第19話 集団下校

 翌日の学校は登校直後に職員室前でイベントが発生した。

 教室ではなく職員室前に飛ばされた俺は、不思議に思いつつも奥で先生数名が声をひそめて話している内容が気になった。俺が彼らに目を向けると、その声が近くに聞こえてきた。


「まさかそんなことになっていたとは」

「家出や友達の家に泊まっているなどの可能性を含め、警察でも調査を進めていたらしいのですが、どうも事件性があるということになったようで……」

「事件って……」

「誘拐か何かですか?」

「まさか。だって四人ですよ!」

「彼らは家も離れているし帰る方向も違います。しかし午後から夜までの帰宅途中で消息を絶っているということは共通しているそうなんです」


 四人が行方不明!?

 いや、そのうちの一人はゲーム参加者で、すでに俺が殺している。


「それなら大事をとって中山先生のクラスを学級閉鎖にしては?」

「先生のクラスだけとは限らないんじゃないかしら」

「事件性があるとしても、対策をとるべき範囲や期間が全く不明というのでは……対策の取りようがありませんな」


 やはりそうだ。

 行方不明の四人というのはうちのクラスの奴らのことだ。

 もしゲーム関係の被害者ということなら、死体が見つかることもないだろう。


 一時限目の授業は変更になり、急遽ホームルームが開かれた。

 出席を取ったときに新たな欠席者がいると分かったときの中山先生の狼狽ぶりは、事情を知らない生徒にも異常を感知できるほどった。

 ハルキは昨日俺が殺したんだ。


 慌てた先生は突然ホームルームを中断して職員室に戻ってしまった。

 俺は本人に気づかれないように優菜の様子をうかがった。

 彼女は教科書に目を落としてじっとしていたが、落ち着きなく文房具をだしたりしまったりしていて、明らかに動揺していた。


 先生が戻ってきたのは十五分ばかり経ってからだった。

 第一声で先生は言った。


「昨日の放課後から今日にかけて、ハルキと一緒だったものはいないか? 電話やメールでもいい」


 意表を突かれたクラスメイトは一瞬面食らったが、何人かが顔を見合わせて話し始めた。


「昨日は塾に行くって言ってましたー」

「移動中のつぶやきは見たけど」

「その塾って、他にも誰か行ってなかったっけ?」

「ああそれなら、優菜が一緒じゃなかった?」

「え、あ……」

「先生、西崎優菜さんがハルキ君と同じ塾でーす」


 同じ塾に通っている優菜の名をあげたのは、いつもつるんでいる優菜の友達だった。

 クラスの視線がいっせいに優菜に集中する。


「あ、あの……」


 可愛そうに、バツが悪そうに優菜は目を泳がせていた。


「西崎か……」そう言った先生は、教壇から降りて優菜にゆっくりと近づいていった。「ハルキが昨夜塾に行っていたのは確認しているが、塾が終わった後の様子を知らないか? 誰かと一緒だったとか、コンビニに買い物に行ったとか」

「い、いいえ」

「そうか。他に誰か知っているものはいないか?」


 先生が視線が自分から外れると、優菜は俺の方に視線を向けた。俺は首を振って、何も知らないと答えた。


「さあ」

「知りませーん」

「っていうか先生。ハルキ君、どうかしたんですか?」

「家出じゃねえの? この間のテストの点、悪かったって言ってたから」

「うそ、家出ってまさか」

「こらこら、適当なことを言うんじゃない」


 そう言うと先生は教壇に戻っていた。

 大きくため息をついたのは優菜だった。

 心配した友達が優菜に近づき、彼女の背中をさすっていた。


「いいか? 今日からキミたちは部活動への参加を取りやめ、授業が終わったあとできるだけグループで帰宅してもらうことになる。暗くなる時間までの寄り道は禁止。塾などの場合はできるだけ親御さんに迎えに来てもらうように」


 クラス中が静まり返った。

 そりゃ青天のへきれきという奴だろう。


「ええーー!」

「部活禁止!?」

「グループって、それ集団下校のこと?」

「いや、小学校じゃあるまいし。無理っしょ?」


 同じクラスで五人も行方不明者が出たんだ。

 当然の自衛策だろう。

 だが、ゲームの参加者である俺には分かってる。

 そんなことじゃ被害は止まらない。

 俺にだって、まだ殺したい奴はいるんだから。


「部活休みじゃしょうがないからさあ、一緒に帰ろうよ」

「俺も一緒に、いい?」


 クラス内でのグループ分けが始まった。

 普段ぼっちの俺にとって、拷問のような時間が始まったわけだ。

 優菜と同じグループになれろというのなら、俺だって喜んで受け入れた。だが、優菜はあっという間に友達たちに囲まれ、俺が話しかけたり視線を送ったりすることはできなくなってしまった。


 そもそも優菜とは最寄り駅も違う。

 同じグループになれないのは不可抗力であって、俺が意気地なしなんて理由じゃない。必死にそう言い聞かせた。


 そんなとき、俺に声をかけてきた男がいて俺は驚いた。

 そいつは俺と同じ中学から来た、水野という男だった。


「なんか知らないけどさ、いちおう同じグループってことでいいかな? 面倒だけど、いちおうグループ作ったってことにしとかないと、後で面倒だろ?」


 水野の言う通りだった。

 中山先生はメモを取りながら、誰と誰が同じグループなのかを確認して回っている。誤魔化すことは出来なそうだった。


「ああ、ありがとう。助かったよ水野」

「ま、普段放さないけど、同じ中学のよしみってことで」

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