第20話 少し昔の話

「薬草採取なんてちまちました依頼よりも、魔物討伐の依頼を受けようぜ」

 フラワークラウンのリーダー(仮)レッドが薬草採取の依頼書を剥がしたパーティメンバーのリースに言う。


「今はお金がないの。魔物が見つからなかったらどうするのよ」

 リースは堅実にいこうとレッドに言う。三人は莫大な授業料の掛かる魔法学院の生徒だったが、家が金持ちということはなく、アルス同様推薦で入った貧乏人だ。金持ちの子供達と馴染めずに距離を取っていた所を学院長に見つかりハベルの下に行かされた。


「薬草ばっかり採ってても全然ランクが上がらないだろ。ランクが上がれば稼ぎも増えるんだから、見つからないリスクがあっても魔物討伐の依頼を受けるべきだ」

 レッドはリースと対立する。一発触発の空気だ。


「まあまあ。落ち着いて。ジャンケンしよう。うん、それがいい」

 間に挟まれたもう一人のパーティメンバーであるコットが平和的な解決法を提案する。


「「なんでそんな運任せなことで決めないといけないんだよ」のよ」

 レッドとリースはコットの提案を拒否する。


「あそこの人に聞いたんだけど、君達がフラワークラウンかな?」

 いがみ合っている所にアルスが空気を読まずに割り込む。


「そうだが、おっさん誰だよ」

 レッドが機嫌の悪いまま答える。


「僕はアルス。師匠から君達の面倒を見てほしいと頼まれたんだ。君達の兄弟子だよ。それから君達とは五つしか変わらないからおっさんはやめてね」

 アルスはフラワークラウンの面々に自己紹介する。


「アルスって、いつも先生が言ってたあのアルスさんですか?」

 コットが尋ねる。


「師匠が僕のことをなんと言っていたのか知らないけど、君達がハベル師匠の生徒だったなら僕のことで合ってると思うよ」


「お前のせいで俺達がどれだけ大変だったか!」

 レッドがアルスに怒る。


「えっと……、何があったか知らないけど、何か悪いことをしたなら謝るよ」


「やめなさいよレッド。アルスさんも謝らないでください」

 リースがレッドを止めて、アルスに頭を上げるように言う。


「よければ何があったのか教えてもらえる?」

 アルスは事情を知っていそうなリースに話を聞く。


「ハベル先生から無理難題を何度も出されたのよ。アルスさんを基準にね。今はそんなことないけど、初めの頃は頭がおかしくなりそうだったわ。アルスさんは全属性の魔法を無詠唱で発動出来るって本当なの?」

 リースの言葉でハベルが原因だということをアルスは理解する。


「本当だよ。ほとんどは初級魔法で、高くても中級だけどね」


「初等部にいる時に会得したと聞きました。これも本当ですか?」


「そうだね。支援魔法を使う為に必死で習得したよ。三人も師匠に教わったなら支援魔法をメインで扱うんだよね。何が得意とかはある?」

 アルスは戦闘スタイルを聞く。支援魔法といっても、自身に掛けて戦うこともあれば、他者のサポートに徹する場合もあるからだ。


「私達は支援魔法を使えません。先生から教わりはしましたけど、実戦に使えるレベルじゃないです」


「そうなんだ。師匠は支援魔法にしか興味がなかったからてっきり君達も支援魔法を教わってたのだと思ったよ」

 師匠も僕に教えて満足したと言っていたから、本当に普通の教師として教えたんだなと、アルスは考える。


「私は魔術師。レッドが魔法剣士で、コットが回復術師です」


「そうなんだね。君達がよければ依頼に同行して冒険者のいろはをレクチャーするよ。師匠に頼まれたからね。何回か新人冒険者の手助けはしているから安心して任せて」

 アルスはハベルから頼まれたと説明した上で、判断はフラワークラウンの面々に任せる。


「アルスさん。お話中申し訳ありません。少し聞きたいことがありますので来ていただけますか?」

 受付嬢のアンナが申し訳なさそうにアルスに声を掛ける。


「大丈夫ですよ。少し行ってくるから戻るまでにどうするか決めておいてね」

 アルスはレッド達に答えを決めるように言ってからアンナに付いて個室に入る。


「お前らラッキーだな。アルスさんに指導してもらえるなんて」

 アルスが離れてからすぐに、近くにいた冒険者にレッド達は声を掛けられる。わざとかどうかはわからないが、話を聞いていたようだ。


「アルスさんは有名な方なんですか?」

 コットが尋ねる。


「アルスさんはAランクパーティの一員だっていうのに、俺達新人冒険者にも冒険者としてやっていく為に必要なことを優しく丁寧に教えてくれる。朝から少し心配な噂が流れているけど、新人でアルスさんのことが嫌いな奴はいない。迷ってるなら、絶対にこのチャンスは逃さない方がいい」


