第19話 依頼完了
ギルドを出たケビンは一度ベンチに座り心を落ち着かせる。
冷えた頭で冷静に考え、弱くなってしまった現時点での力でもムラサキガエルの討伐は可能だと判断して雑貨屋に向かう。
「ムラサキガエルの解毒薬をくれ。大きい方だ」
ケビンは店主に大銀貨一枚を払い、五回使用可能の方の瓶を受け取る。半笑いの店主の顔にイラつきながらも店を出て、宿屋に戻り今日は寝ることにする。
翌日、ケビンは朝から沼地に入り、ムラサキガエルを討伐する。
昨日の失態を忘れておらず、慢心もない。数が多いが効かない魔法には頼らずに剣を振り続ける。
弱くなったケビンではあるが、毒を考慮しなければ新人でも倒せるというのは間違っておらず、途中解毒薬を三度買い直しはしたが、五日掛けてムラサキガエルを二百体以上討伐し、あれだけうるさかった沼地は静けさを取り戻した。
まだ時折り鳴き声は聞こえるが、一匹残らず討伐するというのは無理だということはギルドも理解している為、これで依頼は完了したとケビンは判断する。
解毒薬の大瓶四つと小瓶二つで大銀貨四枚に銀貨六枚と大きな出費ではあるが、終わってみれば報酬の大銀貨二枚に加えて、買取額が少なく見積もって二百体討伐としても金貨二枚の見返りだ。
数が多く剥ぎ取りはギルドに任せるからいくらか引かれるだろうが、少なくとも金貨一枚と大銀貨五枚は儲けになるとケビンは計算する。
「確かにおいしい依頼だったな」
ケビンは上機嫌で冒険者ギルドに入り、ラフランの所に行く。
「ムラサキガエル討伐の依頼が完了した。実際に報告とする前にパーティから抜けたことになっているか確認してくれ」
既にあれから五日以上経っている。ガレイドが王都に着く前にくたばっていない限りは、もうパーティを離脱したことになっているはずだが、色々とやらかしてやっと学んだケビンは先に確認する。
「お疲れ様です。確認しますのでそのまま掛けてお待ちください」
ラフランは魔導具でケビンの冒険者情報を確認して、一瞬手を止める。
「セブンスドレイクはガレイドさんにリーダーが代わった後、解散したことになっています」
ラフランは面倒に巻き込まれたと思いながらも伝えないといけないことを伝える。
「そうか。俺はセブンスドレイクからは抜けたということでいいんだな?」
ガレイド一人になったのをケビンは理解しているので、ラフランが言うことにケビンが驚くことはなかった。ガレイドがリーダーに代わった後であれば問題はないと。
「はい。現在ケビンさんはどこのパーティにも所属していません」
「なら、依頼達成処理を頼む。買取カウンターにムラサキガエルは出しておく」
「かしこまりました。見積もりが終わるまであちらに掛けてお待ちください」
ケビンは買取カウンターにムラサキガエルの死体を置いて、剥ぎ取りしていない状態での買取を頼んでから椅子に座って待つ。
ケビンが座った長椅子に座っていた冒険者のサイモンは立ち上がり、ケビンから距離をとって他の椅子に座る。サイモンが席を移動したのは、先日ケビンが喚き散らかしたという理由に加えて、沼の臭いがこびり付いて臭いからだ。
「ケビンさん、お待たせしました」
しばらくしてケビンはラフランに呼ばれる。
「まず依頼達成報酬が大銀貨二枚になります。そこからムラサキガエルをそのまま持ってきたことによる作業代として大銀貨二枚頂きます。作業代の詳細は一体解体に当たり銅貨一枚です」
ラフランは今回の依頼の報酬についてケビンに説明する。
「買取はいくらになったんだ?」
ケビンは先ほどのラフランの説明から抜け落ちていた一番大事なところを尋ねる。
「残念ですが、買い取れる物がありませんでした」
「ふざけるな!あれだけ持ってきて無いはずがないだろ!」
ケビンは怒鳴らないように気をつけようとは思っていたが、大声を出してラフランを問い詰める。
「毒袋に価値がある理由は、以前ご説明したように中の毒が解毒薬の材料となるからです。血が混ざって変質してしまった毒袋に価値はありません。処分費用と不足している解体作業費用を頂いていないのはギルドとしての温情です」
