第30話 最終話
レイチェルはケビンと街の外で別れた後、運良くまだ帰宅していない医者を見つけ、診察してもらえることになった。
「夜分にすみません。ありがとうございます」
レイチェルは医者にお礼を言う。
「急患なら仕方ない。早速診させてもらうからこっちに寝かせてくれ」
医者に言われてレイチェルは診察台に母親を寝かせる。
「これは毒に侵されていますね。体調を崩す前にこの方は何か言っていませんでしたか?」
フローラの容態をみた医者は毒に侵されていることを見抜き、何の毒か特定する為にレイチェルから情報を得ようとする。
「……そういえば、畑仕事をしている時に虫に刺されて痛かったと」
「どこを刺されたか言っていましたか?」
「確か右足のふとももの裏をその時に触っていた気が……」
医者はフローラをひっくり返してふとももの裏を注視する。
「あった。これは……」
「お母さんは助かりますか?」
険しい顔をする医者にレイチェルは覚悟を決めて聞く。
「虫ではなく一寸蛇に噛まれています。即効性は低いですが猛毒です。私の解毒魔法では一寸蛇程の毒を解毒することは出来ません。毒が回るのを遅らせるので精一杯です。魔法薬ならありますが、通常の物では効果が見込めない。エクスポーションで効果を高める必要がある」
医者は一寸蛇に噛まれている事と毒性が高い事をレイチェルに説明する。
「ま、魔法薬……それにエクスポーションなんて……」
レイチェルの手持ちでは魔法薬だけでも足りず、エクスポーションなんて手の届かない代物だ。
「助けてやりたいと思うが、こちらも慈善事業ではない。お金がないなら毒の回りを抑えるだけで我慢してくれ」
レイチェルの様子から金が足りていないことを察した医者は厳しい言葉を投げかける。
「……いくら必要ですか?」
高いことはわかっているが、母親の命を諦めたくないレイチェルは医者に薬代を尋ねる。
「魔法薬が大銀貨五枚、エクスポーションが金貨三枚。安くは出来ないが、金貨二枚持ってきてくれれば残りは待ってもいい」
「……わかりました」
「毒の回りを阻害する魔法は掛けておいた。だが、このままでは三日後には命を落としてもおかしくない。必要なら隣の部屋のベッドを使っていい」
可能な限りの治療をした後、医者は余命の宣告をする。
「……ありがとうございます」
母親をベッドに移したレイチェルは、治療院を出て彷徨う。
目的地はないが、目的はある。村から出てきて一日二日で金貨二枚なんて稼ぐなんて無理があるが、方法がなくはない。
この体を売ってお金に変えるしかない。
レイチェルは自身を買ってくれそうな人がいそうな、不気味な空気がするような、そんな方へと歩いていく。
「こんな所で何をしている?」
ふらふらと歩いていたレイチェルは見回りをしていた衛兵に声を掛けられ、あまりに不審なことから詰所へと連れて行かれる。
詰所に連れていかれる道中、レイチェルは衛兵から事情を聞かれるが、体を売る行為が国の法で禁止されていることは知っている為、他に理由なんて思い付かず黙秘するしかなかった。
「さて、何があったのか話してもらえるかな」
詰所に入った後レイチェルを対面に座らせて、衛兵はレイチェルを心配するように語りかける。
衛兵がレイチェルを詰所に連れてきたのはこんな夜中に少女が一人でいたからだけではなく、レイチェルが今にも死にそうな目をしていたからでもある。
「お母さんが病気で……治すにはすぐに金貨二枚必要なんです。それで……どうしようかと歩いていただけです」
レイチェルは母親のことは話し、体を売ろうとしていたことはぼかして答える。
「お金はおじさんにもなんとも出来ないな。しかし、こんな遅くに出歩かせていい理由にはならない。家まで送ろう」
「さっき村から着いたばかりで帰るところはありません」
「それなら奥の仮眠室を使うといい。明日、隊長に君のことは相談するとしよう。何かいい案をくれるかもしれない」
「ありがとうございます」
衛兵に見つかっては体を売ることも出来ず、隊長さんに話をしてくれるという話に期待して、レイチェルは大人しく仮眠室で休ませてもらうことにする。
仮眠室に入ったところで、知っている顔が壁に貼ってあることにレイチェルは気付く。
「あの、この貼ってある人達は誰ですか?」
レイチェルは先程の衛兵に尋ねる。
「それは犯罪者の似顔絵だ。見かけた時に見逃さないようにそうやって貼ってある」
「……この人もですか?」
レイチェルは一枚の紙を指差して聞く。
「そいつはケビンという冒険者ギルドから懸賞金を掛けられている罪人だ。何か心当たりがあるのか?」
「い、いえ……」
「知っていることがあれば教えてほしい。ちなみにだが、そいつはある街の冒険者ギルド長を随分と怒らせたようでな、懸賞金は金貨四枚だ。何をしたのか私は知らないが、人を殺めていない者に掛けられる懸賞金としては破格だ」
