第10話 優菜の気持ち
俺は委員長姿のメリットをさらに活かすことにした。
クラスの代表者たるもの、クラスメイトのことを知っておくのは当然の役目だからだ。
「それにしても、ご苦労だったね。西崎くんは大輝とはどのくらい仲がいいんだ?」
「仲いいというか……」
優菜は言い淀んだ。それはそうだろう。俺とはほとんど口もきいたことがない。いや、優菜だけじゃないが。
「一度も話したことがない?」
「そんなことないけど……。ううん、それに近いかも。実際、二、三度しか話したことないし」
「二、三度? どんな話を?」
優菜と俺は一度しか会話したことがない。二、三度というのがどういう意図があっての発言か、俺は確かめたくてウズウズしていた。
意地の悪い質問だということは分かっている。だが止めることはできなかった。
「えーっと、最初は大輝くんが落としたハンカチを拾ってあげたときで……」
それは俺も覚えている。でもそれが唯一の会話した機会だったはずだ。
「あとは、購買部でパンを買うのに並んでいたとき、何を買うのって話しかけた時とか……」
「え!? そんなことあったのか?」
俺には全く記憶がなかった。
「その時、大輝くんは焼きそばパンを買ってました。あれ、男の子に人気なんですよね」
「いや、そうなのか? じゃなくて、話しかけたのはたしかに大輝だったのか?」
好きも好き。購買部で買ったものはいくつもあったが、焼きそばパンだけはほとんどいつも買っていた。ぼっちの俺は購買部に行くのも速いので、ほとんど買いそびれたことがない。
「えーと、うん。そのはずだけど。そこ重要なとこですか? テストに出ますか?」
してみると、俺の思い出にない記憶が、彼女にはあるってのか? せっかく優菜が話しかけてくれたのに、俺がそのチャンスをフイにした!?
何か大事なものが入っていた鞄を失したけど、中身がなんだったか思い出せない。そんな気分だった。
「えっと、それじゃ私はこれで。それじゃまた明日、学校で」
「あ、ああ」
優菜がブレザーのスカートをひらりと広げてターンすると、元気よく歩き去った。その歩く姿を俺は隠し撮りし、何度見返したかわからない。
あの歩幅、手をスカートに擦らせながら歩く癖。
すべて当時の記憶のままだ。
「ああ、優菜くん、もうひとつお願いがあるんだが」
「なんですか? 委員長。やっぱりテストに出ますか?」
「テスト? 何の話だ」
「ふふ、なんでもありません」
優菜はからかうように言った。俺はその意味がさっぱりわからなかった。委員長本人なら分かるのだろうか。
「大輝のこと、これからも――」
気にかけてやってくれ、と言おうとして優菜に先を越された。
「わかってます。彼、クラスで孤立してるみたいだよね」
「ん、孤立、か。僕には友達を作ることなどとっくに諦めているように見えるが。まあ、優菜くんのような友達が気にかけてくれると気づけば、彼も心を開くかもしれん」
優菜のことだから二つ返事でオーケーするかと思えったら、彼女は少し考え込んだ。その仕草がたまらなく愛おしくて、俺は体が震えるのを抑え込まなきゃならなかった。
「大輝君は人を寄せ付けない雰囲気を持ってるように見えるから、きっと私たちよりずっと大人なのかも」
「いいや、彼は強がってるだけだ」
優菜は玄関前の石畳をぴょんと一つ、二つ飛び越えると、両足で着地して再び俺の前に立った。
スカートが傘のように揺れて、鼻先まで甘い匂いが漂う。
「さっすが委員長。わかりました。微力ながら協力させていただきます」
そう元気よく言って敬礼する。
「優菜くんは面倒見がいいとクラスでも評判だけど、弟か妹でもいるのかい?」
「いいえ。私は両親が亡くなってから親戚やいとこの愛情で育てられてきましたから、その恩返しをしたいと思っているだけです。別に私自身はちっとも面倒見がいいわけでも、優しいわけでもないですよ」
一瞬だけ表情が暗くなったような気がしたが、次の瞬間にはいつもの優菜の笑顔に戻っていた。
それから彼女が視界から消えるのに、五秒とかからなかった。
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