第24話 縁切り

「どうして俺が乗るのをわかっていて出発した!?」

 ケビンは待合場所にいた先程の職員の胸ぐらを掴む。


「定刻に間に合わなかったあんたの落ち度だ。他の客を待たせられるわけがないだろう。離せ。今なら暴行されたと訴えないでやる」

 職員は冷静に答える。


「次の馬車はいつ出るんだ?」

 ケビンは手を離し、次の便を聞く。


「三日後の同じ時間だ」


「わかった」


「わかってると思うが、今持っているチケットは今日の便のチケットだ。三日後に乗るならチケットは買い直してくれ。それとまだ臭う。間に合っていたとしても乗せられない程にだ。頼むからちゃんと洗ってにおいをとってくれ」

 職員はケビンの態度に呆れながらもちゃんと職務は果たして建物の中に戻る。


 残されたケビンは残金を確認する。当然増えているわけはなく、残りは銭貨が二枚だけ。安い服を選んでもらったが、上下と肌着で銅貨八枚掛かり、残りの金では一食でも厳しい。チケット代には道中の食事代も含まれており、レーテルに到着後は実家で飯を食えると思っていたケビンは、残金のほぼ全てを服に使っていた。


 チケットを買い直す金なんてないケビンは武器屋に剣を売ることにする。長年使用した愛剣ではあるが空腹を満たす為には仕方ない。銀貨三枚で買い取ってもらえたが、馬車のチケットを買ってしまうと食事代がなくなり、においをなんとかする為に体を洗うことも難しい。三日間衛兵から逃げ続けるのも体力的にも精神的にもキツい。

 ケビンは仕方なく保存食と必要最低限の水を買い込みバッグに詰めて、歩いてレーテルに向かうことにする。


 途中魔物に襲われ怪我を負い、野生の熊に出会い食料の入ったバッグを囮に逃げ、ボロボロになりながらもなんとかケビンはレーテルに到着し、満足に寝ることも出来ずふらふらになりながらもかつて暮らした家まで足を動かす。


「帰ったぜ。急で悪いが休ませてくれ」

 ケビンは倒れるように家の中に入る。


「……よく帰ってきたな」

 ケビンの父親であるゲイルが息子に声を掛ける。

 ケビンは一瞬殺気のようなものを向けられた気がしたが、ゲイルの顔を見て気のせいだったと思い直す。


「ケビン。お帰りなさい。大分疲れているみたいね。ご飯を用意するから体を流してきなさい」

 ケビンの母親であるカミラがケビンに優しい言葉を掛ける。しかし、カミラの顔は久々の息子との再会を喜ぶものではなく、なんだか寂しげにケビンには見えた。



「やっぱり息子を衛兵に突き出すなんてやめましょう」

 ケビンが外にある洗い場に行ったのを確認してから、カミラがゲイルに心情を訴える。


「あんな馬鹿野郎は俺の息子じゃねぇ。それに、あいつを匿えば俺達も罪人だ。ケビンが帰ってきたら連絡するように言われているだろ!ここに来た衛兵は少しずつでも金を返していけば今の生活を続けられると言ってくれた。この家と土地を取り上げることも出来たのにだ。その気持ちを踏みにじるつもりか?あんな馬鹿なことは忘れろ。俺達の息子はカールだけだ。それにそんな事をすればカールにまで迷惑がかかる」

