第22話 手配

 ケビンは階段を登り、ラフランと入れ替わりにギルド長室へと入る。


「ケビンだな。座れ」

 ギルド長のグランツは自身の机の椅子に座ったまま、ケビンに来客用のソファに座るように言う。


「時間を取らせてすまない」

 ケビンは一言謝ってからソファに座る。


「話はラフランから聞いている。まずはこちらの質問に答えてもらえるか?」


「ああ、わかった」


「パーティの負債はリーダーが背負うというのは知っているか?」


「知っている」

 ケビンはグランツがムラサキガエルの依頼とは関係ない話を始めたことに不信感を覚えるが、負債を抱えたパーティからリーダーを交代して抜けたことは他の街のギルドにも筒抜けになっているのだろうと思い、非難されるのは覚悟の上で答える。ガレイドに負債を肩代わりさせたのだから、非難されるのは初めから分かっていたことだ。


「そうか。パーティメンバーに負債を押し付ける為に嘘をついてパーティを抜けた。間違いないな?」

 グランツがケビンに事実確認をする。


「ああ、そうだ」

 ケビンはガレイドに負債を押し付けたことを認める。


「負債はお前がリーダーだった時に契約したものだ。その後にリーダーが変わったところでお前が返すことに変わりはない。ムラサキガエルの買取は実際金貨一枚程度だったが、ギルドへの返済として一時的に預かってお前はここに呼ばれた。王都のギルドからお前を見つけたら拘束して連れてくるように命令が出されている。大人しく同行すればギルドの下働きとして返済することになるかもしれないが、拒否するなら今すぐにお前を金に変える。机の上に腕輪と首輪があるだろ。どっちを付けるか決めろ」

 グランツは手元の紙にケビンがガレイドを騙すつもりだったことを認めたと書いた後、ケビンに監視用の腕輪と隷属の首輪のどちらかを付けるように選択させる。


「ふざけるな!リーダーはガレイドだ。俺が払う必要なんてない」

 ケビンは腕輪も首輪も付けずに立ち上がり、怒りを露わにしながら部屋から出ようとする。

 しかし、ドアには外から鍵が掛けられていて出られなかった。


「お前に支払い責任があると言ったはずだ。逃げるつもりなら無理矢理にでも拘束して犯罪奴隷として売り飛ばすぞ。そうなれば鉱山に行かされるか、戦地に盾として行かされるか、まあ、楽に死ぬことも出来なくなるだろうな。ほら、さっさと決めろ」

 グランツは呆れつつケビンに現実を突きつける。すぐに奴隷として売り飛ばさないのはグランツの優しさではなく、これだけ素行の悪い冒険者に金貨二十五枚もの価値がないからだ。国の法により奴隷商を介さずに隷属させて働かせることは禁止されているので、グランツは長期間掛かってでも負債の全てを回収出来る可能性があるギルドの雑用係にするつもりだ。

 ただ、腕輪を付けさせても逃げた時に居場所が判明するだけなので、そもそも逃げないように心を折っておく必要がある。その為にケビンが絶望するように言葉を選んで追い詰める。


 その結果、ケビンは窓にダイブして部屋から逃げ出した。ギルド長の部屋は建物の二階にある。グランツはまさか飛び降りるとは思っていなかった。元高ランク冒険者である自分がケビンに負けることは考えられず、逃げられることはないと油断していた。


 グランツがガラスの無くなった窓から外を見ると、ケビンがヨロヨロと立ち上がり逃げていくところだった。


「くそっ!」

 グランツは壁を叩きながら怒りをあらわにする。これはギルドの失態だ。大声で捕まえるように叫べば噂はすぐに広まるだろう。グランツは走り去るケビンを見逃すことしか出来なかった。


 心を落ち着かせて冷静になってから、グランツはケビンを犯罪者として手配することにする。返済義務から逃げるということは、ギルドからお金を盗むのと変わらず、仮に返済出来るだけのお金を用意出来たとしても捕まれば犯罪奴隷となる。

 ケビンを拘束することは王都のギルドからの要請であり、グランツ自身は被害を被っていなかったのでケビンを犯罪者にするつもりはなかったが、自身の顔に泥を塗られた以上、与えられる最大の罰を与えるつもりだ。



「ガレイド。ちょっと来い」

 王都の冒険者ギルドで備品の鎧を磨いていたガレイドはギルド長に呼ばれて手を止める。


「はい」

 ギルド長の顔からいい話ではないのはわかっているが、ガレイドは行くしかない。


「まあ座れ」

 ガレイドはギルド長室に連れてこられ、ギルド長に言われたまま座る。


「頑張っているようだな。悪い報せと、良い話がある。まずは悪い話だ」


「はい」

 数日で牙を抜かれた獣のようになったガレイドは返事をして聞く体制に入る。良い話があると言われても期待することはない。


「ケビンが見つかったが、逃走した。これによりケビンは罪人として追手がかかることになった。よってケビンは見つかり次第犯罪奴隷として売られることになる。ケビンの買取額は金貨三枚くらいだろう。従って、ギルドとして少なくとも残りの金貨二十二枚は別の所から回収しないといけない」