「き、金貨四枚!」
「君が捕まえなくても、有力な情報であれば懸賞金の一部は支払われる。実際に捉えることが叶えば少なくとも半分は君のものとなる」
衛兵の言葉にレイチェルの心は揺れ動く。金貨二枚あればお母さんは助かるのだから。
「あの、私の知っている人が勘違いで、全然別人だったらどうなるんですか?」
「相手には不快な思いをさせることになるだろうが、君に罰が下ることはない。君のことだけに絞って答えるなら、間違いであったとしても協力してくれるのであれば、隊長に君のことを紹介する時の印象はよくなるだろう」
衛兵は迷うレイチェルから話を聞く為に耳障りの良い言葉を並べる。
「わかりました。私を街まで送ってくれたケルトさんがこの絵の人に似ています。ケルトさんは街に入れないと言って、西門から南側の木の近くで合流することになってます」
レイチェルは誘惑に負けてケビンの居場所を衛兵に話す。
「ご協力感謝します」
衛兵はレイチェルに礼を言い、既に帰宅している隊長を呼びに行く。
残されたレイチェルはケルトが手配されているケビンではないことを願いながらも、懸賞金で母親を助けたいとも思ってしまう。
数時間後、レイチェルはケビン捕縛に協力した懸賞金として金貨三枚と大銀貨五枚を受け取る。諸々の処理は後回しとなっており、情報提供にしては多額の懸賞金の割合もレイチェルの事情が考慮されている。
翌朝、レイチェルは医者にお金を支払い母親を解毒してもらった。
トローデ村に帰ってきたレイチェルは、意識を失っていて事情を知らない母親から説明を求められる。
主に多額の治療費と一緒に街に向かったはずのケルトがいないことについて。
「ケルトさんは懸賞金の掛けられた悪人だったの。本当の名前はケビンなんだって。お母さんの治療費は懸賞金で支払ったから借金をしてはいないよ」
レイチェルは心に刺さったトゲに苛まれながらも母親になんでもないことのように答える。
「……そう。レイチェルはそれがいいことだと思ったのね?レイチェルはケルトさんに何もされていないのに」
フローラはレイチェルに問いかける。
「だって、そうしないとお母さんが助からなかったんだよ。仕方なかったの!」
レイチェルは答えた後、頬を涙で濡らす。
「……ありがとう。ケルトさんが私の命を助けてくれたのだと感謝して生きていきましょう。一人で抱え込まずに私にも一緒に背負わせて」
フローラはレイチェルをぎゅっと抱きしめた。
一方、結果としてレイチェルに売られたケビンは、詰所の牢で信頼していたレイチェルに裏切られたことを悲しんでいた。
しかし、そんなケビンの心情なんて関係なく、ケビンはサザンカの街に護送され、グランツの判断により犯罪奴隷として国に売られることになった。
ケビンにつけられた値はたったの金貨五枚。セブンスドレイクの借金には全然足りず、冒険者ギルドは残りを他の者から回収することとなる。ケビンの親族には返済する義務があるが、残ったメンバーであるガレイドとセイラに返済義務はなく、返済するかは当人の意思次第になる。
国に犯罪奴隷として売られたケビンは鉄鉱山に送られることになり、その刑期は二十年と決して短いものではなかった。
通常の奴隷とは異なり犯罪奴隷として売られている為、例えケビンの両親がお金を用意し借金の返済が終わったとしても、刑期が終わるまで解放されることはない。
「誰が休んでいいと言った!?手を動かせ!」
鉄鉱山に送られたケビンは、ストレス発散目的で奴隷の監視を行う役人から鞭で叩かれながら作業を行う。
犯罪奴隷に人権なんてものは実際にはなく、ここにいるのは鉱山を掘る為のただの道具に過ぎない。
食事の時間には売り物にならないようなパサパサのパンと味のしないスープ、そこらに生えていそうな雑草と変わらないような野菜くずが並び、睡眠時間はたったの四時間。自由時間なんてものは当然なく、決められた場所以外での休憩は認められておらず、本来休んでいいはずの休憩時も働かせられることも珍しいことではない。
ケビンは痩せ細りながらも、他の刑期の定めがなく死ぬまで働かされ続ける周りの者よりはマシだと自分に言い聞かせて、体を動かし続ける。
そんな地獄のような日々を続け、運良く事故に巻き込まれなかったケビンは二十年という刑期を終え、解放される日を迎える。
「二十年経った。解放してほしい」
ケビンは役人に自身の刑期を終えたことを伝え、隷属の首輪を外すことを求める。
「1135番、これだな」
役人はケビンの契約書を取り出し、内容を確認する。
「間違いなく二十年経った」
この日を待ち侘びたケビンが日にちを間違えるわけがない。
「……1135番、貴様は知っているか?」
「何をですか?」
「今世間では魔族との争いが激化している。相手は魔族だけに留まらず、革命軍の相手も王国はしなければならない」
役人はケビンに鉱山の外の話を始める。
