第12話 逃走

「なんだこれは!どうなっているんだよ!」

 頭が状況に追い付いていないケビンが、動揺したまま口にする。


「……魔物の襲撃を受けたようですね」

 メルキオが状況を見て答える。


「あの女はどこに行ったんだよ!」

 ケビンがエリーのことを言う。内心では自身でもわかっているが、感情を抑えられていない。


「食べる為に連れていかれたのでしょう。いつ襲われたのかわかりませんが、この様子では既に死んでいると思います」

 森の方へ何かを引き摺った跡が付いており、そこには血も付いている。


「……魔物に結界を突破されて、防壁も壊されたということだな。メルキオ、お前も弱くなっていないか?何が来たのか分からないが、壊されるのはおかしい」


「そう……かもしれません」

 メルキオもこの惨状を見ては、自身が弱くなったと認めるしかない。少なくとも、土魔法と聖魔法の強度は下がっている。


「メルキオもとなると、アースドラゴンが原因ではないな。呪いでも掛けられたか……」

 ケビンは弱くなった理由を、呪術を掛けられたと推測する。


「そうだとしても、私達に確認する方法はありませんよ」

 メルキオが答える。


「このままアースドラゴン討伐を続けるのは無理がある。今出発してもすぐに日が暮れるだろう。少し離れた所にテントを張り直して、明日王都に出発するのがいいだろう」

 ケビンはアースドラゴン討伐を諦める決断をする。


「それがいいでしょうね」



「起きてください」

 エリーが居なくなったことで、順番に夜の番をすることになり、三番目に番をしていたメルキオは、交代する時間よりも大分早くセイラを起こす。


「もう交代の時間なのね」

 自分の番が回ってきたと思ったセイラは、起きてテントの外に出る。


「まだこんなに暗いじゃない。交代するのが早すぎない?」

 外に出たセイラは、まだ暗いことと、星の位置を見て、まだ交代には早すぎるとメルキオに文句を言う。


「セイラに話があって時間よりも早く起こしました。番をしながら、私達が弱くなった理由を考えていたんです。それから、これからのことを」


「呪われたかもしれないって話じゃなかった?」


「もちろんその可能性もありますが、ずっと忘れていたことを思い出しました。アルスです」


「アルスが私達に呪いを掛けたとでも言いたいわけ?確かに呪いを掛けられてもおかしくないくらいに恨みを買っていてもおかしくはないけど……」

 セイラはアルスの性格上考えにくいと思いながら答える。


「違います。私達が何故アルスをパーティに誘ったのか、それは学院の試合を観戦した時に高い威力の魔法を放っていたからです。追放する直前のアルスよりも高い威力の魔法を放っていた」

 メルキオはセイラの話を否定して、昔の話をする。


「そうだったわね。それで、アルスも弱くなっていたとメルキオは言いたいの?私達はずっと前から何者かに弱体化させられていたと」


「その可能性もありますが、私の考えは違います。アルスがパーティに入った時、アルスは支援魔法を専攻していたと言っていました。支援魔法は効果に対して必要な魔力が多い。私はアルスが専攻していたと言っただけで、支援魔法を使ってはいないと思っていました。私が支援魔法を使えたとしても、使わないからです。だからこそアルスが支援魔法を使えることさえも忘れていたのですが、もしアルスが支援魔法を使っていたなら、私達が弱くなったのではなく、本来の強さに戻っただけではないのかと思うのです」


「整理が追いつかないのだけれど、私達はアルスのおかげでAランクに上がれただけで、実際にはDランクの頃から成長していないってこと?」


「成長していないかはわかりませんが、そういうことです」


「でも、それならなんでアルスまで弱くなっているのよ」


「多分アルスは自身には支援魔法を掛けていなかったのだと思います。先程も言いましたが、支援魔法の発動には多大な魔力を消費します。Dランクの冒険者をAランク相当にまで強化するとなると、どれだけの魔力が必要なのか想像も出来ません。自身の強化は最低限にして、私達の強化を優先していたのでしょう。残った魔力で戦っていれば、威力の低い魔法しか放てないのも無理ないことです。今思えば、ブルーオーガがレッドオーガよりも強く感じたり、ツインヘッドウルフに苦戦したりと、アルスを追放してから私達が弱くなった兆候はありました」


「……確かにそう考えた方が辻褄が合いそうね。それで、隠れて私にだけその話をする理由も教えてもらえる?」

 セイラはメルキオの話をそのまま信じはしないが、矛盾点を見つけることは出来なかった。そして、自分にだけ話をする理由を尋ねる。


「まず結論から言います。一緒にパーティを抜けませんか?ケビンには内緒でこのまま置き手紙だけ残して」


「え!?」

 予想していなかった答えにセイラは大きな声を出してしまう。


「静かにして下さい。誘っているだけで、強制するつもりはありません。セイラは今後セブンスドレイクとして活動し続けたとしてどうなると思いますか?」

 セイラに静かにするように言った後、メルキオは今後どうなるかについてセイラに予想を聞く。


「どうなるって……メルキオの言う通りなら、Aランクの実力は私達に無いってことだから、思っているより稼げなくはなるかな」

 セイラはメルキオの言ったことを真として、答える。


「私の予想ではありますが、私含めセイラも奴隷に落ちると思います」


「何で奴隷に落ちないといけないのよ!」

 セイラの声がまた大きくなる。


「落ち着いて下さい。もう私達は詰んでいるんです。セイラはいくら持っていますか?」


「全然持ってないわよ。大銀貨三枚くらいしか持ってないわ」


「私は金貨一枚くらいが実家にあるだけです。ガレイドは持っていないだろうから、ケビンが持っていても金貨三枚くらいでしょうか。奴隷が死んだので、ギルドに借金をして金貨三十枚払わないといけません。払えると思いますか?Dランクの実力しかないのに、Aランク以上の依頼しか受けることが出来ないのですよ?Aランクの実力がないのですから、担保として預けた金貨十枚は返ってこないと思った方がいいです。私が払った金貨四枚は返ってこないものとして諦めます」

