第2話 人に言えない俺の趣味

 ランチの注文を指示すると俺はトレーニングウェアに着替えた。

 早朝にフルーツと野菜のフレッシュジュースで朝食を済ませてから午前中にクリエイティブな仕事をすませる。その後昼食が用意されるまでの間トレーニングをする。

 トレーニングをしている間も、AIに次々と指示を出す。単純な指示で済むことなら、音声だけで仕事を進めることが可能だ。できあがったイラストや演出は即座にテスト環境に組み込まれ、目の前で再生される。それを確認して次のアイデアを考えるのが俺の仕事だ。


 昼食後は雑務をこなしつつ、話題になっているゲームやエンタメ・コンテンツをチェックする。そして夜は完全にプライベートな時間だ。


「大輝様、お呼びした女性が今送迎のお車からお降りになりました。お迎えの準備を」

「ああ、もうそんな時間か」

 シャワーから出た俺は全裸のままタオルで髪を乾かしていた。モニターで外の様子を確認する。季節外れのコートの襟を立てて、顔を隠すように建物に入ってきた女は、階段を上り始めるとその顔をカメラに向けて微笑んだ。


「なんだ、イイ女じゃないか」

「大輝様、彼女とは何度もこのお部屋でお会いしているはずですが?」

「ああ、だが一度も生で顔をおがんだことはないからな」

「……」


 俺はゴーグルをかけると、全裸のままドアを開けて彼女を迎え入れた。

 一瞬だけ彼女は俺の股間を見て固まったが、さして間を置かずに言った。


「こんばんは。レナです。えっと、お待たせしてしまいましたか?」

「いいや、時間通りだ。しゃべり方」

「あ、すみま……いえ、ごめんね。だってもう準備万端みたいだから」


 レナは俺の股間をからかうように見つめて微笑んだ。


「そりゃキミがくるとなればね。朝からずっとキミのことを考えてたよ」


 俺は適当なウソをついた。ARとVRを統合したゴーグルからは彼女の素顔は見えない。彼女の顔を認識した瞬間に別の映像を重ね合わせているからだ。レナの顔は、俺の知る別の人間にすり替えられていた。


「うふふ、ありがとう」彼女が口角をあげて微笑むと同時にゴーグル内の映像も微笑んだ。「今日もいつものごっこ遊びを?」

「ああ、キミの名前はユナだ」

「コートをここに置かせてね。それとテーブルの上の封筒は、いつものラブレター……あら、二つも?」

「今日は特別熱心に書いたよ」


 封筒の厚みを手で触って確かめると、彼女は満面の笑みを浮かべた。男から金を受け取るのは彼女にとって仕事の流れの一部でしかないだろうし、客からチップをもらうことも珍しくはないだろう。だが彼女はいつも完璧な演技で本当に嬉しそうな顔をした。


 ディープフェイク映像は毎回最適化が完了するまえで彼女の素顔の一部が見えてしまう。俺は彼女をシャワールームへ案内すると、クローゼットへと歩きながら悪態をついた。


売女ばいたが……」



「わあ、懐かしい。私の学校もブレザーだったの」

 彼女に渡したのは俺が通っていた高校のブレザー、そのレプリカだ。多少デザインは変更してある。レナに採寸させてもらい、動画SNSで見つけた服飾クリエイターに作ってもらった一品だ。


