第10話 だいぶ昔の話
ハベルの下で支援魔法を習い続け、アルスの卒業も間近になってきた。
「これまでは訓練に集中する為に参加させていなかったが、学内最強を決めるトーナメントにエントリーしてもらう」
ハベルがアルスに参加を求めたのは中等部だけでなく高等部も参加可能な学院で一番盛り上がる祭典だ。
初等部は参加が認められていないが、ほとんどの学生が参加する。参加しないのは怪我などで戦えない者と研究者などの非戦闘職を目指して学院に入った者くらいで、教師に参加を拒まれていたアルスは特例中の特例だ。参加人数は五百人を超える。
「僕も参加していいんですね?」
「最後くらいは参加しなさい。高等部には進学しないのだから」
「わかりました」
「さて、私が約五年掛けて君に支援魔法を教えた。目指すのは何位かね?」
ハベルがアルスに確認する。
「高等部の先輩方も参加するので、百位以内には入りたいです」
去年も一昨年も参加していないアルスは自身の力を周りと比較出来ておらず、師匠であるハベルをがっかりさせないのはどの程度なのか考えて答える。
「私の弟子がそんな弱気でどうする。私は一位以外認めない。それも圧倒的な優勝だ。これは支援魔法が最強だと知らしめる大会になる。アルスにとって不利な大会ルールではあるが、何も問題はない。私にはアルスが負ける未来がみえない」
ハベルの言葉にアルスは疑問を浮かべる。果たしてそんなに自分は強くなったのだろうかと。
「どこまで出来るかわかりませんが、優勝を目指すことにします」
ハベルを師と仰いでからハベルが間違ったことは言っていなかったと思い、半信半疑のままアルスは優勝を目指すことにする。
「大会のルールは把握しているか?」
「してません」
今年も参加するどころか、観戦もせずに訓練すると思っていたアルスはトーナメント戦のことを何も把握していなかった。
「トーナメント戦と言われてはいるが、そこで戦えるのは予選を突破した八人だけだ。すなわち、トーナメント戦には強者しかいない。まず予選の話をしよう。予選は参加者を五つのブロックに分ける。分けられた約百人が一度に訓練場で戦い、最後まで残っていた一人が本戦出場となる。万が一倒れてしまっても一度だけチャンスがもらえる。予選敗退した約五百人でもう一度戦い残った一人も本戦に参加できる。次に本戦を含め詳しいルールだが……」
「ちょっと待ってください。それだと六人しかいませんよね?」
アルスはハベルの話を遮って人数が合わないことを聞く。
「二人は成績トップと教師による推薦枠だ。成績トップは賢姫の二つ名を持つリディア、推薦枠もリディアだ。異例の結果の対応として成績次点であるハーベルトが本戦出場に決まった。ちなみにだが、私以外の教師全員がリディアを推薦した」
「師匠は誰を推薦したんですか?」
「アルスに決まっているだろう。アルスが負ける未来が見えないとさっき言ったばかりだ」
「ありがとうございます」
アルスは師匠からの信頼にお礼を言う。
「ルール説明の続きをしようか。アルスにとって一番不利なルールが、試合開始前の魔法の発動は詠唱も含めて魔力を練ることさえも禁止。試合前に支援魔法を掛けておくと失格になる」
「試合が始まるまでに効果を切っておかないといけないってことですね」
「その通り。そして、アルスは試合が始まったら支援魔法を掛けていくことになる」
「それは大分不利ですね」
「そのくらいがちょうどいいハンデとも言える。覚えておかなければならないルールは後一つ。回復不能な怪我をさせてはいけないということ。簡単に言えば、試合前から有利になるように準備はせずに、やり過ぎなければ何をしてもいいということだ。勝敗は相手が降参するか審判が止めた時に決まる」
「わかりました。大会の日程はいつですか?」
「一月後に行われる。勿体無いが今日から支援魔法に対する継続支援は中断だ」
「そっか。そうなってしまうんですね。それなら大会参加は諦めた方がよくないですか?」
支援魔法の強化は、少しずつ、少しずつ徐々に効果を高めていき、今はベストな状態を保っている。その苦労を知っているアルスは、その苦労が無となることに難色を示す。
「決勝には国王陛下もお見えになる。優勝者には節度 さえ守ればなんでも一つ願いを聞いてもらえる。孤児院の支援を頼むいい機会になるだろう」
アルスはハベルが支援魔法以外のことを優先したことに驚く。
「絶対優勝します!」
孤児院の為だけではなく、師匠の期待に応える為にもアルスは優勝することを堅く胸に誓った。
支援魔法は使わずに魔力を高める訓練だけをし続けること一月、予選を突破したアルスはリングに立っていた。
相手は優勝候補筆頭の賢姫リディア。本来であればまだ初等部に通っている年齢なのに飛び級して参加している天才だ。くじ運は最悪だけど優勝しか目指していないアルスには関係なかった。
「両者準備はいいか?……よし、始め!」
審判を務める学院の教師バースの合図で試合が開始される。観客は当然のこと、公平な立場でいなければならないバースもリディアが勝つと思っていた。
