第13話 隷属

 カロラン渓谷から王都に戻ってきたメルキオは、大きな布袋を担いで薄暗い路地を進んでいく。


「おい、兄さん。ここがどこだかわかって歩いているのか?」

 歩いているメルキオの前に男が四人現れて道を塞ぐ。


「トンプソンの旦那に買い取ってもらいたいものがあるんです。正規に売ることは出来ないものですので」

 メルキオは担いでいる布袋を指差しながら答える。


「中をみせてもらおうか」


ドサッ!

「どうぞ、確認してください」

 メルキオは担いでいた布袋を地面に降ろす。


「……いいだろう。連れて行ってやる。だが、ボスの居場所は秘密でな。案内するのは兄貴の所だ。それから、これを付けてもらう」

 男は黒い布をメルキオに渡す。


「買い取ってもらえるなら、誰のところでも構いません。これでいいですか?」

 メルキオは渡された布で自身の視界を奪う。


「ああ、連れていけ」

 メルキオは視界を奪われたまま、男達に連れられてどこかの地下に降りていく。


「久しぶりだな。元気にしていたか」

 メルキオの目隠しが外され、目の前には頬に切り傷跡がある男、タルクが椅子に座っていた。


「タルクさん、お世話になっています」

 メルキオは頭を下げる。


「お前はもう俺達の仲間ではないんだ。手荒なことをしたが、悪く思うなよ」


「もちろんです。タルクさんには感謝しかありません」


「それで、律儀に手切金まで置いて出て行ったお前が、今更戻ってきて何のつもりだ?この女を手土産にまた仲間に入れて欲しいとでも言うつもりか?」


「色々とありましてセブンスドレイクを抜けて、冒険者もやめることにしました。これからは静かに暮らそうと思っていますが、それには資金が必要です。その女はセイラといって、元パーティ仲間です。今日はセイラを買ってくれないか頼みにきました」


「……顔は悪くないが、若くないな。女だから探せば買い手はつくかもしれない。昔のよしみだ。金貨三枚でなら買ってやってもいい」

 タルクはセイラの顔を見て、売れる相手がいないか考えながら査定する。


「セイラは回復魔法が使えます。稀とは言いませんが、重宝はします。娼婦として売るのではなく、タルクさんの側に置いておけば、金貨三枚以上の仕事をすると思います」

 メルキオはセイラが回復魔法を使えるとアピールして、値上げを要求する。エリーは若い少女というだけで年間金貨三枚もした。死ぬまで奴隷として扱えるセイラが金貨三枚では安すぎる。


「……仕事を一つ受けるなら、金貨五枚払ってもいい。仲間に戻れという話ではなく、一度限りの仕事だ。ちょうど人が足りていなくてな。こちらの頼みを聞くなら、お前の頼みも聞いてもいい」


「何をすればいいのですか?言っていませんでしたが、私は弱くなってしまいました。出来ないこともあります」

 メルキオは自身が弱くなったことを明かし、仕事の内容を聞く。


「スレーデンの森にある洞窟にいるドグルという盗賊の頭に届け物をしてもらいたい。名前くらいは聞いたことがあるだろ?スレーデンの森には魔物も多くはないがいる。安全ではないが、森の外に見張りがいるだろうから、森の奥まで入る必要はない。多少なりとも戦えるなら悪くない仕事のはずだ。馬車はこちらで用意する」


「……わかりました。仕事を受けます」

 考えた結果、メルキオは裏の仕事を受けることにする。


「商談成立だな、外で待ってろ。連れていけ」

 メルキオはまた目隠しをして視界を奪われ、地上へと戻される。


「ここで待ってろ」

 メルキオを連れてきた男に目隠しを取られて、待つように言われる。



「これが持っていく荷の乗った馬車だ。金はドグルさんから受け取れ。これは、その旨を書いた手紙だ。分かっていると思うがお前は中を読むなよ」

 しばらく待っていると一台の馬車がきて、操舵していた男が降りてメルキオに説明する。


「わかりました。馬車はここに戻せばいいでしょうか?」


「馬車ごとドグルさんに渡せ。帰りの足は自分でなんとかしろ」


「わかりました。それではここに戻ってくる必要はないということでいいですか」


「そうだ」


 メルキオはスレーデンの森へと向かう。金貨五枚あれば村で暮らす分には十分で、小さな畑を耕して足りない時だけ食料を買えば、自身が死ぬまでに金が尽きることはないとメルキオは考えていた。