「まるでフィギュアの女の子みたい」


 スカートを揺らしながら鏡の前で次々に可愛いポーズをとる彼女は、作り物のような完璧な姿だった。


「でもこれ、外には着ていけないね」

「たぶんパンツは見え放題だし、風が吹けば……」

「下着が丸見え?」

「いや、本物と違って柔らかいから、濡れたTシャツみたいに体に張り付くだろうな」

「それに上も……ピッタリしたデザインなのに、きつくない」


 彼女は両手をあげて思いきり背伸びをした。

 上着から腰のあたりが露出し、スカートがまくりあがる。俺は彼女の背中からゆっくりと近づいた。


「ストレッチ素材ってやつだ。ギリギリの短さにしてあるから、あまり動かないようにしてくれよ」


 後ろから抱きしめた俺の顔に、彼女の頭がもたれかかる。


「そうね。こんな風に、知らない男の人に襲われちゃうかも……」

「そんなことさせない。お前は俺のものだ。ユナ」


 彼女にこちらを向けさせると、俺は唇を重ねた。



「はあ、はあ。優菜ユナ優菜ユナ! 俺の、俺の女だ」

「あ、あん。大輝、はげし……」


 スカートをまくり上げさせた彼女をベッドに押し付け、俺は激しく彼女を愛した。

 コールガールとしてのレナの体は文句のつけようのないプローポーションだったが、いささか完璧すぎる。だから俺のゴーグルには、部屋の四隅のカメラがとらえた彼女の体を理想に近い形に整形したボディが見える。高校生にふさわしい、いささか幼い肉付きを表現している。


 さらに彼女の体にはあちこちに傷が重ね合わせてある。

 俺は傷ついた彼女を守り、彼女のすべてを愛する英雄ヒーロー

 それが俺を興奮させ、満足させるのだ。


「も、もう。わたし、もう、ああ、はああ」

「はあ、ぐっ」


 絶頂が近づくと、彼女の声は甲高くなる。前に少し声を抑えるように言ってみたことがあるのだが、これに関しては演技ではないようで、彼女は声を押さえることができなかった。

 俺は視線で音声とセリフの修正を指示した。

 両耳のノイズキャンセリング機能のついたイヤフォンから彼女の声がミュートされ、別の声に差し替えられる。

 それはレナに重ね合わせた優菜ゆなの、あの優しく抱きしめられるような声だった。


「ん、んん……き、キス。ねえ、キスしながら、ね?」

 俺は彼女の頭を両腕で抱き、彼女の唇をふさいだ。

 舌で彼女の唇をこじ開け、その中の果実を味わった。

「好き、大好き、きて、きて、きて」

 最高に幸せな気分だった。

 俺は体をビクビクと震わせながら、底なし沼のような愛を彼女に注いだ。



「それじゃ、またね」

「ああ」

 俺はすっかり満足し、彼女を解放した。

 ドアを開けた俺に、彼女は念入りにキスした。

 金払いのいい客は放したくないだろう。

 追加で一発お願いすればオーケーするだろうが、彼女はあくまで優菜の代用だ。彼女にそんなことはさせられない。


「最後のシャワーの後の接触は厳禁というルールがあるから、キスは私にとって最高の愛情表現なの」

 よく言うぜ。

 咥えろといわれればしばらくもったいぶった後、結局咥えるくせに。


「これは私からのお礼ね」

 唇を重ねながら、彼女は俺の手に何かを握らせた。

 彼女が出て行った。

 俺の手に残されたのは、綺麗な包装紙とリボンで包まれた箱だった。どう見てもこれは……。

「おい、ジェニファー。今日は何日だ?」

「今日は二月十四日。バレンタインデーです」

 なるほど。これはバレンタインのチョコというわけか。

 俺は中身を確認せずにゴミ箱に捨てた。


 ゴーグルをつけたままキッチンに行って冷蔵庫からワインを取り出し、棚にあったグラスをつかむ。こぼれるのもかまわず乱暴に中身を注ぐと、一気に飲み干した。


「大輝様、バレンタインに彼女を独占できたこと、ご満足いただけましたでしょうか?」

「ん? ああ、そうだったな。お前のおかげだよ」


 ファンの多いコールガールはイベントの日に客の予約が殺到する。そんな日に、他のライバルを差し置いて彼女を抱くすることが、客の独占欲を満足させるからだ。

 そんな指示をジェニファーにしたというのに、俺自身がすっかり忘れていたとは。


「お前、いくら払ったんだ?」

「大輝様が毎月私に自由にしていいとおっしゃった金額の範囲内です。それと、一般的な交渉術も使わせていただきました」

「一般的な、ね。お前の屁理屈はうんざりするほど的を得てるからな」

「お褒めいただき恐縮です。今後も大輝様のお役に立てますよう努力してまいります」

「ああ、あとはもういい。今日はもう黙ってくれるか?」

「はい?」

「賢者タイムだ。ゆっくりさせてくれ」

「……わかりました。それではまた明日の朝に。おやすみなさいませ、大輝様」

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