「紅蓮の炎も無に帰す風。風の中で動ける者おらず───」
リディアが水と風の複合魔法の詠唱を始める。リングが防護結界で覆われていなければあたり一面を凍らせる超級魔法だ。
「サポートブースト。エレメンタルブースト。ファイアボール。サポートブースト。マジックアップ。サポートブースト。エレメンタルブースト。エレメンタルガード」
詠唱を必要としないアルスは自身の強化を始める。本来であれば魔法名さえも言う必要はないが、集中したことで口からブツブツと言葉が漏れている。
サポートブーストで支援魔法を強化して、エレメンタルブーストで属性魔法を強化、ファイアボールでリディアを牽制しながら一度目のサポートブーストの効果が掛かったのを確認して、さらにサポートブーストを掛ける。マジックアップで練れる魔力を高めながら、さらに支援魔法と属性魔法を強化して、最後に属性魔法を防ぐ為のエレメンタルガードを発動した。
「────凍つけニブルヘイム!」
アルスの放ったファイアボールを避けながら長い詠唱を唱え終えたリディアが複合魔法を発動する。この間にアルスは八個もの魔法を発動しているが、これでもリディアは高等技術である短縮詠唱を行っている。
「間に合った」
アルスはリディアの発動した魔法を見てニヤリと笑いながら呟く。時さえも凍らせそうなリディアの魔法を凌げるレベルに、エレメンタルガードを強化出来たからだ。
アルスが負ける可能性があるとすれば、支援魔法を掛け終わる前だけだとハベルが言っていた。超級魔法も凌げる防護魔法を発動出来た時点でアルスは勝利を確信した。
「そこまで!」
後はリディアの魔力が尽きるまで耐えるか、逃げ道を狭めつつ責めればいいと、冷たい空気を吸わないように口を押さえながら考えていたアルスは、審判を務めるバースが試合を止めたことに驚く。
リディアが分かっていたかのように魔力を霧散させてニブルヘイムを消す。
「勝者リディア!」
バースがリディアの勝利を宣言する。
「待ってください!なんでですか!?」
アルスはバースに抗議する。
「魔道具で保護しているとはいえ、止めなければ死んでいたかもしれない」
バースはアルスに試合を終わらせた理由を説明する。
「そんなことにはなりません。少し体が冷えるくらいです。ちゃんと防護魔法を発動してました」
「悔しいのだろうがあれだけの魔法を食らって体が冷えるだけのはずがないだろう。次の試合に移らないといけない」
バースはアルスの言うことに聞く耳を持たず、リングから降りるように言う。
「ありがとうございました」
リディアが近づいてきてアルスに握手を求める。
「僕は師匠の為にもこんな審判の間違いで負けるわけにはいかない。それに孤児院も……」
アルスはリディアの手を握らずに感情を表に出す。
「孤児院……?」
リディアはアルスの言った言葉が気になった。
「優勝したら孤児院の補助金を増やしてもらうつもりだったんだ。だからこんな理由で負けたなんて認められない」
「先輩はあの魔法を防げたと信じているのよね?」
リディアはアルスに確認する。
「もちろんだよ。僕は勝ちを確信していたのに、負けを宣告された」
「ならこうしない?私はこのまま優勝するから、その後もう一度試合をするの。もし先輩が私に勝てたら、私の願いは孤児院の補助金を増やすことにするわ。一度宣言された勝敗が覆されることなんてないのだから、これが最善だとは思わない?」
リディアはアルスに提案する。アルスが負けたとちゃんと認められるようにというリディアなりの優しさだ。
「……ありがとう」
これ以上ゴネても結果は変わらないと内心気付いていたアルスは、リディアと握手してからリングを降りる。
「すまなかった。これはアルスの情報を学院長にちゃんと伝えていなかった私の失態だ。魔法を知覚出来る私か学院長が審判を務めていればこうはならなかった」
控室でハベルがアルスに言った。
「師匠の責任ではありませんので謝らないでください。リディアちゃんとは後日もう一度試合することになりました。リディアちゃんはこのまま優勝するそうですが、 僕が勝ったら僕の代わりに願いを叶えてくれるそうです」
アルスはハベルにリディアとの約束を話す。
「あれではアルスも消化不良だろう。その際には学院長に立会人をしてもらうように私から頼んでおくとする」
「お願いします」
学内トーナメントはそのままリディアの圧勝で終わり、約束通りリディアはアルスと再戦する。
そして、リディアはアルスになす術もなく敗北し、現状の一割ではあるが孤児院の補助金が増額されることになった。一割ではあるが、これはアルスが育った孤児院だけでなく、国が補助している全ての孤児院が対象になる。継続的に支払われることを考えると、金品を願われるよりも国としての出費は大きくなるだろう。
表向きには孤児の為に自身の願いの権利を使ったとしてリディアの人気が高まり、バースが誤審をしたということは闇に葬られることになった。
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