第5話 昔話
アルスは孤児院の前に捨てられていたと、孤児院の院長先生から聞かされている。アルスが捨てられたのはまだ赤子の時で、アルスには孤児院に捨てられる前の記憶はない。もちろん両親の顔も覚えていないが、アルスにとって院長先生が母親であった。
王都に住む者は五歳になった時、魔法の才能があるか教会で調べてもらうことが出来る。これは、孤児に対しても平等に与えられた権利であり、アルスが触った水晶は眩い光を放ち、アルスには高い潜在魔力が眠っていることが判明した。
アルスに魔法の素質があることは、たまたま教会に来ていた魔法学院の教師ハベルによって、学院長の耳に入った。そして、ハベルの強い推薦もあり、アルスは魔法学院に招待された。
魔法学院に通うには莫大な学費が掛かり、生徒の殆どは金持ちの子供だった。アルスのように学院から招待され、学費を免除されている生徒は数える程しかおらず、その中でも孤児院出身のアルスは、いじめの対象となっていた。
魔法学院に通うことが苦痛でしかなかったアルスが、学院から逃げ出してしまいたいと思うようになるのは仕方のないことだろう。
休みまで学院に居たくないアルスが街を散歩していると、同じ孤児院で暮らしていたデイルと再会する。
デイルはアルスにとって兄のような存在で、十三歳となった時に孤児院を出ていき力仕事でお金を稼いでいた。
アルスはデイルから衝撃の事実を聞かされる。
アルスが暮らしていた孤児院は、院長先生が際限なく孤児を受け入れていた為に、国からの補助だけでは運営することが出来なくなっているという。
足りない分は、孤児院を去ったデイル達が稼いだお金を入れることで賄っているというのだ。
本来国が支援する孤児院は、災害や病気などで親を亡くした子供を受け入れる所であって、アルスのように捨てられた子供を受け入れる所ではない。
その為、アルスのように捨てられて孤児となった者を受け入れても、国から補助はされない。
アルスはデイルからの話を聞いて、魔法学院で力を得て、院長先生に恩返しをする為にお金を稼ぐと決意する。いじめに負けて逃げてはいけないと。
魔法学院での一年目は、基礎知識を学ぶ為の授業と、基礎体力の向上、それから潜在魔力を引き出す訓練に時間が費やされていたが、二年目からは自身に合ったカリキュラムを選んで組むこととなった。
「待ち侘びたよ。私はハベル。さあ、一緒に支援魔法の素晴らしさを世界に広めよう!」
どの属性の魔法を学ぶか迷っていたアルスの前にハベルが現れて、自身が研究する支援魔法を学ぶようにアルスに声を掛ける。
「け、結構です」
支援魔法は習得が難しく、消費魔力が大きいことで有名だ。その割に得られる効果は低く、その分の魔力を他に回したほうが有用だという理由で、わざわざ学びたいと思う者はほとんどいない。他の属性魔法に適性がなく、仕方なく支援魔法を学ぶというものがいるかどうかだ。当然、アルスは断る。
「アルス君!君が教会で魔法の素質があるか調べていた時、私は偶然近くにいた。そして見た!あの時、水晶は眩い光を放っていたが、問題はそこではない。あの光には色が付いていなかった。あれこそ支援魔法に一番大事な素質を君が持っているという証拠だ。わかってくれたと信じてもう一度聞こうか。一緒に支援魔法の素晴らしさを世界に広めようじゃないか!」
「お、お断りします」
ハベルの気迫にアルスは負けそうになるが、なんとか耐えて断る。
「それは残念だ。君をこの学院に推薦したのは私であり、私は君に支援魔法を教える為に推薦した。君が支援魔法を学ぶつもりがないと言うのであれば、私が君を推薦する理由はなくなったな。私が推薦を取り消した所で学院を追い出されることはないが、学費は自分でなんとかしてくれ」
ハベルはアルスを脅す。実際、ハベルはこの為にアルスのことを学院長に猛アピールしており、それ以外でアルスに価値を見出していない。