 ゲイルはカミラにケビンのことは忘れるように言う。元々弟のカールしかいなかったのだと。


「わかったわ」


「俺は詰所に行ってくるから、お前は美味いものでも作ってやれ。これが最後だ」


 ケビンは手ぬぐいを忘れたことに気付き家の中に戻り、両親の話し声を聞いてしまった。


「今まで世話になった」

 帰る場所はもうなかったことを思い知らされたケビンは、小さな声で礼を言って隠れながら家を出る。


 金もなく、食うものもなく、家族まで失ったケビンは意味もなく歩きながら途方に暮れる。


「お前いい顔しているな。悲壮感に満ちている。生きていることに絶望でもしたか?」

 ふらふらと歩いていたケビンに買い出しに来ていたドグルが声を掛ける。


「誰だてめぇ。喧嘩売ってるのか?」

 一回りも体の大きいドグルにケビンは啖呵をきる。


「俺はドグルだ。まだ目は死んでいなかったようだな。行くところがないなら俺の部下になるか?まともな仕事じゃねえが、食うものと寝場所は用意してやる」

 ドグルはケビンを賊の仲間に誘う。


「……何をすればいい?」


「金をもっているやつから奪う。単純な仕事だろ?頭数として誘っているが、役に立てば幹部にしてやってもいい」


「わかった。仲間に入れてくれ。俺はケビンだ」

 既にお尋ね者となっているケビンはドグルの仲間になることに決める。


「いい返事だ。買い出しが終わり次第アジトに戻る。付いてこい」


 ケビンは買い出しの荷物持ちをした後、馬車に乗ってスレーデンの森にある洞窟に入る。


「ケビン……」

 虚な目をしたメルキオがケビンを見つけて名前を呼ぶ。


「なんだ?こいつの知り合いか?」

 ドグルがケビンに問う。


「ああ。なんでメルキオに隷属の首輪がつけられているんだ?」

 ケビンはメルキオが賊の一員になっていたことよりも付けられた首輪に目が行き確認する。騙されたのではないかと内心思いながら。


「こいつは仲間を違法奴隷として売り飛ばしたクソ野郎だ。殺すように言われていたが、魔法が使えるから隷属した。お前らどういった関係だ?」

 ドグルがケビンに聞く。


「少し前まで冒険者パーティを組んでいた。買った奴隷が死ぬことになって負債を抱えることになったが、そいつは負債を俺に押し付けて姿を眩ましたんだ。そのせいで俺はギルドから追われることになった」

 ケビンは自分がガレイドに負債を押し付けようとしたことは棚に上げてメルキオを罵倒して自分を正当化する。


「苦労したんだな。そいつは俺達に逆らえない。恨みがあるなら好きなだけ殴れ。ただし殺しはするなよ」


 ケビンはメルキオの顔に拳を叩き込む。メルキオに対して怒りがあったことに加え、ドグルが殴れという顔をしているからだ。

 メルキオは倒れ、気を失う。


「いいパンチだ。よく見ろ、これが仲間を裏切ったやつの末路だ。お前を俺様の盗賊団『タルタロス』に歓迎する。間違っても仲間を裏切るようなことはするなよ」

 ドグルはケビンの肩に腕を回し、耳元で忠告する。


「あんたがいなければ俺は路頭に迷っていた。恩人を裏切るようなことはしない」


「その言葉覚えておく。それから俺のことはボスと呼べ」


「わかった」


「おい!デニスはいるか?」

 ドグルが大声で人を呼ぶ。


「ボス、なんでしょうか?」

 ドグルに呼ばれてデニスが横穴からすぐに出て来る。


「こいつをお前の隊に入れる。面倒を見てやれ。不審な動きがあれば殺して構わない。必要なら首輪を嵌めろ」

 ドグルがデニスにケビンを任せる。


「任されました。お前名前は?」


「ケビンだ」


「俺はデニスだ。俺の言葉はボスの言葉だとして絶対に従え。言葉で言うのは今回だけだ。裏切りはもちろん、逃げ出そうとしてもこいつのような扱いになるから覚悟しておけ」

 デニスは気を失っているメルキオの頭を踏みつけながらケビンに忠告する。


「わかった。デニスに従う」


「ここに入ったからには言葉遣いには気を付けろ。お前はこいつらを除けば一番立場は下だ。俺のことはデニスさん、又は兄貴と呼べ。他の奴らにもだ」


「わかりました。デニスさん」


「よし。そこの横穴が俺達に分け与えられた空間だ。そこにいる奴らは俺の隊の仲間であり駒だ。間違えて後ろから刺されないように顔合わせしておけ」

 デニスは先程出て来た横穴を指差してケビンに説明する。


「わかりました」


 ケビンがデニスから言われた通り、一人一人に自己紹介をしていると飯が出される。ご馳走ではないが悪くない飯だ。


「新しい仲間が増えたところで仕事の話だ」

 ケビンが飯を黙々と頬張っていると、デニスが岩の上に登り話を始める。


「以前から計画していた通り、ルクーリアに住む者から金を頂く。わざわざ争う必要はない。極力目立たず家屋に侵入し、ガキを人質に金を要求する。抵抗される場合は躊躇なく殺せ。何かあるものはいるか?」


「子供はどうするのですか?」

 ケビンが口を開く。


「街の連中次第だ。俺達もそこまで悪じゃねえ。金品と食料を差し出せば子供は返してやる。差し出さなければ親もろとも死ぬだけだ。テット」


「はい」

 デニスに名前を呼ばれてテットが立ち上がる。


「ケビンに計画について教えておけ」


「わかりました」

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