第21話 背後からの襲撃
目を開けると、俺は錆びた鉄とホコリの匂いが充満する暗い部屋の中で冷たい床に横になっていた。
起きようとするが、腕が縛られていて思うように動けない。
「よう、やっと目が覚めたか。お前が眠っている間、俺はちょー暇で仕方なかったぜ。その分エロ画像の収集が捗ったけどな」
聞き覚えのない声だった。
俺はぼやけた視界の中でなんとか焦点を合わして声の主を見た。
「誰だ?」
「誰だとは挨拶だな。クラスメイトの顔を忘れたんか?」
なるほど。俺は納得した。
クラスメイトの男なら、こいつはゲームの参加者の可能性が高い。それ以外に高校生がクラスメイトを拉致る理由が考えられないしな。
「クラスメイトだって?」
「おいおい、ちょー失礼な奴だな? 久々だからってよお。ほんの三日、あれ……四日だったか? まあいい、どうだ、思い出したか?」
「ああ、先生が行方不明だとか騒いでたぞ。有名人だな」
俺は言葉を濁した。名前なんか憶えてるもんか。
欠席していた男子の名はたしか、浅田、黒川、真白……ああ、こいつは黒川だ!
「大輝、お前もゲームの参加者だったんだな」
「っ!」
奴は俺のバッグから例の武器を取り出した。
折り畳み傘のように小さくなっているそいつを、回しながら眺めている。
「それで俺を狙ったのか?」
「いやまさか。お前が参加者だったなんて知らなかったよ。俺は別の奴を狙ってたんだ。白井のやつ、いつもは一人で帰宅するのに今日は友達たちと一緒だ。どうなってんだ!? ちょームカつくぜ」
黒川はいらだち、床を擦るように蹴った。
そのせいで小石やホコリが俺の顔に飛んでくる。
「ごほっ、ごほっ」
「おう、わりいわりい。寝てるとこ悪りーな。は、はっはっは」
なにがおかしいのか黒川は笑い始めた。
「クラスで四人も行方不明者がいるんだ。それで今日になってグループで下校することになったのさ」
「ああ?」
黒川は目を丸くして俺を見た。
学校を休んでいたというのに目が血走り、長期間ストレスにさらされていたようなげっそりした顔つきをしている。
「ああ、そういうことか。だいたいデスゲーム中に学校なんか行ってられっか。ちょーダりーぜ。クラスの連中の顔を見ずに済んで俺は羽を伸ばせたけどな。はっはっは」
本人は楽しくて笑っているつもりだろうが、言葉と見た目はギャップがありすぎる。どう見ても死にそうな顔だ。
「お前、だいぶ疲れるように見えるぞ? 病院でも言ったらどうだ?」
「は?」
奴の顔から笑顔が消えろ。そして一歩前に踏み出したと思うと、俺のすぐそばまでゆっくりと歩いてきた。
「気に入らねえ。おら!」
黒川は俺の腹のあたりを蹴り飛ばした。
痛みで目の前が真っ黒になる。
「ぐはっ!」
「ちょーデカい態度だなあお前。お前に何がわかるってんだ。ゲームのおかげでさんざん楽しめたんだ。どこに疲れる要素があるってんだ? おらー!」
二発目の蹴り。
さすがに今度は心構えがあったが、それでもダメージは小さくなかった。
「黒川。お前ゲーム参加者を何人殺した? 俺は一人だけだ」
「一人ー!? はっ、たった一人っぽっちかよ。たく、そんなんじゃクラス全員血祭りにあげるには何カ月もかかっちまうぜ」
「全員? ゲームの参加者は男子数名じゃないのか? ルールじゃあ――」
「ゲームのルールなんか知るか! 俺はゲームに招待されたとき、これはチャンスだと思った。教室にいるだけで、奴らの声を聞くだけで俺は虫唾が走るんだよ! いつか殺してやるって思いながら、毎日奴らを呪った。でも当然だけど、考えてるだけじゃ誰も死にゃしねえ」
黒川は体をよじりながら頭を抱えてゆっくりと部屋中を歩きまわった。そのたびに部屋が揺れてるみたいに感じる。この部屋は地面より高いところにあるのか?
「そこにこのゲームだ! 渡された武器で殺せば死体も残さず俺が疑われることもねえ。ちょーすげーだろ。まずはいつも俺を笑いものにしてやがった奴らを殺ったんだ!」
一気にそれだけしゃべると、足りなくなった酸素を取り込もうとあえぐ黒川。尋常じゃない。はやく縛られた腕を解かないと。
俺は奴に気づかれないように腕を動かし、少しずつでも緩めようとしていた。
「でもルールは? 参加者以外は殺せないんだろう?」
「は? そんなの知るか。ゲームの主催者だって表ざたになることは避けたいに決まってるだろ。こんなもんバレたらちょーやべえからな。実際、死体は片付けてくれたよ。得点にならなくったって、たとえ減点になったって、俺は俺の好きなようにやらせてもらう」
黒川は目の前の俺など目に入っていないのか、天井を見上げて話している。自分が行ってきた狂気を正当化しようと必死なのかもしれない。
「なら今日黒川が狙ってた男ってのも……」
「いや、一人はたしかにゲーム参加者さ。だけど他の奴らは? あ、あははははは……そんなこと知るか! 巻き添え食うトロい奴が悪いんだ。奴らはいつも言ってるだろ? いじめられる奴が悪いって。なら殺されるのも全部あいつらのせいだよなあ? それに俺はもともとゲーム参加者の奴を殺したかったんだ。いままで殺した連中は奴を殺す前の練習さ。女を殺るときゃちょっとヘマしちまったけどな」
黒川がワイシャツの袖をまくると、そこには生々しい引っかき傷があった。
「殺す前にスケベ心なんて出したのが間違いだ。なんとかってドラッグを使えばよかったのか? お前、手に入れられないか?」
「どうかな。どこかに売人でもいるのかな……」
俺は会話に乗るフリをしながら、腕の拘束を解いていた。
「もうちょい……くそ」
「そうだ。奴ら優菜と一緒だったな」
「っ!」
くそ。こいつも優菜に目を付けやがった。
こいつにゲームのルールは関係ない。すでに女子生徒も一人殺してるんだ。ここから逃げるまえに必ず殺しておかないと。
「優菜ってちょー最高だよな。あいつが立ったり座ったりするたびにガン見するんだけどよ。胸が揺れるとことかマジでたまんないぜ」
「ああ、そうだな」
もうすぐ取れそうだ。あと少し。あと少し。
「お前も協力してくれるんなら分け前はやるぜ。次はこんなヘマしたくないからな」
傷を指先でそっとなぞる黒川。かさぶたを取るとそこから血がたらりと垂れた。
「いや、お前もお前だ」
黒川はいきなり俺をまっすぐに見据えた。バレたか!? 俺は驚いて動きを止めた。
「な、なにが!?」
「あいつら四人の後を追って、後ろに全然注意を払ってなかっただろ? 四人はともかく、お前は簡単に拉致できちまったぜ。ちょー油断しすぎだ」
「そうだな、気を付けるよ」
「なら協力してくれるよ、な? 優菜を……」
黒川が言いかけた時、がやがやと人がやってくるのが聞こえた。
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