「……わかった」

 ガレイドは自分が払うものとして小さく返事をする。かつてのプライドは既にズタズタに壊されており、反論する気力は残されていない。


「確認してもらったが、やはりケビンはお前に負債を押し付ける為にパーティを抜けたそうだ」


「……我が愚かだったということだ」

 間違いであって欲しかった事実を聞き、ガレイドは自身を責める。


「そう嘆くな。ここからは良い話だ。まず、ケビンが罪人となったことで、ケビンの親族からも金を回収出来ることになる。いくら持っているか知らないが、お前が全て背負わなくてもよくなる。持っていなかったとしても頭数が増えるから返済の終わりは近付くだろう」


「わかった」


「それから、セイラが見つかった。メルキオに騙されて賊に奴隷として売られていた」

 ギルド長はガレイドがギルドの言うまま働く姿を見て、少し前に得ていたセイラの情報も伝えることにする。ガレイドは根が真面目なので、馬鹿にされながらであっても与えられた仕事に対して手を抜くことはなかった。


「無事なのか!?」

 死んだ目をしていたガレイドが声を上げる。


「今は療養しているが、落ち着き次第冒険者に戻ることになっている。セイラの兄が負債の四分の一である金貨六枚を立て替えて支払った為、ギルドはセイラをお前のように拘束はしないことにした。何か不満はあるか?」

 セイラの親は子供を魔法学院に入れられるほどの金持ちの商人だ。セイラの兄が跡を継ぐことが決まっていたので、一人でも不自由なく生活が出来るようにセイラを魔法学院に通わせた後、冒険者になると言った娘を止めずに送り出した。

 商人にとって信用は命の次に大事なものだ。セイラの兄は迷わず必要最低限の金を支払い、自身の商店にまで飛び火しないようにした。


「無事ならそれでいい」

 ガレイドは答える。ケビンとメルキオがいない以上四分の一というのは足りていないわけだが、金に執着していないガレイドにとってはかつての仲間の方が大事だった。


「悪くない答えだ。だが何故アルスにも今と同じようにしてやることは出来なかったんだ?お前らがアルスの報酬を抜いていたこともセイラから聴き取りをしてわかっている」


「なんの話だ?」

 心当たりのない話にガレイドは問い返すしかない。


「アルスに分配されるはずの報酬は減らされていた。アルスは正当な対価を受け取っていなかったという話だ。お前が知らなかったなら、ケビンとメルキオの懐に入っていたんだろう。同じギルドにいるんだ。何度かアルスは見かけただろ?話はしたか?」


「会わせる顔がない」

 ガレイドはアルスを避けるようにギルドの仕事をこなしていた。


「その様子だとアルスのおかげで今までやってこれていたことは理解したみたいだな」


「理解した。我は自分の実力さえ勘違いしてアルスのことを役立たずだと見下していた愚か者だ」


「そう自分を卑下するな。それがわかったならまだお前はやり直せる。負債分を地道に雑用をやらせて回収するつもりでいたが、考えが変わった。後日、大規模な闇組織の掃討作戦が開始される。冒険者と騎士が共同で行う作戦だ。お前にはフォーナイトとフラワークラウンのニパーティからなる合同チームに参加してもらう。セイラも参加させる予定だ。リーダーはフォーナイトのリーダーであるリディア。この作戦の結果次第ではその腕輪は外してやる。負債を無くすわけではないから勘違いするなよ。お前を信用するという話だ。冒険者に戻っても、他の方法でも、金を返してくれればギルドは関与しない」

 ギルド長はガレイドにチャンスを与える。


「考える時間が欲しい。悪い話じゃないのはわかっている。死地に赴くのが怖いわけではない。ただ、フォーナイトのパーティにはアルスがいる。我はアルスに合わせる顔がない。他のチームにはならないか?」

 ガレイドはギルド長に懇願する。プライドが邪魔しているわけではなく、アルスに会ってしまったら罪悪感に潰される気がしているからだ。


「自分の罪から逃げるな。この話はアルスにはしてある。作戦に参加するならアルスのいるリディアのチームだ。これはお前を試すテストでもある」


「……わかった。アルスと話をしてくる。答えはその後にさせてくれ」

 ガレイドは部屋を出てアルスのもとに向かった。

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