第21話 セイラ

 セイラは薄暗い場所で目を覚ました。すぐには自分の置かれている状況がわからなかったが、徐々に目が暗闇に慣れてきたこともあり、自分が牢に閉じ込められていることに気付く。


「ちょっとどうなってるのよ。誰かいないの!?」

 セイラはパニックになりながら大声を出す。


「目が覚めたか」

 タルクから見張りを任されていたトッドが牢の前に立つ。


「誰よあなた。なんで私はこんなところに閉じ込めらてるのよ!?」


「ぎゃーぎゃーとうるせえな。お前はお仲間に売られたんだよ。金貨五枚でな。仲間を売るなんて酷いと思わないか?なあ?」

 トッドはセイラを煽るように事実を伝える。


「そんな……」

 セイラはあまりのことに手を口に当てる。


「お前の買い手は決まっている。大人しくしてろ。暴れるなら首輪を動かすからな」

 トッドは頭をガシガシと掻きながら面倒そうに伝える。


「首輪…………嫌!取って!取りなさいよ!」

 セイラはトッドから言われてやっと自身の首に首輪が嵌められていることに気付き、喚く。


「うるせえな。本当に痛めつけるぞ!」

 トッドが怒鳴ったことでセイラは口を閉じる。


「水はそこにある。飯は俺の気が向けば持ってきてやる。ここを出れば可愛がってもらえるから、それまで大人しくしてろ」

 トッドは最低限の説明だけして笑いながら見張り用の椅子に戻った。


 セイラは絶望したまま水を飲みに行く。そこには汚い桶に濁った水が溜められていた。


「ゔ……」

 セイラは臭いを嗅いであまりの臭さに嗚咽を漏らす。


「穢れしものを浄化する聖なる光、アンチドート……なんで?発動しない」

 セイラは飲み水を確保する為に解毒魔法を唱えるが魔法は不発に終わり、水は濁り臭いままだ。


「この首輪のせいね……。ねえ、水が腐ってるの。あれじゃあ飲めないわ。替えてもらえない?」

 セイラは首輪を触ってからトッドに水の交換を頼む。


「飲んでも死にはしない。嫌なら飲まなきゃ良いだろうが。俺の仕事を増やすな」

 トッドは聞く耳を持たない。面倒だというのもあるが、これを聞いてしまうと他の牢に入れている奴らも調子に乗り出すからだ。


 セイラは水を飲むことを諦めて壁に寄りかかって座る。


 しばらくしてセイラは尿意を催す。しかし、ここにトイレらしきものはなく、水も替えてくれないのにトイレに行かせてくれるとはセイラには思えなかった。


 セイラは二つのことを悩む。まず、薄暗いとはいえ他の牢にも人がいて丸見えなのに、恥を捨ててスッキリするのかどうか。それから、あの何が混ざっているかも分からない臭い水を飲むくらいなら、出したものをそのまま飲んだ方がいいのではないかということ。

 急激な変化により、セイラの頭はどんどんと悪い環境に適応していく。


 セイラは悩んだ結果、我慢の限界になったところで牢の隅に移動して出来るだけ静かに隠れるように尿を足した。飲むことはせず恥を捨て切らないことを選んだが、結果として喉が潤うことはない。


 喉は乾いているが、どうしてもあの水を飲む気にならないセイラは、やることもないので目を閉じて現実から逃げることにする。



 喉の渇きと、誰に売られるのか、これからどうなるのかという不安と恐怖から寝ることは叶わず、震えながら目を瞑り続けていたセイラは地割れのような激しい音で目を開く。

 何かが起きたことはわかるが、セイラには慌てて走り出したトッドを見送ることしか出来ない。


 しばらく爆発したかのような音と、金属がぶつかる鈍い音が聞こえ、セイラは肩を抱きしめ震えながら音が鳴り止むのを待つ。


「……違法奴隷ね」

 女の子の声が近くで聞こえたことでセイラは顔を上げて声のした方を見る。そこには牢の鍵を壊して捕まっていた人達を逃す賢姫の姿があった。


「リディア……」

 セイラは呆然としたままリディアの名前を呟く。


「……あなたセイラさんね。こんなところで会うなんて驚きね」

 名前を言われてセイラの方を見たリディアは、他の牢を全て開けた後セイラが入れられている牢の前に立つ。


「助けに来てくれたの?」

 セイラがリディアに尋ねる。


「賊の根城を潰しに来ただけよ。あなたを助けに来たわけじゃない。それに、私はあなたのことが嫌いなの。アルスから酷い仕打ちをされてあなた達に追放されたことは聞いたわ」

