第20話 追跡

「すまん! 俺、やっぱりここで抜けるわ。実は病院に行かなくちゃならなくて」


 水野と同じ電車に乗ろうとする直前、俺は反対側の電車を待っている優菜の姿を見つけた。


「えっ? 病院って……なんならついて行こうか?」

「いや、いいよ。いつも結構時間かかるし、待たせてちゃうと悪いから」


 俺は閉まろうとする電車の扉の間をすり抜けるように降車した。


「あ、ああ、わかった」


 仕方なく、というべきだろう。

 水野は発車しようとする電車の中から手を振った。

 俺は水野に行き先を悟られないよう、しばらく奴を見送っていたが、意識は優菜とそのグループの動きに集中していた。


 優菜のグループは全部で五人。

 男子三名と女子二名。

 優菜以外の女子には見覚えがあったが、他の三人の男子は名前もうろ覚えだった。


 俺は彼らに悟られないよう背中を向けたまま少し離れると、柱の陰に身を隠した。もう一度様子を伺い、気づかれていないことを確認する。


 心臓がゴツンゴツンと胸を打つ。

 それが電車が近づいてくる音と勘違いしたくらい、その振動は強かった。


 まるでストーカーのような行為だが、優菜から目を離してはいけないと思っていた。

 ゲームで殺されるのが男子だけ、などというのは気休めにもならない。だいたいこのゲームの中で参加者でもないのに最も傷ついているのは優菜だ。女子にも一人行方不明者がいることは事実だし、狙われるのが男だけとは限らないのだ。


 電車が入ってくるのをホームの振動で感じ、俺は柱に身を潜めた。電車の来る方向に視線が集中するものだから、電車の進行方向逆方向に身を潜めたのは失敗だったかもしれない。

 電車が止まってもしばらくは動かず、扉が開いて降りる客が途切れてから俺は電車に飛び乗った。


 乗ったのは隣の車両だった。

 電車が揺れるたびに、優菜ともう一人の女の子は抱き着きながら揺れていた。その姿がほほえましく、思わず見惚れていたら視線がこっちに来たので危うく見つかったのかと思った。

 そこから次の駅まで俺は身を隠したまま優菜を見ることができなかった。


 優菜たちは彼らの最寄り駅で降車した。

 駅から降りてしばらく、彼らは地図の前で帰る方向の打ち合わせをしていた。誰がどこで離脱するとか、どういうルートで回るかという相談をしていたのだろう。

 ルートが決まって歩き始めると、彼らは男子と女子でそれぞれ会話しながら歩いていたが、最初に離脱したのは女子一人だった。


 優菜は次に離脱する予定なのか、男子三人より先に歩いていた。 優菜はまるで気にも留めていないみたいだったが、俺は男どもの視線が気になっていた。

 優菜は後ろの男子がついてきているか確かめなければいけないため、数十メートルごとに振り返る。その動きが彼女のスカートを腰に巻きつかせるので、彼女の女の子らしい体のラインが性欲著しい男どもの前でさらされ続けるのだ。


 男どもは最初こそ気にせずに歩いていたが、視線が優菜に集中するうちにだんだんと会話が減っていく。話す言葉に意味がなくなり、声の調子がどんどん低くなっていった。


「どうかした?」

 優菜が振り返って尋ねる。

「いや、な、なんで?」

「……少し寒くなってきたな、と」

「あとどれくらいで着きそう?」

 最初の男がドモったのを、他の二名がぎこちなくフォローする。三人が三人とも、どうやら同じことに心を奪われていたみたいだ。


「あと、五分くらいかな」

 優菜が答えると同時に前を向く。

 男たちは見てわかるほど胸をなでおろしていた。

「そっか、俺たちは西崎んちの近くまで行って、それから引き返すことにするよ」

「ありがとう。ごめんね、付き合わせちゃって」

「いや、当然だろ。女の子一人ほおっておくわけにいかないからさ」

「ふふふ」


 優菜の笑い声は聞こえなかったが、なんとなく雰囲気で振り向かずに笑っているのがわかる。だが男たちの反応はお世辞にも好意的なものではなかった。

 三人は耳打ちをして、通り道から見える場所に立っている廃工場を眺めている。

 そして一人がスマホを取り出して優菜の後姿の撮影を始めた。それを残りの二人がそれとなくカバーした。


「くそっ!」


 俺は煮えくり返る鍋をまるごと飲み込んだような気持ちだった。

 やつらを三人とも今すぐ殺してしまいたい。

 優菜が目の前にいなかったら本当にそうしていたかもしれない。

 やつらは優菜の後姿を、どことなく女らしさを増した腰のラインやその下で揺れるスカートの布地、そこから美しく伸びる足を、今夜のおかずにしようとしているのだ。

 大方彼らはあとで動画ファイルをシェアし、自分たちのお宝にするつもりなのだろう。


「くそっ。くそっ」


 俺は怒りに我を忘れていたから、背後から近づく気配に気づかなかった。

 重い感触が頭と背中にのしかかり、急に目の前が真っ暗になったと思ったら、俺は地の底へと意識を失っていった。

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