「気を付けることにする」
ケビンは役人が戦争に巻き込まれないように気をつけろと注意してくれたと捉えて答える。
「まあ待て、話は最後まで聞け。争いによって鉄が不足していて、上から採掘量を増やすように言われている。しかし、新入りが入ってこなくてな。しかも最近一人くたばったばかりだ」
「何が言いたいのですか?」
「いやなに、独り言だ。それで刑期が終わったのだったな。しかし、貴様は勘違いしているようだ。ここをよく見ろ。貴様の刑期は後十年ある」
役人はケビンに契約書を見せながら契約書にペンを走らせ、数字の二を三に書き変える。
「何するんだ!」
明らかな不正行為をされて刑期を延ばされたケビンは怒りを露わにする。
「貴様の勘違いだっただけだろ?ちゃんと契約書の刑期は三十年となっている。早く持ち場に戻れ。それとも首を締められて死にたいのか?」
役人は首輪の力で脅して、ケビンを持ち場に戻らせる。
ケビンの正規の刑期が過ぎてから三年、鉄鉱山を管理していた役人の悪事がバレ、役人自らも犯罪奴隷として鉄を掘り続けることになる。
それに伴い、刑期が不当に延ばされていた者達が一斉に解放されることになった。
その中には当然ケビンも含まれている。
本当に解放される日、ケビンは隷属の首輪を外す為に新しく就任した役人と個室に入る。
「1135番、お前は解放となりその首輪は外すことになる。代わりにこの腕輪を付けることになるがいいな?」
役人は居場所を知らせるだけの腕輪をケビンに見せる。これは解放後に犯罪を繰り返すことを防止する役目を担っている。
「大丈夫です」
「首輪を外す前に最終確認を行う。お前の罪状は借金の返済をしなかったことによる逃亡罪と冒険者ギルドへの器物破損罪、他に罪は犯していないということで間違いないな」
今までの役人とは異なり真面目に職務を果たす新役人は、ケビンを解放する前に罪状の確認を行う。
「それで間違いない……ゔぅぅ」
罪を認めて答えたケビンの首が締まる。
「どうした?まさか、犯罪奴隷となったことさえ操作されていたのか?」
役人はケビンの首が締まったことから、刑期が伸びたことだけでなく、ケビンが無罪だったのだと誤解して確認する。
「ギルドの窓を壊して借金の返済から逃げたことに間違いない」
ケビンは答える。もちろん首輪が締まることはない。
「魔導具の誤作動か…………いや、お前、罪状に上がっていない悪事も働いていたのではないか?」
隷属の首輪の誤作動を疑った役人だが、違う可能性に気付きケビンに確認する。
「していない……ゔぅぅ」
否定したケビンの首が再度締め付けられる。
「やはりそうか。何をしたのか話してもらおうか。話すまでその首輪を外すことはない」
仕事熱心な役人がケビンをそのまま解放することはなく、ケビンは渋々盗賊に堕ちていたことを話す。
ただし、盗賊になってはいたがまだ悪事はしていないとも話し、許しを求める。
実際、ケビンは盗賊のアジトで飯を食い、襲うことになった馬車にリディアが乗っていることに気付き、逃げただけだ。
「盗賊は漏れなく処刑と決まっている」
真面目な役人がケビンを見逃すことはなく、やっと犯罪奴隷から解放されることになった翌日、ケビンは処刑された。
あとがき
最後までご愛読ありがとうございます。
物語のメインはアルスを抜いたセブンスドレイクのメンバーであり、アルスではないので、アルスやリディア達のこれからについては各々の想像に任せることにします。
今作は、なんだかんだでざまぁ作品って、本編よりもざまぁされる閑話みたいな話の方が面白くない?というちょっとした疑問から書き始めました。
これまでは一人称で書いていましたが、一人称で書くとキャラに感情移入しやすいということもあり、三人称で書いてみました。文法が合っているのか自信はありません。多分所々間違っている気がします。
私はざまぁ作品を読む時、ざまぁがそのキャラが犯した罪に対して釣り合っていないと思う時が多々あり、バランスに気を付けてみました。
アルスを追放しただけのガレイドとセイラには一度痛い目を見てもらい反省する機会を、根っからのクズであるケビンとメルキオにはどこまでも落ちてもらい、同じ追放した側でも差をつけてみましたが、もしかしたらガレイドとセイラに関しては消化不良と感じる方がいるかもしれません。
この辺りも気を付けていたざまぁのバランスではありますが、ご感想頂ければ、今後ざまぁ系の話を書くことがあった時に参考にさせてもらいます。
今作はこれにて完結となりますが、他にも作品を書いていますので、そちらも含め今後とも応援よろしくお願いします!
魔法の威力が低いと追い出しましたが、パーティの要はそいつでした こたろう文庫 @kotarobunko719
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