第29話 村娘
「う……あ゛あ゛あ゛ぁ」
テットに橋の上から投げ捨てられたケビンは目を覚まし、激痛から声を上げる。
「お姉ちゃーん。あの人が目を覚ましたよ」
カーラはうめき声を聞いてドアを開け、ケビンが目を覚ましたことを姉のレイチェルに伝えに行く。
「目を覚まされて良かったです。あまりの怪我だったのでこのまま目を覚まさないかと思っていました」
カーラに呼ばれたレイチェルは目を覚ましたケビンに話しかける。
「ここはどこだ?」
知らない部屋にいることに不安を抱きつつケビンは聞く。
「ここはトローデという小さな村の私の家です。昨夜のうちに張っておいた魚を捕まえる為の仕掛けを回収する為に川に行ったら、あなたが川岸に倒れていたんです。それで、村の人と一緒にここまで運びました。私はレイチェルといいます。あなたは?」
レイチェルはケビンを見つけた時のことを説明して名乗る。
「ケ……ケルトだ。助けてくれたことに礼を言う」
ケビンは咄嗟に偽名を言い、レイチェルの話を聞いてテットに橋から放り投げられたことを思い出す。
「ケルトさんですね。あいにく村に治癒魔法が使える方がいませんが、傷が癒えるまでゆっくり休んでください。何か食べられそうなものを作ってきます」
トローデ村では村人のほとんどが自給自足し、足りない物は村人同士で物々交換するのが主流であり、お金を使う者はいない。
村長が対処出来ない魔物が出た時にギルドに依頼を出す為、多少のお金を保管しているだけであり、そんな村を盗賊が標的にすることは今までなかった。
そんなトローデ村で生まれ育ったレイチェルに警戒心なんてものはなく、素性が確かではないケルトと名乗った男を家に泊める判断をする。
「すまない。恩にきる」
ケビンは命の恩人であるレイチェルを騙していることに多少の罪悪感を感じながらも、その人の良さに甘えることにする。
ケビンはそのまま傷が癒えるまでレイチェルの家で世話になり続け、完治はしていないが歩けるようになったところでレイチェルの家を出ることにする。
「世話になった。これからは良き隣人としてよろしく頼む」
歩けるようになったところで行く宛の無いケビンは、自分のことを知る者がいないこのトローデ村にこのまま住むことにした。
レイチェルの家の隣の家が空き家になっており、村長の好意で家と畑を無償で使わせてもらえることになった為、レイチェルに教わりながら荒れていた畑を耕し直すところから始める。
「よお、ケルト!また頼んでいいか?」
村人のフランクが畑の世話をしていたケビンに話し掛ける。
トローデ村に魔法を使える者は二人しかおらず、本職ではなくとも戦闘で使えるレベルで魔法を扱えるケビンは村人から頼りにされていた。
「大丈夫だ。すぐに行く」
畑仕事を中断したケビンは村の広場に行き、集められたゴミを火魔法で焼却処分する。
「いつも悪いな。ケルトが来るまでは少しずつ燃やしていたから助かるぜ。これは村長からだ」
ケビンはフランクを通して村長から干し肉を頂く。
頻繁に獲物が獲れるわけではないトローデ村の中では、干し肉であろうと肉は贅沢品だ。
「ありがたく頂く」
「フローラの容態はまだ良くならないな。風邪を拗らせているだけならいいんだが……、ガイルの奴が死んじまったからレイチェルとカーラ二人ではなにかと大変だろう。手を貸してやってくれ」
フランクはレイチェルの母親であるフローラの心配をする。レイチェルの父親のガイルは三年前に亡くなっており、フローラは五日前から床に伏せっている。
「任せてくれ。レイチェルは俺の命の恩人だ」
ケビンはフランクに答え、畑仕事へと戻る前にレイチェルの家を訪ねる。
「フローラさんの容体はどうだ?よくなってきているか?」
「咳が日に日に酷くなってます。お母さんまで死んじゃったらどうしよう……」
レイチェルはケビンに不安を漏らす。
「大丈夫だ。そんなことにはならない」
ケビンはレイチェルを安心させる言葉を言ってから畑仕事へと戻る。
今日の分の畑仕事を終えたケビンが椅子に腰掛けくつろいでいると、ドンドン!!と強くドアを叩く音が聞こえた後、レイチェルの声が聞こえる。
「ケルトさん!」
「どうした?」
すぐにドアを開けたケビンは顔を青くしているレイチェルになにがあったのか確認する。
「お母さんが血を……血を吐いたんです。私、どうしたら……」
「まずは落ち着け。薬は飲ませたのか?」
「飲ませようとしたんですが、意識が朦朧としていて飲んでくれませんでした」
「村長のところに行って馬車を貸してもらおう。近くの街に行って医者に見せたほうがいい」
病気のことなんて聞かれてもわからないケビンは、医者に行くしかないことを伝える。
「ケルトさんも一緒に来てもらえますか?」
レイチェルはケビンに同行するように頼む。
「わかった。任せろ」
ケビンは一緒に街まで行くと答え、レイチェルと一緒に村長の家を訪ねる。
「夜分にすまない。 フローラさんの容体が急に悪化した。すぐにでも医者に見せる必要がある。いきなりだが馬車を貸して欲しい」
ケビンは動揺が収まらないレイチェルに代わって村長に話をする。
「夜は危険じゃ。朝まで待つことは出来ぬのか?」
村長は馬車を貸すことに渋りはしないが、もう日が落ちかけている頃に出発することを心配し、夜が明けてからの出発を提案する。