 メルキオはセイラに現実を突きつける。


「……無理ね」

 考えた結果、セイラにも明るい未来は想像できなかった。


「アルスが私達を強化していたという私の推測が違っていても、奴隷が死んでしまった時点で、かなり絶望的な状況だと思います。結局のところ、私達が弱くなった理由がわからないのですから」


「メルキオがパーティを抜ける決断をした理由はわかったわ。わからないのは、私にこの話をしたことね。ガレイドにも話さないわけだし、何で一人で行かなかったの?」


「理由は二つあります。まず、今後も冒険者として稼いでいく為に仲間が必要だからです。ケビンが言っていたでしょう。私達は低ランクの冒険者から嫌われています。パーティを組んでくれる人を探すのは難しいと思います。一人では出来ることは限られてしまいますので、誰かとパーティは組みたい。私は魔法を唱えて戦いますので尚更です。セイラは回復がメインではありますが、戦うことも出来るのは知っています」


「……もう一つは?」

 長年の付き合いでこれが主要の理由ではないことがわかったセイラは、もう一つの理由を聞く。


「私はアルスに謝ろうと思っています。私はアルスが無能だと勘違いし、ずっと下に見て酷い扱いをしていました。ケビンとガレイドはアルスに謝ることはしないでしょう。しかし、セイラは違うのではないかと思い声を掛けました。セイラがアルスと一緒にいるのはよく見かけましたが、無理をしていたわけではないでしょう?」


「そうね……、メルキオの言う通りなのだとしたら私もアルスに謝りたいわ。でも、それは別として一つ聞かせてもらえる?私達がパーティを抜けたとして、ギルドへの返済はどうなるの?ケビンとガレイドに全て押し付けるつもり?」


「パーティが借りたお金の返済義務は、パーティのリーダーが負います。それでも普通はパーティ全員で背負うものですが、身勝手なのはわかった上で、私は奴隷になりたくはありません。返済能力がないと分かれば、ギルドは躊躇なく奴隷として私達を売るでしょう」


「リーダーとガレイドにメルキオの分まで背負わせて心は痛まないの?」


「悪いとは思っています。特にガレイドには。ただ一つ思うことはあります。果たして、ケビンがアルスを追放すると言わなければ、アルスを追放することはなかったのではないでしょうか?セイラは追放するほどアルスを嫌ってはいなかったはずです」


「確かに私からアルスを追放すると言うことはなかったと思うわ」


「ガレイドはあの性格です。パーティに使えない者がいたとしても、自身に直接的に敵対しなければわざわざ追い出したりはしないでしょう。ガレイドは金に執着してもいない」


「確かにガレイドが追放すると言うとも思えないわね。でも、あなたが言う可能性はあったと思うわよ」


「確かに私はアルスを無能だと思っていました。パーティの仲間だとも思っていませんでした。しかし、追放しようとはしません」


「なんで?」

 ガレイドの時とは違い、メルキオが追放しないと言ってもセイラには信じられなかった。


「アルスがパーティの雑務のほとんどをしていたからです。報酬に関してもアルスの分はかなり少なくなっていましたから、雑用係としてアルスをパーティに残しておくのはメリットしかありません。あの時は私がやりたくなかったのでアルスが悪いと言いましたが、ケビンはそこまでわかっていてアルスを追放したと思っていましたよ。だからこそ、何も考えていなかったケビンに雑用係を雇うように言ったのです。これは結果論で、アルスに対して酷い扱いをしていたことに違いはないですが、ケビンがいなければ今の状況にはなっていないと断言出来ます。ですから、ケビンに背負ってもらおうと思います。私が奴隷になりたくないからケビンに責任を負わせる理由を言っているだけですので、セイラがどうするかは任せますよ」

 メルキオは自身の否を認めた上で、ケビンに責任を押し付けてもいいとセイラに説明する。


「ちょっと待って。アルスの報酬が少なくされていたのは初耳よ」


「これはケビンが決めたことです。ケビンはセイラに説明していなかったのですね」

 メルキオは失言だったと思いながらも、全ての責任をケビンに押し付ける。


「最低ね」

 セイラは迷う。長年共に戦ったケビンとガレイドを裏切っていいのかというのもあるが、今更アルスに謝ることに対して抵抗もあった。


「ケビンがいなければという話ですが、もう一つあります。アルスを追放する時に、アルスは攻撃魔法の威力が低いのには理由があると言っていた。ケビンが遮ったから何を言おうとしていたのかは分からないままですが、私達を強化していたから攻撃に回す魔力が足りていなかったとアルスが言っていたら、アルスをあのまま追放したでしょうか?少なくとも、私とガレイドとセイラはアルスの話くらいは聞いたと思います。アルスの件だけでなく、ケビンは深く考えずに動きすぎです。高い金を払ってAランクに居座ったのもケビンが受付嬢の話をよく聞かずに答えたのが原因でしたよね?今回のことがなかったとしても、いつかケビンは奴隷に落ちていたと思いますよ」


「わかったわ。私も一緒にアルスに謝りに行く」

 セイラは答えを出す。メルキオがケビンに罪をなすり付けて良い理由をさらに提示したからではなく、あの時話も聞かずに追い出したことへの罪悪感に苛まれての答えだ。


 セイラの答えを聞いたメルキオは歪な笑みを浮かべた。

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