第27話 直近の話

 リディアにセイラの居場所を探知してもらったアルスは、良くない噂の多いエリアにセイラの気配があることを知り、フォーナイトのメンバーに協力してもらいセイラの様子を見に行くことにする。

 そして、捕まっていたセイラをリディアが見つけ、セイラからフォーナイトに入れて欲しいと頼まれる。


「セイラのことを恨んでいるってことは無いけど、フォーナイトにはエクストラヒールも扱えるモルイドさんがいるから、セイラがパーティに入っても活躍出来る機会は少ないと思う。雑用と言ってもギルドホームに家事をしてくれる人を何人も雇っているから人は足りているんだ」

 アルスはセイラに説明する。アルスにセイラを恨む気は残っていない。本当にセイラがフォーナイトの為にやれることがないのだ。


「そうよね……」

 自身にSランクパーティに入れる力がないことはわかっているセイラは、雑用の仕事もないと言われればこれ以上言うことは出来ない。


「タダ働き当然でいいなら雇ってもいいわよ。ご飯と布団は用意するけど、本当にそれだけでいいならね」

 一度はアルスに判断を委ねたリディアがセイラに助け舟を出す。セイラではなく、アルスに好かれる為に。


「……ありがとう」


「でも、あなたにはお金がいるんじゃない?」

理由は詳しく聞いていないが、セブンスドレイクのメンバーがギルドに多額の借金をしていることはリディアも聞いている。


「馬鹿な私達のせいでエリーを死なせてしまったからよね。彼女にはもう謝ることも出来ない……。お金は私物を売り払って、残りもたくさん働いて返すわ」

 セイラはフォーナイトの所以外でも働いてお金を返すつもりで答える。答えはしたけど、内心はお金の心配よりもエリーを死なせてしまった後悔しかない。


「エリーを買ったのはあなた達だったのね。彼女なら一命を取り留めてギルドホームで働いているわ。助けたのはアルスとモルイド、それからフラワークラウンの子達よ」


「本当!?」


「そんな嘘は吐かないわよ。謝りたいみたいだし、今後の話もしたいからギルドホームに行きましょうか」


 リディアはリカエルとアイラにギルドへの報告は任せて、セイラを連れてギルドホームへと戻る。


「お帰りなさ……い」

 ギルドホームの前を掃除していたエリーが手を止めて挨拶しようとして、セイラを見つけて一瞬止まる。


「ただいま。エリーに用があるから中に来て」

 リディアがエリーも連れてギルドホームのリビングに入り、リディアとモルイドがソファの定位置に座り、アルスはお茶を入れに行く。


「遠慮せずに座ったらどうですか?」

 どうしたらいいかわからず立ったままのエリーとセイラにモルイドが座るように勧める。


「あ、はい」

 気まずいだけで後ろめたさのないエリーはすぐに空いているソファに座り、セイラは座らずにエリーの前に移動する。


「私が馬鹿だったせいで、エリーを酷い目に遭わせてしまったわ。ごめんなさい」

 セイラは誠意を込めて頭を下げる。


「……あれは事故です。私はセブンスドレイクの皆さんを恨んでいません」

 魔物に襲われたのは運が悪かったのだと思っていたエリーは、セイラが急に謝ったことに驚きつつも、あれは事故だと許す。気まずかったのは契約の途中で奴隷を辞めたことであり、エリーはセブンスドレイクが既に瓦解していることは知らない。


「違うの。メルキオが作った壁と結界に魔物から身を守るだけの強度はなかった。私達は仮初の力をあたかも自分の力のように使っていただけで、戦えないエリーをあそこに連れていけるだけの力はなかったの」


「えっと……気持ちは伝わりましたが、何を言っているのかよくわかりません」

 セイラが悪いと思っていることはわかるが、説明を聞いても状況がよくわからず、正直にわからないと伝える。


「アルスが元々セブンスドレイクのメンバーなのよ。アルスの支援魔法が桁外れなのは身をもって知ってるでしょ?セブンスドレイクはアルスの支援魔法で強化されているのを自分の力だと勘違いしてアルスを追い出した挙句、あなたを守れる力がなくなっているのにも気付かず危険なところに連れ出したのよ」

 気持ちだけが先行して言葉が足りていないセイラの説明にリディアが補足を入れる。


「……やっと理解出来ました。その話を聞いてもセイラさんを恨む感情は湧いてこないので許します。わざと私を殺そうとしたわけではないってことですよね?」

 セイラが心から謝っているのを見た後に真実を聞いた所で、エリーがセイラを恨むことはなかった。


「もちろんよ。エリーを殺す理由なんてないわ」


「そういった理由もあって、この人がアルスに罪滅ぼしする為にフォーナイトに入れてくれって頼むから、エリーと同じようにギルドホームで働いてもらうことにしようと思ってる。大丈夫ってことみたいだけど、エリーが嫌なら話はなかったことにするわ。私達よりもエリー達の方が長く一緒にいることになるわけだし、嫌なら教えて欲しい」