「護衛は俺が務める。訳あって引退することになったが冒険者として活動していたこともある。一分一秒を争うかもしれない。俺を信じて任せてくれ」
ケビンは冒険者だったことを明かして村長を説得する。
「わかった。くれぐれも無茶をするのではないぞ」
村長から馬車を借りたケビンはフローラを馬車に乗せた後、カーラの面倒をフランクの嫁に任せて出発する。
日が完全に落ちてからはライトの魔法で前方の視界を確保しながら進み、何事もなくエンボウの街に到着する。
「俺は訳あって街の中には入れない。村長から医者に診せるだけの金は預かっている。すまないがここからは一人で行ってきてくれ。俺はあそこの木の辺りで待つことにする」
お尋ね者となっているのに街に入るのはリスクが高すぎると判断して、ケビンはここで馬車を降りる。
レイチェルがいつ戻るかは医者の診断次第になるが、通常であれば聖魔法を掛けた上で薬を処方して終わりであり、そこまで時間は掛からない。
ただ、今は夜なので診てくれない可能性もあり、その場合はフローラを寝かせる為に宿に泊まり、戻ってくるのは早くても朝になる。
「…………わかりました。送ってもらってありがとうございました」
本当は医者のところまで一緒に来てほしいレイチェルではあるが、元々川に倒れていたことから何か事情があるのだと、一人で母親を医者の元へと連れていく。
街の外でレイチェルを見送ったケビンは木の陰に隠れる形でもたれ掛かり目を瞑る。
ケビンは今の生活に満足していた。
以前はあんなに目指していた名誉や地位なんてものははなから存在せず、街なら安価で手に入る干し肉でさえ贅沢品なトローデ村。
しかし、そこには今のケビンが求めていた安らぎがあった。
「起きろ!抵抗せず手を上げろ!」
ケビンが大きな声で目を覚ますと衛兵に囲まれていた。衛兵は槍と杖を構えており、槍の先はケビンの首元に突き付けられている。
「ケビンだな。冒険者ギルドから捕えるように手配書を受け取っている。やましいことが無いのであれば三日もすれば解放される。一時的に行動を制限する為に隷属の首輪を付ける。いいな?」
衛兵の一人がケビンに包囲している理由を説明し、隷属の首輪を見せる。
護衛の為に村長から借りた剣を持ってはいるが、剣を抜こうと柄に手を触れようものなら、即座に串刺しにされるだろう。魔法も同様に、詠唱が首元に突き付けられた槍よりも早いわけがない。
抵抗することは許されず、ケビンの首には隷属の首輪が嵌められ、詰所へと連行される。
「貴様の罪状を確認する。間違いがあれば訂正するが、嘘を吐くようならその首輪が締まることになる。心して答えろ」
ケビンを机に座らせて、衛兵は冒険者ギルドから預かっている情報を元に間違いがないか確認を行う。
「……わかった」
隷属の首輪を嵌められた時点で逃げ道を塞がれているケビンは大人しく返事をすることしかできない。
通常であれば拘束時に隷属の首輪を嵌められることはないが、以前にギルド長から逃げたことも衛兵隊に伝わっている為、結果として逃げることだけでなく、言い逃れまで出来なくされている。
「貴様に掛けられている罪状は二点だ。一つは冒険者ギルドへの支払い義務を放棄して逃亡したこと。もう一つはサザンカの街の冒険者ギルドの窓を破壊したことによる器物破損だ。間違いないな?」
「ああ、間違いない」
ケビンは罪状を認めつつも、盗賊となっていたことが含まれていないことに内心安堵する。
盗賊のことがバレていないのであれば、返すべき金の分奴隷としてこき使われれば自由になれる可能性はある。
「貴様の身柄は冒険者ギルドに引き渡すことになる。貴様の罪はどちらも金で解決出来ることだ。反省して謝罪すれば犯罪奴隷とはならずに済むかもしれない。懸賞金も合わせ、少なくとも金貨三十枚と多額ではあるが、心を入れ替えて返済するんだな」
グランツの怒りを買ったこともあり、ケビンには懸賞金が掛けられていた。その額も合わせてケビンが支払わなければならない額は金貨三十枚。
金貨三十枚という大金を返すと言ったところで、金が返ってくるなら許すと冒険者ギルドが判断するとは限らないが、そうなった場合のことを考えて衛兵はケビンに支払わなければならない金額を伝えておく。
「わかった」
あまり事を荒立てて盗賊になっていたことまで言わされないように、ケビンは一言で返事をする。
「貴様の引き取りはサザンカの冒険者ギルドが担当することに決まっている。連絡して担当の者が到着するまで牢で大人しくしていろ」
「わかった。大人しく従うが、一つ頼みがある」
「言ってみろ」
「この街にはレイチェルという娘と病気のその母親のフローラさんと一緒に来ている。フローラさんの病気を医者に診せた後、俺がいた木の近くで合流して村に帰る予定だった。俺は村に戻れなくなったことと、これまでのことを感謝していると伝えてほしい」
ケビンはこのままでは探し続けることになってしまうレイチェルへの伝言を衛兵に頼む。
「その心配は不要だ。貴様の情報を我々衛兵隊に売ったのは、貴様が今話したレイチェル本人に他ならない。牢に入れ」
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