「どうする?」

 リースはレッドとコットに聞く。この人の言うことと、さっきアルス本人から受けた印象では、間違いなくこの話は受けた方がいい。こちらにメリットしかないから。ただ、三人には不安に思うところがあった。それは先生の弟子だということ。今でこそまともになったハベルだが、三人はまともになる前の変人と呼ばれていたハベルのこともよく知っている。その頃の弟子というのは不安しかない。


「僕は受けた方がいいと思うよ。僕達はまだ未熟だから、経験豊富な先輩にはお金を払ってでも教えてもらったほうがいい。お金がないからそんなことは出来ないけど、先生の頼みでタダなら教えてもらおう」


「本当にタダなのか?先生からは何度も騙されて痛い目にあっただろう」


「あれは先生なりに世間の厳しさを教えようとしただけよ」


「アルスさんが俺達新人から金を貰っているのは見たことも聞いたこともないぜ」

 まだ近くにいた先程の冒険者が教える。


「一回だけだし、教えてもらうか」

 フラワークラウンはアルスから新人研修を受けることにした。



「どうするか決まった?」

 追放の件を聞かれていたアルスが戻り、三人に答えを聞く。


「よろしくお願いします」

 レッドが代表して答える。


「よろしくね。さっき揉めてたみたいだけど、依頼は薬草採取にしようか。なんで薬草採取の依頼を受けるのかは、群生地に向かいながら説明するよ。ただ、向かう前に一つ、先輩冒険者である僕にあの対応は良くない。僕は気にしていないけど、いきなりおっさんと言われていい気はしないのはわかるよね?ランクには関係なく先輩には敬意を示して、後輩には優しくする。これは絶対。冒険者は個々で動いているように見えて、情報を交換したりして協力しあっている。その輪にはちゃんと入った方がいい。そうすれば困った時にちゃんと手を貸してくれる。もちろん助けてもらうばかりじゃなくて、困ってたら助けてあげるんだよ」


「わかりました。先程の態度は反省します。すみませんでした」

 レッドがアルスに謝罪する。レッドは口が悪いだけで常識がないわけではない。アルスが言ったことが正しいと思えば素直に頭を下げることも出来る。


「それじゃあ行こうか」

 アルス達は周りの冒険者から視線を向けられつつギルドを出て、薬草が多く生えている森へと向かう。


「あの、失礼かもしれませんがきいてもいいですか?」

 コットがアルスに話しかける。


「何かわからないことがある?」


「冒険者の方達の視線が気になりました。さっき職員の方にも呼ばれていましたし、何かあったんですか?」

 コットはずっと気になっていたことを勇気を出して聞く。アルスが来てからギルドの中の空気が変わったことにも気付いていた。


「隠してもすぐにわかることだから話すけど、昨日パーティを追放されたんだ。さっきはその事実確認の為に呼ばれたんだよ。昨日師匠と話して、これでよかったのかなとも思っているから気にしないでね。それじゃあ薬草採取を選んだ理由を説明しようか」

 アルスは追放された話を必要最低限で終わらせて、教育の続きをする。昨日酒場で詳しくハベルに話をした結果、報酬が減らされていたことも発覚したので、アルスにセブンスドレイクに対する未練はなくなっていたが、気持ちの整理が出来たわけではなく思い出したくはなかった。


「お願いします」


「薬草の買取に関しては、採りすぎによる薬草の減少を回避するためにギルドが依頼を制限しているんだ。だから、依頼を受けずに採ってきても安値で買い叩かれる。ギルドとして望んでいないからね。一方、魔物の素材の買取は依頼を受けた時と同じ価格で買い取ってもらえる。ギルドは魔物を見つけたら討伐してもらいたいから」

 アルスは丁寧に説明を始める。


「でもそれだと依頼達成の報酬はもらえないし、ランクはいつまでも上がらないぜ。……です」

 レッドが疑問をぶつけ、先程言われたことを思い出して言い直す。レッドの言っていることは間違っておらず、新人であるFランクの間は常設依頼となっているスライムやゴブリン、ウルフの討伐も前もって依頼として受ける規則となっている。


「今日は同じパーティとして同行しているから気遣いは不要だよ。それで報酬とランクの件だけど、実はこれには正規ではないけど黙認されている裏のやり方があるんだ」

 アルスはわざと怖い顔をして話し、レッドはそれを見て息をのむ。


「どうやるかは依頼を終わらせてギルドに戻ってからにしようか。そういうことだから、薬草採取だけじゃなくて魔物の討伐もするよ」


 アルスを先頭にレッド、コット、リースの隊列で森に入る。アルスが薬草の群生地を知っていたこともあり、早々に必要数の薬草が集まった。採取の途中でウルフを二匹討伐もしている。早めに終わったこと以外はアルスがいなくても出来たことだ。