「……わかりました。支援魔法の訓練を受けます。ただ、他の魔法の訓練もさせてください」
学費を払うお金をアルスが持っている訳はなく、学院を去るわけにもいかないアルスには、ハベルの元で支援魔法を学ぶしか道は残されていなかった。
「カリキュラムの紙を渡しなさい。記入してあげます」
「あっ!」
アルスの手から用紙を奪い取ったハベルは、勝手にアルスのカリキュラムを決めて書き込む。
「これを提出しなさい」
アルスはハベルから返されたカリキュラム表を見る。そこには、七日で一サイクルの内、本来休みである七日目の太陽の日に、各属性魔法の訓練が割り振られており、残りは全て支援魔法の訓練を受けることになっていた。
「太陽の日に属性魔法の訓練をしてくれる先生はいません」
支援魔法の訓練を減らせとは言えなかったアルスは、違う視点から文句をぶつける。
「その日も私が訓練を付けるから安心したまえ。太陽の日は休日だ。君が休みたいなら休めばいいし、属性魔法の訓練をしたいなら私が教えよう。支援魔法だけで十分に学院が定めた訓練の時間は満たしている。太陽の日に書き込んだが、自由にしてくれて構わない」
「ハベル先生の担当は支援魔法なんですよね?属性魔法も人に教えられる程に使えるんですか?」
「アルス君!君は何もわかっていない。まあ、それはこれから学べばいいことだが、支援魔法が使えるということは、他の属性魔法も使えるということだよ。超級魔法をも使いこなす、専攻している先生方に優るとは言わないが、私は上級魔法までなら全ての属性を扱える。基礎は教えることが出来るということだ。それに、支援魔法の訓練をする過程で属性魔法も扱えるようにする。別枠で君が学ぶ必要なんてないのだよ。わかったなら、その紙を提出してきなさい」
「わかりました」
逃げられないと悟ったアルスは、仕方なく了承した。
カリキュラム表を提出したアルスは学生寮に戻り、あまりの光景に立ち尽くす。部屋にあった物が備え付けの家具を残して全て無くなっていた。代わりに机の上に紙が置いてあり、そこには研究室の場所が書かれていた。
「これはどういうことですか!?」
ハベルの研究室に向かったアルスは、怒りを口にする。
「支援魔法というのは持続時間というものが重要になる。学生寮で寝泊まりしていては、効果がどのように落ちていくのかわからないだろう。ここなら、色々と測定する魔導具が揃っている。早速だが、講義に入らせてもらおう」
ハベルは悪びれるそぶりも見せずに、早速支援魔法の講義を始める。
ハベルの下で支援魔法を学び続けて二年が経ち、アルスは中等部へと進学した。本来であれば初等部の教師であるハベルの下から去ることになるのだが、ハベルも初等部から中等部の教師へと異動し、ハベルとの関係は変わらず続くことになった。
「アルスは支援魔法の基礎をマスターした。ここからは私も習得しきれなかった領域に足を踏み込んでもらう」
この二年で、ハベルはアルスに自身の知識の全てを叩き込んだ。そして、自身が到達出来なかった領域へと進ませることにする。
「師匠が出来なかったことが僕に出来るのでしょうか?」
ハベルと二年という時間を共に過ごしたアルスは、ハベルの実力を目にし、肌で感じることで、尊敬の念を抱き、師と仰いでいた。
「アルスなら出来ると私は信じている。私が十五年という長い年月を掛けて習得した技術を、アルスはたったの二年で取得した。独学だったから十五年も掛かったというのもあるが、アルスには天性の才があると断言できる。アルスで無理なら、私の研究結果が間違っていたということだ」
「わかりました!師匠がそこまで仰ってくれるのであれば頑張ります」
「では、まずは復習だ。支援魔法の本質は何だ?」
「魔力を変質させることです。火属性の魔法威力を高めたければ、火属性に変質させた魔力を対象に付与し、筋力を上げたければ、魔力をバネのように変質させて対象に付与します。対象が保有する魔力と同質のものに変質させれば、対象の魔力を回復させることも可能です」
