、沈黙した。考え込んでいるフリだとしたら、よくできた感情表現だ。


「すみません、その名前は記憶にございません」


 とぼけ方が安直すぎる……。やっぱり一連の犯人はジェニファーだな。


「わかった、わかった。お前のゲームで遊んでやるよ。ちょうどしばらく仕事を休みたい気分だったしな。ジェニファーって奴に会ったら、仕事仲間に一週間ほど休むって連絡するように言ってくれ」

「ぴぴぴ、了解しました。大輝様」

「な!? 今お前――」

「ゲームの内容が殺し合いで、ゲーム参加者がクラスメイトの男子数名という以前お話したことは覚えてますね? 参加者がわからないというスリル、殺人者を推理するというサスペンスも楽しんでいただければ幸いです」


 なんだか妙に説明が単調になってきた。

 ジェニファーにアクセスしたせいで、化けの皮がはがれたんじゃないだろうか。


「だけどさ。ゲームなんだから、推理なんかしなくても単に全員殺しちまえばいいんじゃないか? そしてら推理も何もないだろう。プレイヤーの中にはただ単に敵をぶっ殺したいだけの奴もいるぞ」

「はあ……」やたらと長いため息のあと、ユズキは言った。「そんなことしたら興覚めです。それにルール違反です」

「ふん」よく分からんが遊んでやろう。「どこがルール違反だっていうんだ?」

「ゲーム参加者以外を殺したら、あなたは警察に逮捕されます。逮捕された場合もハイそこまで。あなたはルーザーとなります」

「な!?」

 大げさに驚いたものの、まあショートカットしてゲームデザイナーの裏をかこうとする奴の対策は必要だろう。ジェニファーとはその辺の抜け道がないかチェックするためにさんざん協力させたからな。


「大まかなルールはわかった。けど、残念だったな」

「え?」

「プレイヤーがチュートリアルが終わったあともゲームを続けるかどうかはゲームの魅力次第だ。お前にその力があるのか?」

「それはもちろん」やけに自信たっぷりにユズキは言った。「まずあなたは、その世界で大切な思い出と再会することができます」

「それって……」


 俺は思い出した。

 俺が出席簿を見て飛び出したあの教室には、優菜もいるはずだ。優菜、優菜。俺の天使……。

 その名前を記憶から呼び覚ますと、頭がズキズキと痛んだ。


「大丈夫ですか? 呼吸が苦しそうですが」

「大丈夫だ。それで、お前の言うゲームを続ける動機ってのはそれだけか? 高校時代の淡い思い出をエサにユーザーを引き付ける。よくあるギャルゲーみたいだな」

「いえいえ、それだけじゃありませんよ。あなたがゲームを放棄した場合、あなたは優菜ちゃんとイチャイチャする前に殺されてしまいますから。さあはたしてあなたはゲームに勝って優菜ちゃんとエッチできるかな?」

「ただの十八禁ゲームじゃねえか!」

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