 依頼条件を達成したアルス達は街に戻る。


「ギルドに行く前にあそこの店に入るよ」

 アルスは甘い匂いを漂わせるお菓子の店を指差す。


「アルス君いらっしゃい。今日はどれにするんだい」

 お菓子屋に入ると、馴染みの店主がアルスの対応をする。


「このクッキーは新作ですね。上に乗っているのはベリーのジャムですか?」


「そうよ。甘酸っぱくておいしいわよ」


「それじゃあこのクッキーを一箱ください」


「まいど、銅貨五枚ね」


「銅貨五枚だって。持ってる?」

 アルスはレッドに確認する。


「えっ、あ、はい。持ってます」

 アルスのおやつを買いに来たと思っていたレッドは、不満に思いつつも代金を支払う。一日付き合ってくれたのだから全然高くはないけど、それならそれで先に言って欲しかったとレッドは思う。


「それじゃあギルドに行こうか」

 アルスはクッキーをレッドに持たせてギルドに入り、ウルフの素材と薬草を買取カウンターに出してからアンナが担当している列に並ばせる。


「次の方どうぞ」

 レッド達の順番になる。


「薬草採取の依頼が完了しました。途中でウルフも討伐しました」

 レッドが買取カウンターでもらった札を渡して今日の成果を報告する。


「お疲れ様です。ウルフの方は依頼を受けていないので、買取だけになりますね」

 アルスが新人教育をしているのを何度も見ているアンナはこの後の展開が分かっているが、一職員として対応をする。


「レッド、さっき買ったものはアンナさんへの差し入れだから」

 アルスはレッドに先程買ったクッキーを渡すように言う。


「あ、はい。どうぞ」

 レッドは言われたままアンナにクッキーの入った箱を渡す。もしかしたら後で食べれるかもしれないと思っていたリースは少し残念そうな顔をする。


「ありがとう。うん、おいしい」

 アンナは箱を開けてクッキーを一枚頬張り、三枚別の箱に移した後、隣の受付嬢に箱を回す。


「見落としていたわ。ウルフの討伐依頼も受けていたわね。薬草採取とウルフ討伐の依頼達成として受理しました」

 アンナが先程とは違うことを言い、ウルフ討伐の依頼書を持ってきてポンっと完了のスタンプを押す。


「ウルフ討伐の依頼は受けていません」

 レッドが正直に伝える。


「このくらいいいのよ。次の方どうぞ」

 アンナはレッドに小声で話して、次の冒険者を呼ぶ。



「さっきのがアルスさんが言っていた裏のやり方ですか?なんだか悪いことをした気がします。それに、報酬よりもクッキー代のほうが高いです」

 レッドはアルスに確認する。ウルフを二匹討伐して得られた達成報酬は銅貨四枚で、クッキー代に比べて一枚少ない。ランク昇格には近づいたかもしれないけど、お金のないフラワークラウンとしてはキツイ。


「あれは賄賂じゃないよ。それに損得の話じゃない。ギルドの職員……特に面と向かって対応してくれる受付の職員の人とは仲良くしようっていうそれだけの話。あれはこれからよろしくっていう挨拶だよ。正直な話、大きな問題になるようなことじゃなければ、受付の職員の気分でどうにでもなるんだ。逆に言えば、受付の職員に嫌われたらちょっとしたことでも罰点を付けられる。毎回さっきみたいに何か渡す必要はないけど、予定外の収入が入った時や、職員の人のおかげで良いことが起きた時にああするだけで、日頃から親身に対応してくれるよ。お金がなければ感謝の気持ちを口にするだけでもいい」


「それでいいんですか?規則は破っているんですよね?」

 レッドがアルスに聞く。


「善意でやってくれたことだから、感謝して受け取ればいいんだよ。だから、今回みたいな時に報酬がもらえなくても怒ったらダメだよ。それが普通なんだから」


「わかりました」


「それじゃあ教育はこれで終わり。師匠に教わっていただけあって実力はCランクくらいにはあるから、後は経験を積むことだね。頑張って」

 アルスは新人研修を終わりにする。アルスはいい気分転換になったことをハベルに感謝してレッド達と別れることにする。


「待ってくれ。アルスさんが構わないならもう少し教えて欲しい。本音を言えばパーティに入って欲しい」

 レッドはアルスをパーティに誘う。自分の為ではなく、一日中色々なことを教えつつも自分のことはほとんど話さなかった寂しい目をしたアルスの為に。

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