第15話 まあまあ昔の話

 学院内トーナメント戦を表向き八位という好成績で終えたアルスの元にスカウトの話が舞い込む。

 学院八位といっても外部の人間が観戦出来たのはトーナメントのみで、一部の選ばれた者以外からアルスはリディアに手も足も出ずゴネていたと思われており、アルスをスカウトしたのはセブンスドレイクという冒険者パーティのみだった。


 セブンスドレイクはDランクの冒険者パーティで、アルスにとっておいしい話ではなかったが、アルスが必要だと声を掛けてくれたことに喜びを感じたアルスはセブンスドレイクに入ることにした。



「アルスです。支援魔法を専攻していました。よろしくお願いします」

 アルスは学院を卒業直後からセブンスドレイクの一員として活動を始める。


「リーダーのケビンだ。こっちからガレイド、メルキオ、セイラ。仲良くやろう」

 ケビンがメンバーを紹介して酒を酌み交わす。


「よろしくお願いします」


「支援魔法を専攻していたと言ったな。俺は支援魔法には詳しくないが、トーナメントで放った火魔法の威力はなかなかのものだった。アルスには中衛よりの前衛を任せる」

 ケビンは雑務をやらせる新人を欲していた。リーダーというだけで冒険者としての力の差がパーティ内でほとんどないセブンスドレイクでは、雑務はそれぞれ分担しており、その中でもリーダーであるケビンは雑務に追われて、夢見た冒険者とは程遠い生活に辟易していた。

 ケビンは前もって裏でメルキオにだけアルスをパーティに入れる目的を話しており、使い潰すつもりはないが、新人という理由でアルスに雑用を多めにやらせるつもりで口裏を合わせている。アルスが新人ではなくなった頃に、アルスを正式にメンバーに加えて新たに新人を入れるか、それともアルスを追放して代わりの新人を入れるか、そこまで話しあった。このことは、曲がったことが嫌いなガレイドとお人好しで騙されやすいセイラには秘密だ。


「わかりました」

 前衛よりも後衛の方が支援魔法を使うには適しているとアルスは思ったが、前衛として期待されているならと了承する。


「ガレイドだ。何かあれば誇り高き獣人の戦士である俺を頼れ」

 ガレイドが名乗り、アルスが握手に応える。


「メルキオといいます。基本四属性は中級まで扱えます。私は後衛を担当しますので後ろは任せてください」

 メルキオが酒を飲みながら名乗る。


「セイラよ。そのローブと杖、よく手入れされているわね」

 ケビンの事情なんて知らないセイラは、新しい仲間であるアルスと少しでも早く仲間になろうと話題を振る。


「これは卒業祝いとして友達から頂いたんです」

 アルスはリディアから卒業祝いとしてローブと杖を貰った。実際にはトーナメントで負けるはずだった試合を勝ったことにしてしまったことへの補填だと鈍感なアルスは思っている。リディアはアルスの為に作らせた特注品だと言っていた。


「アルスの手にピッタリ合っているからきっと特注品ね。いい友達ね」


「はい。僕にはもったいないくらいに優しい友達です」

 アルスがリディアを圧倒してから、二人は友人となった。リディアが一方的にアルスに付きまとった結果として。


「試合の時、詠唱してなかったわよね?」

 セイラは気になっていたことを聞く。ケビンは火魔法の威力のことを言っていたが、セイラは無詠唱だったことに注目して観戦していた。


「無詠唱で魔法を発動出来るように師匠に鍛えられました」


「師匠?学院の先生じゃなくて?」


「ハベル師匠は中等部の先生です。元々は初等部の先生でしたが、僕に合わせて中等部に異動してくれました」


「ハベル先生ね。そういえばあの人の魔法も無詠唱だったわね」

 セイラが昔のことを思い出しながら呟く。


「師匠のことを知っているんですか?」


「私も学院に通っていたから知っているわよ。今はどうか知らないけど、変人として有名だったわね。懐かしいわ」

 セイラは自身がまだ学生だった頃のことを思い出しながら、お酒を一口飲む。


「今も変わらず変人と思われています。実際に師匠は変わってますが、実力は確かです。師匠は全ての属性の上級魔法まで扱えます」

 アルスは自慢げに師匠のことを話す。ハベルから属性魔法も教わっていたアルスだが、属性魔法は中級までしか習得出来なかった。しかも、中級で使えるのは聖属性と光属性の二つだけで、残りは初級しか扱えない。全属性の魔法を扱うことの難しさをアルスは実体験として理解していた。