「見張りがいると言っていましたが、ここで待っていればいいのでしょうか……」

 スレーデンの森に着いたメルキオは、見張りを探す。メルキオがタルクの遣いだということがわかるように、何か馬車には目印が付いているとメルキオは思っていたが、仲間ではなく今回限りの協力者であるメルキオは何が目印なのか知らず、目印が付いているのかさえもわからない。



 見張りが気付いて接触してくるのを、大きめの石に腰掛けて待っていたメルキオは、後頭部に鈍い衝撃を受けて気を失う。



「う……何が」

 メルキオが目を覚ますと、そこは薄暗い洞窟の中だった。手足を縛られており、身動きが取れない。


「メルキオというらしいな。俺様がドグルだ」

 メルキオが起き上がれないまま頭を上げると、胸の所に大きな十字の傷跡のある男が上半身裸の状態で岩に座っていた。


「これはどういうことですか?」

 状況が掴めないメルキオは、あまりの扱いに怒りを覚えながらも下手にでて聞くしかない。


「トンプソンの旦那からの馬車だというのは見ればわかるが、乗っている者は敵かもしれない。誰かがヘマして馬車を奪われて利用されているかもしれないからな。だから、まずは拘束した」

 ドグルはメルキオの拘束はそのままに、笑いを堪えながら話を始める。


「私はあなたと敵対するつもりはありません。タルクさんからあなたに荷を運ぶように仕事を頼まれただけです。私の懐にタルクさんからの手紙が入ってます」

 メルキオはドグルの様子を不審に思いながらも、タルクに仕事を頼まれただけだと説明して、タルクからの手紙を読むように言う。


「手紙というのはこれだろ?既に読ませてもらった」

 ドグルは手紙を取り出し、メルキオに見せる。


「それであれば私の拘束を解いてくれてもいいのでないでしょうか?私は約束のお金だけ頂ければすぐにここを離れます。今後関わることはないとお約束します」

 

「ギャハハハ!この状況でまだ金が貰えると思っているとは、相当な馬鹿みたいだな。物資を届けたことには感謝しなければならないが、タルクには今度ちゃんと言わないといけないな。後始末を俺達にやらせるなと」

 

「何を……言っているのですか?」

 メルキオはドグルの言っていることを頭では理解しつつも、認めたくはなく、違う答えを期待して口にする。


「この手紙は暗号になっていてな、そこにはお前に金を払えなんて一言も書かれていない。約束の物資を届けさせるから、乗っていた奴はそちらで始末するように書かれているだけだ。お前は自ら死ににきただけだ。ついでに運び屋の仕事をやりながらな」

 ドグルは手紙をひらひらと振りながら、メルキオを馬鹿にするように言った。


「な、何故、私が殺されないといけないのです。私はあなたにもタルクさんにも敵対するつもりなんてない」

 メルキオは何故始末されることになっているのか分からず、動揺したままドグルに弁明する。


「お前、仲間をタルクに売ったそうだな」

 ドグルが冷たい目でメルキオを見る。


「だからなんだと言うのですか?正規に奴隷として売ることが出来ないから、トンプソンの旦那のところに持っていっただけです」


「平気で仲間を売るやつは信用ならない。お前は自分の為なら平気で俺様達も売るだろう。だから始末することになった。残念だったな」


「私はあなた達を売るつもりはありません」

 メルキオが敵対するつもりはないと言う。


「それが信用ならないと言っているんだ。お前がここを離れた後、衛兵に情報を漏らしに行くとは言わねえ。だが、お前が別の理由で衛兵に捕まった時、他の賊の居場所を売れば罪が軽くなると言われたらどうする?お前は平気で口にするだろう。自分が助かりたいからな」


「そんなことはしないと約束します」


「信じられないな。だが、俺様も鬼じゃない。タルクの言うことをそのまま聞くのも癪だからな。だから、死ななくてもいい選択肢を与えてやる。ここで死ぬか、俺様の子分として一生ここで暮らすか決めろ。魔法が使えるんだろ?このまま殺すにはもったいない。洞窟から出なければ、俺様の情報を売ることは出来ないからな」

 ドグルはメルキオに選択を迫る。


「……子分に……して下さい」


「クククッ。いい答えだ。忠誠の証として、これを首に嵌めてやれ」

 ドグルは子分に黒い首輪をメルキオに嵌めさせる。


「それは、今は使われなくなった旧式の奴隷の首輪だ。知ってるか?本来、奴隷には人権なんてありゃしない。俺様に絶対服従だ。まあ、役に立っている分には悪い扱いはしないでやるよ。ギャハハハ」

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