 リディアはセイラに冷たい目を向ける。


「リディア!そっちは大丈夫?」

 遠くからアルスの声がする。


「大丈夫よ」

 リディアは人差し指を口元に立ててセイラに口を閉じるように合図してからアルスに返事をする。


「アルスも来ているの?」

 セイラはリディアに聞く。声が聞こえたのだから分かってはいるが、聞いていた。


「もちろんよ。アルスには私のパーティに入ってもらったのだから。以前からずっと勧誘してたけど、あなた達が追放してやっと受けてくれたわ。アルスが不満を言わなかったから口出ししなかったけど、アルスの力を自分の力のように見せびらかすあなた達が私は本当に嫌い。私がアルスに渡した物まで奪ったあなた達を許せない」

 リディアはセイラにきつい言葉をぶつける。


「私も自分が嫌いよ。アルスのおかげで得た力だということにも気付かない馬鹿な自分も、ケビンがアルスの持ち物まで置いていかせたのを止めなかった自分も、アルスを心配しているつもりでアルスの気持ちをちゃんと考えていなかった私も全部嫌い!」

 セイラは過去の自分の選択を悔いて涙を流しながら話す。リディアにではなく自分自身が許せずに。


「ちょ、ちょっと……」

 リディアは突然卑下しながら泣き出したセイラに戸惑う。


「私、アルスに謝りたいの。お願い、アルスのところに連れて行って。その後はリディアの好きにしていいわ」

 セイラは真っ直ぐにリディアを見て頼む。


「はぁ。私が悪いみたいじゃない。いいわ、連れてってあげる。元々そのつもりだったのだから」

 リディアはセイラに嘘を吐いていた。ガレイドがギルド長にメルキオとセイラがいなくなりリーダーを代わることにしたと、ギルド長からアルスが聞き、おかしいと思ったアルスがリディアに頼み、探知魔法でセイラを探してここに来ていた。実際には賊の掃討のほうがついでだった。


「え……?」

 セイラにはリディアの言ったことが理解できなかった。


「アルスに頼まれてあなたを探しにきたの。私は乗り気じゃなかったけど、アルスの頼みだから仕方なくね」

 リディアは本当のことを話して牢の鍵を壊し、セイラに付けられた首輪も解呪して外す。


「ありがとう」


「お礼ならアルスに言うのね。上もだいぶ落ち着いたみたいだから行きましょうか」

 セイラはリディアに連れられて地下牢から出る。


「アルス。見つけたわよ。地下の牢屋に閉じ込められてたわ。賊の一員になってるっていう私の予想は間違っていたわね」

 リディアがアルスを見つけて、セイラを見つけたことを報告する。


「助けてくれてありがとう」

 アルスはリディアにお礼を伝える。セイラの方をチラッと見はしたけど、セイラには何も言わない。


「アルス……ごめんなさい。私が馬鹿だったの。信じてくれないと思うけど、私はアルスをあんな風に追放するつもりなんてなかった。あのまま高ランク指定の魔物と戦い続けるのはアルスには危険だと思ってケビンの提案を飲んだの。あんな賊と変わらないことをする気もなかった」


「いいよ。勝手にみんなのことを信じて自分のことを話さなかった僕も悪いから。それに、セイラが僕が出て行った後に怒って酒場を出て行ったって話はギルド長から聞いてる。ローブと杖も返ってきたから」

 アルスはセイラのことを許す。

 ローブと杖は鍛冶屋の親方がアルスのものだと気付き安値で買い叩き、アルスのもとに届けてくれたことで手元に戻ってきていた。


「それじゃあ私の気が済まないわ。私に出来ることなら何でもするから言って欲しい」


「本当に怒ってないからそんなに気にしなくていいよ。僕の報酬は減らされてたみたいだし、今となっては抜けることになって良かったと思っているくらいだから」

 アルスは悲しそうな目をしてセイラに話す。


「リディアにお願いがあります」

 セイラはリディアの方を向く。


「なにかしら」


「私をパーティに入れてください。仲間としてじゃなくて雑用係としてでいいです」


「なんで?」


「今までアルスを不当に扱ってきたことへの罪滅ぼしがしたい。その為にアルスのいるパーティに入りたい」

 セイラはリディアに心情を訴える。


「さっきも言ったとおり私はあなたのことが嫌いよ。でも、アルスがあなたを入れると言うなら私は拒否しないわ」

 リディアはアルスに選択を託した。

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