第6話 学校の保健室

「ぶはっ! なんだって? お前ホントはジェニファーなんだろ?」


 飛び起きるとベッドの上にいた。日の光が周囲を明るく染め、外からの風がカーテンを揺らしていた。


「びっくりしたあ。あなた大丈夫?」

「は!? 大丈夫も何も……誰だお前?」


 目の前の女子はユズキではなかった。見覚えがあるものの、誰なのかすぐには思い出せない。


「急に倒れたっていうから心配して来たんだけど、本当に大丈夫なの? ほら、もう少し寝てた方がいいわ」


 彼女の落ち着き払った態度が、俺の動揺をやさしく包み込む。

 ゆっくりと体を横たえながら、俺は徐々に思い出した。彼女はたしかクラス役員の白石しらいし凛音りおん。着物が似合いそうな美人で、黒髪を眼鏡の脇でそっと指で持ち上げる仕草が色っぽいと男子たちがよく噂していたのを覚えている。たしかこの間の同窓会にも……。


「なんか若く見えるけど、なんかしたか?」

「わか……。それ、どういう意味?」きょとんとした顔が徐々に笑顔に変わる。「もしかして、お世辞のつもり?」

「いや、そんなんじゃ」

「巫女のバイトをしたとき肌荒れがひどくなって、それから保湿には気を付けているけど。少しは良くなったかしら」


 そういえば誰かが言ってたな。凛音を神社で見かけたって。巫女姿の写真をチラリと見たことがある。


「肌荒れ? そういや昔から絹のような肌ってみんな言ってたよな。こんな和風美人と同じ空間にいれるってだけで幸せだとか」

「びじ……。何言ってるの。わたしの取柄なんて、ただ真面目なだけで、綺麗でも面白くもない」


 照れ隠し、にしては少し悲しそうな顔だけど、褒められたことはまんざらでもないらしい。もじもじと体を揺らしている。


「いいや、白石さんはクラスの連中がえり好みしたり差別したりするのが当然って風潮になびかなった唯一の人だったんじゃないかな。そんな白石さんの姿に救われた人だっているはずだよ」

「……」


 グループ分けの時、教室の隅で右往左往していた時があった。俺の存在には多くの人間が気づいていただろうに見て見ぬふりをした。見たくないものは見ない。そんなふうに流れていた空気を破って、白石さんが声をかけてくれたときはどんなに救われたか。


「ま、遠い昔の話さ」

「何言ってるの? 急におじいちゃんみたいに。あなたまだ高校生でしょ?」


 布団をはいで自分の服を見れば、なるほど高校の制服を着ている。

 顔をあげると、凛音が真っ赤な顔をして俺を見ていた。


「どうした?」

「う、ううん!」


 大きく首を振って否定する。俺の顔に何か付いていたのだろうか。


「そ、それじゃ、私先に教室に戻るわね」慌てて身支度をすると、凛音は逃げるように保健室の出入口に走っていった。それから思い出したように振り返り「気分がよくなったらあなたも……。でも決して無理はしないでね。それから……、もし帰るのなら私が付きそうから」

「ああ……」


 過剰なまでの優しい言葉が胸に響いた。その言葉が頭に響いて、酔っぱらったみたいにフワフワする。


 そういえば、俺は昨夜同窓会で酒を飲んでいたんじゃなかったか。

 ここは夢の世界か。それともVR……。


「ジェニファー?」


 返事はなかった。

 だが夢でもなんでもかまわなかった。

 だってあの凛音だぞ。凛音が俺と保健室で二人っきりで、あんなに優しい言葉をかけてくれたんだ。単に俺に心配したからとかじゃない。信じられないほど距離が近かった。あんなことって。

 俺はベッドから起き上がって歩いてみた。

 少し頭がクラクラするけど、動いても問題なさそうだった。


 保健室の入り口にある大きな鏡を覗き込み、俺は危うく悲鳴をあげそうになった。

 そこに映っていたのは俺じゃなかった!

 高校時代のクラス委員長・関谷せきや真守まもるだったのだ。

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