ラフランは内心溜息を吐きながら、ケビンに説明する。
「だとすれば、何故初めにそう説明しないんだ。そこにあるムラサキガエルの資料も読んだが、毒袋が素材になるとしか書かれていなかった」
「毒袋の取り扱いに関しては他の魔物も共通のはずです。もちろん血が混じっても問題ない種類もありますが、毒袋には傷を付けないように討伐して、血などの異物が混じらないように器官を縛ってから袋に詰めるのが基本です。初めて依頼を受ける新人の方であればご説明するかもしれませんが、元とはいえAランクパーティで活躍していた方に説明することはありません。これは私に限らず他の職員が担当していても同様です」
ラフランは呆れながらも丁寧にケビンに説明をする。
「…………。」
ラフランの言葉を聞いて、アルスが毒袋を採取する時に細かく指示を出していたことを思い出したケビンは、反論する言葉を失う。
しかし、大銀貨四枚と銀貨六枚の出費に対して報酬は全て解体の作業代として消えてしまったでは生活が出来ない。既に金は底をつきかけている。
「俺に非があったことは認める。さっきは怒鳴って悪かった。しかし、依頼を達成したのに大きな赤字だ。これでは生活も出来ない。なんとか赤字分だけでも補填してもらえないか?」
ケビンは恥を捨てて頭を下げる。ケビンの財布はそこまで追い込まれており、このままでは数日もすれば野宿確定で、食う物にもありつけなくなる。
「私の一存ではどうすることも出来ませんので、ギルド長と話が出来るようにします」
「すまない。助かる」
ラフランはギルド長に経緯を説明した後、ケビンをギルド長の部屋に入れる。
「ラフラン!ちょっと来なさい」
「痛っ」
隣で聞き耳を立てていた先輩受付嬢は、休憩中のプレートを置いてラフランを誰もいない倉庫へと無理矢理連れ出す。
「痛いです。離してください」
ラフランは先輩に掴まれた腕を振る。
「毒袋の採取方法を理解していなかったとしても、二百体近くのムラサキガエルから一つも使える状態の毒袋が見つからないなんてことは、わざと傷つけようとしない限りありえない。リストに載ってる冒険者だからってお金を横領するつもりなの?今ならまだ間に合うからちゃんと本当のことを言って謝りましょう。私も一緒に謝ってあげるわ」
先輩受付嬢はラフランの嘘を指摘して、優しく手を差し伸ばす。
「先輩は勘違いしています。確かに半分くらいは使える状態の毒袋でした。でも、横領するつもりはないです。あれはギルド本部の指示です」
ラフランは先輩に弁明する。
「ギルド自体が横領に加担しているって言いたいの?」
先輩はラフランに疑いの目を向ける。
「違います。ケビンさんはギルドに借金をしたまま逃亡していたんです。なので、報酬は全て借金の返済の為に確保したんです。借金をしていますが、まだ罪人として手配はされていなかったので手荒な真似をして捕まえることが出来なくて、私が嘘を吐きつつも正規の依頼達成処理をした後、ギルド長のところに向かわせたんです。罪人ではないなら、原則として依頼達成の処理はしないといけないので」
ラフランは先輩に事実を伝える。本来であれば守秘義務があり、許可が出ない限りは話してはいけないのだが、ラフランは規則よりも先輩と良好な関係を続けることを選んだ。
「疑って悪かったわね。ごめんなさい」
先輩はラフランに頭を下げる。
「先輩は私の為に怒ってくれたとわかってますので謝らないでください。それから、守秘義務は破ってしまったので、ここでのことは忘れてください」
「ギルド長には私が無理矢理ラフランに言わせたって話しておくわ。それと、ギルド長のところにあの冒険者を向かわせるまでの演技には私も騙されたってことよ。成長したわね」
「ギルド本部からの依頼完了です」
ラフランは誇らしげに言ってから先輩と受付カウンターに戻った。
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