 リディアはエリーに確認する。


「嫌だということはないです」


「それなら決まりね。あなたをフォーナイトのギルドホームの世話係として雇います。さっきはタダ働きと言ったけど、お金を返す必要もあるからちゃんと給金は払います。大金を返す必要があるのだから、冒険者も続けるといいわ。あなたは根っからの悪人ではないようだから、一からやり直せばパーティを組んでくれる人もきっと見つかるわ」


「ありがとうございます」


「もう話は終わったみたいだね。遅くなったけどどうぞ。───ありがとね」

 お茶を淹れに行った後、リビングに戻るタイミングを失って隠れて話を聞いていたアルスは、少し冷めたお茶を配った後、リディアの耳元でお礼を言う。


「飲み終わったらギルドにこの人が見つかったことを本人も連れて報告しにいくわよ」

 顔を赤くしたリディアが誤魔化すように言って、紅茶を一気に飲み干す。



 冒険者ギルドで聞き取りをされた後、セイラは兄のところに行くことになった。セイラが賊に捕まっていたという話は衛兵からセイラの家族に伝わっており、リディアがセイラをそのままギルドホームに連れて行ったことで会うことができず、ギルドに言伝を頼んだからだ。その時に、セイラが背負うべき金もぴったり置いていった。



 セイラを賊のアジトから救出した数日後、アルスはガレイドから話があると言われる。

 前もってギルド長からガレイドを次の合同依頼に参加させて欲しいと、リディアもいる時に話はされており、セイラの時のように永続的にパーティに入れてくれという話ではないので、リディアはその場で承諾した。ただし、アルス含め他のメンバーが拒否した場合は話が流れるかもしれないと付け加えた上で。


 アルスはリディア達と夕食を食べに行くところだったが、一人ギルドに残り、ガレイドと対面に座る。


「我はアルスの力で強大な魔物と戦えていたというのに、ずっと見下していた。アルスの気が済むまで殴ってくれ」

 ガレイドは椅子から立ち上がり、アルスの横で膝をつき、まっすぐとアルスの顔を見て言った。


 アルスはギルド長から最近のガレイドのことは聞いており、話というのはセイラと同じように謝罪だと思っていた。アルス自身もガレイドが死んだ魚のような目で雑務をこなしているのを見ていたので、真っ直ぐと殴れと言われ、頭が真っ白になる。


「くくっ。あれだけ無能だと言っていた相手にあれは笑えるな」

 ギルド内には当然他の冒険者もおり、アルスに対して膝をつき詫びるガレイドを指差しながら馬鹿にする。


「俺なら恥ずかしくて生きていけねえよ」

 発言を聞いて、他の冒険者からもガレイドを馬鹿にする声が続く。


「黙っててもらえませんか?」

 アルスが一言口を開く。ガレイドにではなく、周りで騒いでいる冒険者に向けて。


「あ゛?お情けでSランクパーティに入ったからって調子に乗ってんじゃねえぞ」

 騒いでいた冒険者達は一瞬静かになるが、標的をガレイドからアルスに変えて怒りを口にする。


「あなたはガレイドのことを馬鹿にしてましたが、そういうあなたも僕の実力がわからないみたいですね?馬鹿だから自分のことを棚に上げて他人を貶すことが出来るんですか?」

