第23話 罪人

 冒険者ギルドの窓を割って飛び降りたケビンは、全身を強打しながらも運良く動けない程の怪我は負わずに逃げ出すことに成功する。


「くそっ!!」

 とりあえずギルドから離れて細い路地の影に隠れたケビンは、隠れていることを忘れているかのように声を上げ、近くにあったゴミ箱を蹴り飛ばす。


「おいてめぇ!何してやがる!」

 物音を聞いて勝手口から出てきたローグがゴミが散乱しているのを見てケビンに怒る。


「あ゛?」

 ケビンは悪びれることもせず、相手を睨む。


「ぐふぅ」

 ローグは謝る気もないケビンに近づき、腹を突き上げるように殴る。


「おえっっ」

 殴られたケビンは口から汚物を吐き出しながら倒れ、殴られた腹を押さえる。


「おい!衛兵を呼ばれたくないなら片付けろ。今すぐにだ」

 ローグはケビンが持っていた剣を取り上げ、見下ろしながら命令する。


 以前のような強さはなくなり、剣も取り上げられ、先程ギルドから飛び降りたことで全身を痛めているケビンは、冒険者でもない男にも太刀打ち出来ず、衛兵に呼ばれるとゴミ箱を蹴り飛ばしたこと以外にも困ることがあるので、大人しく従い散乱させたゴミをゴミ箱に戻していく。


「これでいいだろ。剣を返してくれ」

 ゴミを片付けたケビンはローグに剣を返すように要求する。ローグに斬りかかるつもりはなく、あまりに惨めなこの状況から一刻も早く逃げ出したい一心だ。


「いいわけないだろ。その汚物も綺麗にしろ」

 ローグは先程ケビンが吐き出したものも掃除するように言う。


「わかったよ。布巾を貸してくれ」

 清掃道具なんて持っていないケビンは怒りを抑えながら頼む。


「なんで俺がお前のゲロを片付ける為に布巾を一枚ダメにしないといけない。今来ている服を脱げばいいだろうが。嫌ならこの剣と布巾を交換してやる」

 ローグはニヤけながらケビンに告げる。


「くそっ!」

 ケビンは怒りを露わにしながらも服を一枚脱いで汚物を拭き取り、そのままゴミ箱に投げ入れる。


「これに懲りたらもうやるなよ。次は容赦しないからな」

 ローグは遠くに剣を投げ捨て、忠告してから家の中に戻る。


 肌着になったケビンは剣を拾い、借りている宿屋へ向かう。

 ギルドから逃げだした以上この街に居続けることはリスクが高いので、借りている部屋をキャンセルする予定でいる。前払いで支払っている残り二日分の銀貨一枚も返してもらえるように交渉しないといけない。


 宿屋が見えるところまで歩いてきたケビンは、宿屋に衛兵が入っていくのを見る。


「あの野郎。俺を容赦なく売りやがった」

 ケビンはグランツが自身のことを罪人として衛兵に売ったと理解する。

 情報が出回り手配書が貼り出されれば、捕まるのも時間の問題だ。潜伏している可能性が高いこの街には手配書が貼り出されるだろうが、他の街まで大々的に捜索されるほどの悪事は働いていないとケビンは判断して、今すぐにこの街から出る為に乗り合い馬車のチケット売り場に向かう。宿に置いてある荷物と隠していた金は諦めるしかない。


「レーテルまで」

 チケット売り場でケビンは、今日レーテル行きの馬車が出るのを確認してチケットを購入する。行き先をレーテルに決めたのは、ケビンの生まれ育った街で両親が住んでいるからだ。


「銀貨三枚になります」

 ケビンは最後となった銀貨を支払いチケットを受け取る。これで残りは銅貨が八枚と銭貨が二枚だけになってしまった。ムラサキガエルの討伐に使い過ぎたのに報酬を受け取れなかったことと、何かあった時のために宿屋の部屋に隠していたのが痛い。こんなことならガレイドと別れた時点で冒険者は諦めればよかったと後悔する。


「大丈夫そうだな」

 急いで乗り合い馬車の待合場所まで行くと、そこには衛兵の姿はなかった。街から逃げないようにされていないか心配していたケビンだが、そこまではされていなかったことに安心してベンチに座る。


 ケビンが座ったベンチに座っていたグループが立ち上がり、ベンチから少し離れて内緒話を始める。


「どこ行きの馬車に乗るんだ?」

 少ししてグループの内の一人がケビンに近づいて話しかける。


「どうして聞くんだ?」

 行き先の情報を出来るだけ残したくないケビンはすぐには答えずに理由を尋ねる。


「俺達は王都に行くんだ。あんたも同じか気になってな」


「俺は王都には行かない」

 不審に思いながらもケビンは答える。


「そうか。邪魔したな」

 男は仲間の元へと戻り、ケビンとは離れたベンチに座る。



「王都行きの馬車に乗る人はいるか?」

 しばらく待っていると馬車が一台止まり、職員がやってきてどこ行きかを伝え、先程の男達が馬車に乗り込んでいく。


「兄ちゃんちょっといいか」

 職員が王都行きの馬車に乗る人がいないか見て回った後ケビンの前に立って話しかける。


「なんだ?」

 ケビンは少し挙動不審ななりながらも平静を装い、身分証の提示などを求められるならいつでも逃げれるように腰を少し浮かす。


「悪いがそのままでは馬車に乗せることは出来ない」


「なんでだ?チケットならちゃんと買った」

 ケビンはレーテル行きのチケットを見せる。


「言いにくいが、あんた臭すぎる。馬車に乗るなら体をよく洗って着替えてきてくれ。そのままでは他のお客様に迷惑だ。レーテル行きならまだ多少だが時間はある。この辺りの人じゃなさそうだが、退出後でも宿屋の店主に頼めば洗い場くらい貸してくれるだろう」

 職員は今まで周りが気を遣って言わなかったことを伝える。


「昨日宿屋の店主とは喧嘩をして戻ることは出来ない。このとおりだから乗せてくれ」

 宿屋に戻ることの出来ないケビンは職員に嘘を吐いて頼む。


「無理だ。その臭いをなんとかしない限りは乗車させられない」


「くそ!わかったよ。なら金を返してくれ」

 ケビンは諦めて返金を要求する。


「馬車が出せなくなった等、こちらの都合によるもの以外に返金は出来ない。チケット売り場に書いてあったはずだ」

 職員は要求を拒否する。


「そっちの都合で俺を乗せないって言っているんだろうが」

 ケビンは反論する。


「清潔な状態で乗るのは最低限のマナーだ。俺がおかしな事を言っていると言うなら詰所に行こうか。衛兵がお前の言い分を正しいと言うなら返金してやる」

 対応を始めから面倒だと思っている職員は詰所に行く事を提案する。長年の経験から素直に言う事を聞かない奴は何か後ろめたいことがあるとわかっているからだ。実際詰所に行くことになっても臭すぎることには変わりないので、衛兵が相手側に付くとは思っていない。


「においをなんとかすれば乗せるんだな?」

 詰所に行きたくなく、金を無駄にしたくないケビンは職員に確認する。後からうだうだ言われない為に。


「それはもちろんだ。マナーさえ守ってもらえればお客様だ」



 ケビンは服屋に入店を拒否されながらも、なんとか店外から交渉してぶかぶかの服を購入し、民家を周り頭を下げ、嫌そうな顔をされながらも水を貸してもらい体を流す。


 買った服に着替えて待合場所に戻るが既にレーテル行きの馬車はちょうど出発したところだった。

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