第28話 盾

 デニス率いる部隊がルクーリアを出発した二日後の夜、メルキオは爆発音で目を覚ます。


「敵襲だ!」

 声を聞いて敵に攻められていることは理解したメルキオだが、隷属の首輪により待機を命じられており、こんな時でも命令なく決められたエリアから出ることは許されない。


 洞窟の入り口から我先にと奥へと逃げる盗賊達を見て、その中にドグルの姿まであることから、メルキオは並みの相手が来たわけではないことを悟る。


「待ってくれ。誰かこれを外してくれ」

 メルキオは逃げていく盗賊達に助けを求めるが、メルキオの為に立ち止まる者はいない。

 そもそも、メルキオの首輪を外す鍵はドグルが持っており、他の者はドグルからメルキオをこき使っていいと言われていただけだ。メルキオを自由にする権利まで与えられていない。

 逃げるように命令することは出来るわけだが、緊急時に奴隷のことを気にかける奴はここにはいない。


 盗賊達が洞窟の奥へと逃げていくのは、その先に脱出用の隠し通路があるからであり、幹部しか知らない巧妙に隠された通路と、そこに通路がありますと言っているかのように雑に隠された通路の二つがある。

 言ってしまえば囮用の通路ではあるが、それがわかっていても正規の出入り口よりは逃げ切れる可能性が高いと判断して、盗賊達は隠し通路目指して走る。



「待ってくれ。誰か助けてくれ」

 メルキオは助けを求め続けるが、隠し通路が狭いことで渋滞し、身動きが取れなくなってなお、メルキオを助けようとする者はいない。

 奴隷を助けようなんて思う者がそもそもいないわけだが、メルキオは横穴の奥におり、通路から数メートルではあるが離れたところにいる。尚更助ける者はいない。


 盗賊の奴隷にまで落ちてもまだ死にたくないメルキオが絶望していると、渋滞して身動きの取れなくなっていた盗賊達が炎に飲まれた。

 通路からは少し離れていた場所に待機させられていたメルキオは運良く直撃を免れるが、高熱の空気を吸い込んだことで意識を失いそうになる。

 熱風から逃れるように後ろを向き咳き込んだメルキオが振り向き顔を上げると、さっきまで通路を塞ぐようにいた盗賊達の大半が倒れていた。生きている者はいるが、焼け焦げて事切れている者の方が多い。


「どんな化け物が来てるんだよ」

 あまりの光景にメルキオは後退りする。


 人が壁となり運良く生き残った者達は、ヨロヨロと出口に向かい歩みを進めるが、そのうちの一人がメルキオの方を見る。


「お前!魔法が使えるんだったな。時間稼ぎをしろ」

 メルキオを見た男はニヤリと笑い、メルキオに命令する。


「無理です!あんな魔法防げませ……」

 メルキオが拒否すると、首輪がぎゅっと締まり、言葉を発することも出来なくなる。


「数秒くらい時間は稼げるだろ。盾として役に立て!」

 男は再度命令した後、走り去っていく。


 拒否すればこのまま首が締まり続けて死ぬことになるのは確定している。メルキオが助かる為には無茶な命令だろうと聞くしかない。


 盾となる為に動くことを許されたメルキオは、通路を塞ぐ形に土壁を作り、役目は果たしたと逃げようとするが、首輪がそれを許してはくれなかった。



「誰かいる」

 結局自身の作った土壁の前から逃げることの出来なかったメルキオをアイラが見つける。


「あいつどこかで見たな。どこだったか……」

 リカエルがアイラに答える形で疑問を口にする。リディアがアルスに執着していたことでメルキオのことも一度は目にしているはずだが、アルス以外を気にしたことはなく、すぐには出てこない。


「どうかしたの?」

 後衛を任されていたアルスは、アイラとリカエルが足を止めたので、何かあったのか尋ねる。


「あの奴隷の男をどこかで見た気がするが、どこだったか思い出せなくてな。アルスは見たことあるか?」


「メルキオ……。なんでこんなところに」

 リカエルに言われて、アルスはメルキオを見つける。


「メルキオですって!」

 メルキオの名前を聞いて、アルスと後衛を任されていたセイラが怒気のこもった声を出す。


「アルス……、セイラ……」

 メルキオは懐かしい顔を見て、首に付けられた首輪を隠すように手を首輪に掛ける。


「……生きてたのね。死んだと思ってたわ」

 冒険者ギルドでタルク達に尋問はおこなわれており、セイラはギルド長から自身が売られることになった経緯から、メルキオの処分をドグルに任せたことまで聞いている。死んだと思っていたメルキオが賊の奴隷となっていることに、セイラは無意識に笑みを浮かべる。


「私が悪かった。お願いします。助けてください。あなた達と戦うように命令されているだけで、私に戦う気はないのです」

 メルキオはセイラに謝罪し、助けを求める。


「どうするんだ?」

 こんなことならリディア達が指揮する、洞窟の裏側で残党狩りをするチームに入れば良かったとリカエルは後悔しながらも、面倒ごとには巻き込まれたくないので、決断は当事者のアルスとセイラに任せる。


「僕は復讐する気はないけど、奴隷の首輪を付けられてる理由も想像がつくし、特別扱いしてほしいってこともないから、他の盗賊達と同じ扱いでいいかな。セイラは?」

 アルスは答える。他の盗賊と同じ扱いというのは、ここで殺されるか、連行された後処刑されるかであり、無慈悲な答えに聞こえるが、アルスの感情を良くも悪くも考慮しないという中立の意見だ。


「助けるなんて考えられないわ。でも、感情を優先する気もないから、リカエルさんの指示に従うわ」

 メルキオに殺意を覚えているセイラだが、感情は押し殺して、臨時パーティのリーダーであるリカエルの指示に従うと答える。


「……アルス、俺達は先に行く。必要ならそいつをどうにかしてから来い」

 リカエルはアイラがメルキオを無視して壊した土壁の穴を通り、アルスとセイラを残して先に進む。


「リカエルさんが気を使ってくれたみたいだね」

 アルスはリカエルの言葉の真意をセイラに伝える。


「本当に大丈夫なんだけどね。でも、せっかくの気持ちを無駄にするのも悪いわね」

 セイラは言葉以上に内心ではリカエルに感謝し、メルキオの前まで歩いていく。


「ま、待ってくれ。一時の出来心で反省しているふげぇ」

 弁明するメルキオの左頬にセイラの拳が突き刺さり、メルキオは頭から地面に叩きつけられる。セブンスドレイクに所属していた頃に比べれば少しではあるが、自衛のためにアルスはセイラに支援魔法を掛けており、女性の力とは思えない力で殴られたメルキオは、頭から血を流しながら気を失う。


「大分スッキリしたみたいだね。いつまでも待たせるわけにはいかないから、それくらいにして追いかけようか」

 アルスは気絶したメルキオを縛り、セイラとリカエル達を追いかける。



「ありがとうございました」

 合流したところで、セイラはリカエルにメルキオの件のお礼を伝える。


「なんのことかわからないが、礼を言われるようなことをしたようだな。洞窟内に残っていた残りの盗賊も討伐しておいた。隠れている者がいないか確認しながら戻るぞ」

 リカエルは知らないこととして答え、こちらのチームの仕事を終えたことを伝える。



 圧倒的な力の差を見せつけられ、即座に撤退を決めたドグルは、アルスによって強化されたリディアの魔法によって筒抜けになっている隠し通路を通り、外に出たところをリディアに捕まった。


 大規模盗賊団タルタロスはこの日をもって壊滅し、後日、メルキオはドグルらと共に処刑された。

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