 アルスは冒険者に喧嘩を売る。


 自分が馬鹿にされたことが発端なので止めなければならないガレイドだが、アルスが怒っているのを初めて見て動けずにいる。


「痛い目を見ないと分からないようだな」

 喧嘩を買った冒険者がアルスの胸ぐらを掴み、仲間の冒険者二人がアルスの両腕を掴んで外に連れ出そうとする。


「動かねえ。何だこれ──うわぁぁぁ!」

 三人掛かりでアルスを外に連れ出そうとしたのにアルスは微動だにせず、両腕を掴んでいた男二人はぶん投げられる。

 二人はギルドのドアを壊しながらギルドの外まで投げられ気を失う。


「ちょ、ちょっと待て。悪かった」

 仲間がまるでゴミのように飛んで行く姿を見て、凄んでいた男はアルスの胸ぐらから手を離す。

 先程までは周りの冒険者も乱闘騒ぎを楽しむ節があったが、今は静まり返っている。


「謝るのは僕にですか?」

 アルスは相手に鋭い眼光を向ける。


「わ、わか「何の騒ぎだ!!」」

 男が何か口にしようとした所で、職員から報告を受けたギルド長が現れて言葉を遮る。


「……すみません。少し頭に血が上ってました」

 ギルド長の怒声で冷静になったアルスは、ギルド長に謝罪する。少し冷静になったとはいえ、まだ怒りは収まっていない。


「た、助けてくれ」

 アルスに睨まれズボンに染みをつくった男は、ギルド長に助けを求める。


「何があったか説明しろ」

 ギルド長は壊れた入り口を見た後、事情を知っていそうなガレイドに説明を求める。


「アルスと話す覚悟をして、気が済むまで殴ってくれと頼んだ。そんな我を見てその男を中心に我を貶す声が上がり、アルスが我の代わりに怒ってくれたのだ」

 ガレイドがギルド長に説明をする。


「こんなことなら個室で話をさせればよかったな。先にこいつから話を聞くから、お前らは向こうの部屋で話を済ませておけ」

 ギルド長はアルスとガレイドに応接室に行くように指示する。


「わかりました」

 アルスは返事をして、大人しくガレイドと応接室へと入る。


「我のせいですまなかった。覚悟は変わっていない。気が済むまで殴ってくれ」

 先程の男二人を投げた力で殴られれば命を落としかねないが、ガレイドは同じことをアルスに言う。


「僕の方こそごめんね。我慢出来なかったんだ」

 アルスが生まれてから本気で怒ったのは三度だけだ。一度目と二度目はどちらも学院に通っている時、孤児院の家族にいじめの牙が向いたことが発端となっている。まだ満足に魔法を使えないアルスではあったが、その秘めたる莫大な魔力を怒りのまま相手にぶつけ、恐怖のあまり失神させている。

 そして今回が三度目。どれもアルス自身をトリガーとして怒ってはおらず、アルスが怒るのは稀だ。


「我の為に怒ってくれたのだ。アルスが謝る必要はない」


「うん。……話を戻すけど、ガレイドから僕が何かされたことはないから、僕がガレイドを殴る理由はないよ」

 話を戻したアルスは、ガレイドの頼みを拒否する。


「我はアルスをずっと下に見て、内心馬鹿にし続けていた。何もしていないことはない」


「それは僕がちゃんと自分が何をしているのか言わなかったからだから、ガレイドが悪いわけじゃない。コミニケーションを取れていなかった僕が悪いんだよ」

 アルスも自身に非があったと認めており、追放される要因が自分にあったと理解出来ている。ケビンとメルキオに関しては明確な悪意を向けられていたことから許すつもりはないが、セイラとガレイドに対しては追放されて悲しかったという気持ちしかない。


「……わかった。気が変わったらいつでも殴ってくれ」


「うん、わかったよ。それで、ガレイドが次の合同依頼に参加するって話をしにきたんだよね?」


「アルスと話をしにきただけだ。依頼は我を受け入れぬものがいなければ、ギルドに言われた通りおこなう」


「そっか……。それじゃあ当日はよろしくね」

 すっかり牙を抜かれてしまったガレイドを残念に思いながらもアルスは応接室を出る。


 その後、ギルド長に入り口を壊したことをこっぴどく怒られた後、アルスは先に夕食を食べているリディア達と合流した。


 

 実家の商店に久しぶりに帰ったセイラは、7年ぶりに会う兄に「この恥晒しが。しばらくそこで反省してろ」と罵声を浴びせられ、物置部屋に閉じ込められる。

 お手洗いの時だけ部屋から出る事が許され、食事も物置部屋で摂ること五日、セイラは意外な人物の手によって部屋から出される。


「あなたも大変ね。賊の次は家族に閉じ込められるなんて」

 物置部屋の扉を開けたリディアは呆れた顔をしながらセイラに声を掛ける。


「リディアさんがどうしてここに?」

 セイラは実家に何故リディアがいるのかわからず尋ねる。


「うちで働くと言ったのにいつまでも来ないから迎えに来たのよ」


「……兄がご迷惑をお掛けしました。でも、よくあの兄がここに案内しましたね」

 外面を一番に考える兄が、リディアを自分のところに案内したことが信じられないセイラは、驚きを隠すことが出来ない。


「あなたがここにいるのは分かっているのに知らないなんて言ったから、衛兵と一緒に探させてもらったわ。家族だろうとこれは犯罪だから、商人にとって大事な信用は地に落ちるわね」

 リディアはなんでもないことのように説明するが、商人の娘として育ったセイラはあまりのことに言葉を失う。


「呆けてないで行くわよ。ギルドホームで家事をしてもらう予定だったけど、獣人の彼も一緒に盗賊退治に向かうことになったわ。正直、フォーナイトとフラワークラウンどころか、アルスと私だけでも足りるけど、報酬が良いから一緒に行けってギルド長が決めたわ。後でお礼を言った方がいいわね」

 リディアはセイラが帰ってこないので、勝手にギルド長にセイラが盗賊退治に参加すると返事をした。そのことは言わずに、内容だけを伝える。


「え、はい。準備します」

 商店の信用問題に動転しているところに依頼の話をされて戸惑うセイラは、依頼の内容をよく確認しないまま返事をする。


「出発は明後日だから、それまでゆっくり休むといいわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る