第26話 裏切りの代償
「作戦を伝える前にお前に言っておくことがある」
テットはケビンの前にどさっと座り、ケビンの皿にはない肉を食いながら話を始める。
「はい」
ケビンはフォークを置いて話を聞く姿勢を示す。
「この作戦は金と食料を得る以外にもう一つ目的がある。それはお前のテストだ。ヘマをしようが裏切らなければ追い出されはしないが、扱いは相応のものになる。毎日こき使われ、出される飯も最低限だ。だが、役に立つと証明すればこうして好きなものを食うことが許される。雑用なんてする必要もない」
テットはケビンの前で肉を振ってから口に運ぶ。
「役に立つと証明します」
プライドなんてとうに捨てたケビンは、下手に出続ける。
「口だけにならないといいな。それじゃあ作戦を伝えるからよく聞け。三日後の夜にルクーリアの東側から侵入する為に、明日の朝出発する。目的は子供の命と引き換えに金を要求する為だ。従って、金の無さそうな家を狙っても意味がない。裕福そうな家に侵入して、寝ている子供の口を塞ぎ、縛って逃げられないようにした上でナイフを首に当てて家主に金を要求する」
「子供だけが寝ているわけじゃないと思うが、他の家族はどうするんだ?」
「バレないように家に侵入出来ればいいが、子供を人質に取る前に気付かれたなら、まずは話が通じる相手か判断しろ。大人しく金を出すなら命まで取らなくていい。抵抗するなら殺せ」
「いまいちわからないのだが、それならなんで子供を人質に取る必要があるんだ?初めから金を持ってる大人を脅せばいいと思うのだが……?」
ケビンは疑問を口にする。
「馬鹿かお前は。俺達は殺しがしたいわけじゃねえ。楽して金が欲しいんだよ。ガキにナイフを突きつけた方が、ガキのために大人しく金を差し出すから、まずはガキを人質にするんだ。それから、むやみやたらと殺しをしてたら追手がキツくなる。ガキ相手なら殺さず黙らせるのは容易だが、大人相手だとそうはいかない。殺しは最低限だ。覚えておけ」
テットはケビンに盗賊にもルールがあることを教える。
「わかりました」
「お前はデニスの兄貴の指示に従って動け。初日だからやることは見張りか家捜しだろうが、何を言われても対応出来るように考えておけ」
「何か必要な物はありますか?」
「必要な物は雑用係が準備してる。お前が用意するものはない」
「わかりました」
「よし、お前の寝床は向こうだ。明日に備えて休んでおけ」
「はい、ありがとうございます」
ケビンの返事を聞いてから、テットは自分に与えられた個室へと入る。
途中となっていた飯を腹に入れた後、ケビンはテットに言われた方に歩いて行く。
洞窟内は土魔法により手が加えられており、だだっ広いだけではなく、人工的な壁により空間が仕切られている。ケビンの寝床には六人の男が既にいて寛いでいた。
「ケビンといいます。今日からお世話になります」
ケビンはデニスの言葉を守り、先輩方に自ら自己紹介する。
「ああ」
寛いでいた内の一人が適当な返事をしただけで、他の五人からは何も帰ってこない。
「俺はどこを使えばいいですか?」
誰からも歓迎はされていないことを感じながらも、唯一返事をした男にケビンは尋ねる。
「好きに使え」
そっけない答えを聞いたケビンは、男達からそれぞれ近付き過ぎない位置に腰掛けて、特に不満の声が上がらないことを確認してから横になる。
布団もなく硬く冷たい洞窟の地面ではあったが、追っ手を気にしながら歩いてレーテルまで移動した時に比べれば天国と地獄程の差があり、ケビンはすぐに眠りについた。
翌朝、目を覚ましたケビンはデニスの指示に従いルクーリアに向けて出発する。ルクーリアには馬車一台と馬三頭で向かい、周りからは商人と護衛に見えるように扮装している。
渓谷に掛かった橋に差し掛かる所で、ケビン達はルクーリア側からくる馬車が対岸に止まっているのを見つける。
馬車がすれ違うほどには幅がなく、向こうの馬車が先にこちらの馬車に気付いて譲ってくれているようだ。