「そうだ。アルスの魔力は透明な無属性だ。何色にも染まっていないその魔力は、アルスの意思で何にでも変質させることが可能だ。アルスは支援魔法を使う為に生まれてきたと言っても過言ではない。それでは、支援魔法の弱点は何だ?」
「効果が低いことです。上級魔法を放てる魔力を消費したところで、初級魔法を中級魔法の威力に底上げすることも出来ません。それから、時間と共に効果が薄れていきます。付け加えるのであれば、支援魔法を発動するには、魔力を変質させる技術と詠唱せずに魔法を発動する技術が必要になります。労力に対して、得られる結果が低すぎます」
「よろしい。最後の点は既にアルスは習得済みだから、忘れてしまって問題ない。大事なのは時間経過で効果が薄れることと、そもそもの効果が低いことだ。それを解消するのがこれからの課題だ。アルスはどうすれば解消されると思う?」
「えっと………………わかりません」
アルスは考えるが、簡単に答えは出ない。
「支援魔法に対して支援魔法を掛ければ、弱点は解消されると私は考えている。私の予想では、既にアルスにはその技術が備わっているはずだ。そうなるように鍛えたのだから。さあ、いつものように私に支援魔法を掛けるんだ。そして、一時間程空けて、もう一度掛けてみなさい」
「わかりました」
アルスはハベルに言われた通り、いつものようにハベルに対して、火属性魔法が強化されるように支援魔法を掛ける。
そして、時間を置いてから支援魔法を重ね掛けする。
「ふむ。ここまでは成功だな。私もここまでは実現出来た。今日はこのまま魔力を高める訓練をするように。続きは明日だ。今までであれば、私に掛けた支援魔法は翌朝には効果が切れていた。それがどう変化したのか確認しなければならない」
「今朝、昨日アルスが掛けた支援魔法の効果が少しではあるが残っていた。今までは日が昇る前には効果が切れていた。つまり、効果の持続時間を伸ばす効果も得られたということだ」
ハベルは嬉しそうにアルスに結果を話す。
「それは、よかったです。これをもっと上手くやれば、実用的なレベルになるんですか?」
アルスには何が何だかわかっていないが、ハベルが嬉しそうにしているということは、順調なのだろうと思いながら返事をする。
「違う!支援魔法に対して支援魔法を掛けると言っただろう。昨日のは、アルスが試せるレベルにまで成長出来ているのか確認しただけだ。今日は私ではなく、まずはアルス自身に支援魔法を掛けなさい。強化するのは支援魔法です。支援魔法の効果を高めるように、支援魔法に支援魔法を掛けるのです」
「……掛けました」
アルスはハベルの説明に頭がこんがらがりながらも、言われた通り支援魔法の効果が高まるように集中して、支援魔法を自身に掛ける。
「よし、それではまた私に支援魔法を掛けなさい。今日は一度だけだ」
「わかりました」
アルスは昨日と同じようにハベルに支援魔法を掛ける。
「効果が切れたのは、昨日と同じくらいだった。支援魔法自体を強化出来ていると言えるだろう」
ハベルに言われて、支援魔法を強化することも出来たんだなと、アルスはただ思うだけだった。
「自身に掛けた支援魔法の効果は切れているか?」
「多分切れてます」
アルスは自身の魔力に意識を集中して、支援魔法の効果が切れているだろうことを確認して答える。
「それなら、今日は二回自身に支援魔法を掛けるんだ。強化した支援魔法で、さらに支援魔法を強化する。これから毎日、これを繰り返していくからな。データを採りながらアルスの限界を調べる」
「わかりました」
やっとアルスにもハベルが何をしようとしていたのか理解出来た。ハベルは支援魔法を限界まで強化することで、低すぎる効果と、短すぎる持続時間をどうにかしようとしているのだと。
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