第7話 俺を救うのは俺

「どこだ、どこにいる!?」


 俺は教卓に教師が忘れて言った出席簿をめくっていた。

 黒板に書いてある今日の日付を確かめ、最後に記入されたページを見つける。


「あった」


 指でなぞって自分の名前を見つける。烏丸からすま大輝たいき。は上から五番目にすぐに見つかった。だが出欠の欄にはバツがついている。つまり俺はこの日欠席していたのだ。


 教室を見渡す。どいつもこいつも、まるで卒業アルバムに載っていそうな、わざとらしい顔で談笑していた。俺が教卓で出席簿をめくっていれば目立ちそうなものなのに、誰も気にも留めていない。


「どうかしたんすか? 委員長」


 いきなり話しかけられて心臓が破裂しそうなほど驚いた。やっぱり俺は保健室の鏡で見た通り、別人の姿をしているらしい。委員長の名前は、そう、関谷せきや真守まもる


「なんだって!?」


 話しかけてきたのはクラスの男子だった。たしか名前は中村なかむらだ。下の名前は忘れた。こいつは優菜がメールで言っていた、俺のゲーム雑誌のインタビュー記事を見つけやがった奴だ。


「中村、お前!」

「うえ!? なんです? オレ、なんかしました?」

「なんかじゃねえ。なんかじゃ……」

「ちょ、委員長?」


 俺はクラス中の注目を浴びる前になんとか気を静めた。

 ここで中村に怒っても何も変わらない。


「烏丸……烏丸の奴は今日休みか?」

「え? から……」


 まるでそんな奴は知らんとでも言いたげな顔だ。思わず拳を強く握りしめる。


「あ、はい。休みっす。ここんとこ休んでる奴多いから、烏丸も風邪かなんかじゃないすか?」


 俺は出席簿を見直した。たしかに欠席が多い。俺の他に男子が三名、女子が一名。


 俺はきょとんとしている中村を置いて教室を出た。どこをどう走ったか覚えていないが、気づくと俺は自宅の前に立っていた。

 俺の実家、つまり高校時代の烏丸大輝が住んでいた家だ。

 今のビルで一人暮らしを始めてからはほとんど帰っていないので、他人の家に来たような気がした。



 住宅街のどこにでもあるような一軒家。

 家の塗装が古くなっていて、あちこち塗装が落ちてしまっている。高校時代のアルバムを見返したときに一緒に見た個人のアルバム写真にあったとおりだ。

 予想通りの我が家に落胆したのもつかの間、俺の目には信じられないものが映った。俺の部屋の窓から忍び込もうとする男がいる。

 こういっちゃなんだが、俺は自分の家に窓から出入りしたことはない。縁側でもあるのなら別だが、部屋に侵入するには飛び上がって窓に体をかけ、足を大きく上げて乗り越える必要がある。こんなところから入ろうと輩が、まともな用であるはずがない。



「生き残りをかけた、死のゲームです」

「え? なんて言った?」


 俺は夢の中でユズキという女が俺に言った言葉を思い出した。


「ですから――」

「聞き間違いじゃなきゃ、そりゃデスゲームのことか?」

「聞こえてるじゃないですか!」


 ユズキは大げさにツッコミを入れた。まるで練習を重ねたみたいなタイミングだ。


「断る」

「まだ一秒も考えてませんよね?」

「考えるだけ時間の無駄だ。誰がそんなくだらんゲームをやるか」

「ゲームクリエイターのくせに、よくそんなこと言えますね」

「ぐっ……」


 痛いところを突いてきやがる。俺が言葉に詰まって彼女の顔を見ると、手ごたえあり! みたいな顔をしやがった。


「そうか、ならそのゲームの魅力を俺に説明してみろ。制限時間は一分――」

「あなたの敵となる参加者はあなたのクラスの男子数名。敵が誰かは不明です。その方が盛り上がるでしょ? 殺し方は好きにしていいです。刃物を使って失血死させても、どこかに監禁して餓死させてもかまいません。好きにやっちゃってください。そうやって全部の敵を倒したら、あなたの勝ちです」

「終わりか?」

「はい」

「ボツだ!」

「ええ!?」

「そんな血なまぐさいゲームのどこが面白いってんだ。だいたい主人公が相手を殺す理由はなんだ? どんなメリットがある?」

「メリット……。ふむ。らなきゃ……られる、殺せば殺されない……みたいな?」


 ユズキは可愛い顔で怖いことを平然と言った。

 まるで友達の机にウソのラブレターを入れて呼び出し、皆で笑いものにしてやろうとでもいうような腹黒いにやけ笑いみたいだ。


「そんな生存本能だけじゃダメだ。もっとちゃんとした理由がないのか? 物語を盛り上げるような、主人公に感情移入できるような何かが」


「うーん……」


 ユズキは顎に指をあて、天井を見上げた。

 あの腹黒い笑顔を見た後にこういうあざとい仕草を見ると、この女にだけは心を許してはいけないと気がした。


「ああ、それならありますよ。すっごい奴が」

「ほう、それを聞かせてもらおうか」

「でも気を付けてください。言い忘れてましたが、もうゲームはスタートしているんです」



「くそ」


 あのユズキって女はゲームがスタートしてるって言っていた。

 それが本当なら、俺の部屋に忍び込もうとしてる奴は、かなり物騒な目的のために俺を狙っている可能性がある。

 俺は家の敷地と隣の空き地を隔てる壁に身を隠して男の背後に回り込んだ。

 案の定というかなんというか。男はベルトの後ろにナイフを固定していた。ユズキの奴の勝ちほこったような顔が目に浮かぶ。


「マジかよ。あの女……」


 まあこうなったら仕方ない。

 侵入者をどうにかしなけりゃ、部屋で寝ているであろう俺の本体が殺されちまう。

 俺は近所のガキが空き地に忘れていったバットを握ると、ゆっくり音を立てないように壁を乗り越え、家の窓をまたいでいた侵入者の背中を殴りつけた。

 男は部屋中へと倒れこみ、気を失ったのか動かなくなった。

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