「高そうな馬車だな。あの馬車を襲ったほうが良くねえか?ルクーリアまで行く必要もなくなる」
デニスが馬車を見て目標の変更を口にする。
「貴族の馬車にしては護衛が少なそうだな。馬車のサイズ的には行商人か?馬車の外に護衛がいなさそうだから、護衛は多くても三人くらいか。俺は兄貴に賛成する」
テットは冷静に分析した上でデニスの案に賛成する。
「決まりだな。橋を渡ったところでこちらの馬車を向こうの馬車の前に止めてすぐには逃げられなくする。そして、乗っている奴を全員降ろして馬車ごと奪う。抵抗せずに馬車を差し出すなら命までは取らないが、剣を向けられればその限りではない」
デニスがその場で作戦を決める。
「お前は元々冒険者だったな。お前が先陣を切れ」
反対意見が無いことを一応確認したデニスは、ケビンのテストも変更することを伝える。
「わかりました」
馬車を襲うことを決めたケビン達は橋を渡り、対岸に止まっていた馬車の前に予定通り馬車を止めて妨害する。
「行け」
デニスの合図で顔を隠したケビンを先頭に馬車からぞろぞろと男達が出て、目標の馬車を囲むように位置取りを始める。
「ちょうど出会えるなんて私達は運がいいわね」
タルタロスを壊滅させる為にアジトを目指していたフォーナイトのリーダーのリディアは、馬車の窓から外を見て、討伐対象である賊の方からのこのことやって来たことに笑みを浮かべる。
「リディア……」
馬車の中にリディアがいることを見てしまったケビンは相手が悪すぎることに気付き、後退りしながらデニスの元に戻ろうとする。
「おい!何してる?逃げるつもりか?」
リディアのことを知らないテットは、陣形を乱すケビンを非難する。
「相手が悪すぎる。今すぐ逃げたほうがいい」
ケビンはテットに撤退を勧めながらも、リディアに賊だと認識された時点で詰んでいると頭では理解する。
リディアだけでも勝てるビジョンが浮かばないが、リディアがいるということは他のメンバーもいる可能性が高い。
「何ふざけたこと言ってやがる。それとも裏切るつもりか?」
テットがケビンの言うことを聞くことはない。
「相手が悪いと言ってるだろ!死にたいなら勝手にしてくれ。俺は逃げる!」
ケビンは役割を放り出して橋の方へと走り出す。
「チッ。ゴミがっ」
役目を果たさず逃げるケビンに向かって、テットはナイフを投げる。どんな事情があろうと一人だけ逃げる行為は仲間に対する裏切りだ。出会ったばかりのケビンに対してテットが躊躇することもない。
対岸を目指して走っていたケビンの右足にテットの投げたナイフが刺さり、ケビンは転倒する。
「あら、仲間割れですか?」
馬車から降りたリディアは賊同士で争っているのを見て呑気な声を出す。
「てめぇ何者だ?」
賊に囲まれても怯えもしない少女を不気味に思いながらも、デニスは強気な姿勢を崩さない。
「これから死ぬ相手に名乗る名はありませんわね。私のことは後にして続きをどうぞ。それまで待ってあげます」
リディアはデニスの問いを拒否して、仲間割れの続きが終わるまで傍観することにする。
「ふざけやがって!おいテット!早くそいつを放り捨ててこっちに戻ってこい。このふざけた女に地獄を見せてやる」
デニスがイラつきながらテットに戻るように言う。ここまで物怖じしない時点で強がりだという可能性は消しており、油断もない。
「やめろ、待ってくれ。俺が悪かった」
足を押さえながら許しを乞うケビンは、テットによって橋の下に放り捨てられる。
「はぁ……もういいのかしら?他にも仲間割れがしたい人がいるなら待ちますよ」
リディアは顔を隠した男が川に落とされたのを見てため息をつき、まだ待ったほうがいいのか挑発目的で尋ねる。
「リディア、遊んでるとまた野宿になるよ」
アルスも馬車から降りて油断しているリディアに忠告する。
「そうね。ぱっぱと終わらせましょうか」
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