「それはすごいわね。私は聖属性だけ上級魔法を習得出来たわ。後は水魔法と火魔法が少しだけ。そんなにすごい先生だったなら、私も教えてもらえばよかったな」

 セイラが学院生だった頃の自分の選択を後悔する。


「師匠に教えてもらうのは精神的に辛いので、教わらなくて正解だったと思いますよ。元々師匠と出会ったのは─────」

 アルスは強制的に始まったハベルとの共同生活の不満をセイラに話す。内容は不平不満の塊だが、アルスの顔は笑っていた。



 顔合わせの為の飲み会は終わり解散となる。


「支援魔法を掛けておきます」

 アルスは一言掛けてから明日からの依頼に合わせて四人に支援魔法を掛ける。飲み過ぎていたことを心配して、アルコールの分解機能も高めるようにしておいた。

 ハベルから急激な変化は冒険者の勘を鈍らせて危険に晒すと聞かされていたアルスは、全力で支援魔法を発動はせず、気持ち程度の発動に抑えた。徐々に強化割合を増やしていく予定だ。



 アルスがセブンスドレイクに入ってから五年が経ち、セブンスドレイクはDランクからAランクに急成長した。


 Aランクに昇格してから幾分経ったある日、ケビンはアルスを除くセブンスドレイクのメンバーを大事な話があると言って集める。


「集まってもらった理由だが、アルスにはパーティから抜けてもらおうと思う。独断で決めていいことではないから集まってもらった」

 ケビンは集めた理由を三人に説明する。


「肝心のアルスがいないようだが?」

 ガレイドがケビンに聞く。


「アルスの意思は関係ない。今後Sランクになるセブンスドレイクにアルスが必要かどうかという話だ。ここでアルスは不要だという話になれば、アルスをパーティから追放する」


「思い当たる節はありますが、まずはケビンがアルスを追放すると考える理由を説明してもらえますか?」

 メルキオがケビンに言う。


「もちろんだ。お前らも気付いていると思うが、あいつは前衛なのにろくに魔物を倒すことが出来ない。発動に時間が掛かるという理由なら後衛に下げればいい話だが、発動した魔法の威力があれでは後衛に下げたところで背中を任せることは出来ない。あいつは荷物持ちくらいにしか役にたっていない。あいつ自身がお荷物だ。あいつが加入したDランクの頃なら付いて来れていたが、Aランクになった今、あいつは俺達の成長に付いてこれていない」

 ケビンはいかにアルスが無能かを説明する。


「そうかもしれないけど、アルスはパーティの為を思って頑張っているわ」

 セイラはアルスを追放することに反対する。


「俺達はこれから今よりも強大な魔物と戦うことになる。実力を伴わないのだから、このままではあいつは魔物に殺されるだろう。これはあいつの為でもある」

 ケビンは想定していた反論に対する答えを返す。


「それなら、アルスには別の仕事を任せたらいいんじゃない?今でも色々とやってくれているのだから」

 セイラはケビンの答えを聞いた上で、別の道を示す。一緒に冒険は危険かもしれないけど、別れないといけないことはない。


「冒険者としてそのように扱われるのは酷だろう。心を鬼にして現実を見せた方があいつの為にもなる」

 セイラの話を聞いても、既に自身の中では答えを出しているケビンの意見は変わらない。ケビンの中でこの時間は相談ではなく報告だ。


「リーダーの考えはわかったわ。ガレイドとメルキオはそれでいいの?」


「弱者が淘汰されるのは自然の摂理だ」

 ガレイドが答える。


「私も同意見です。アルスにはAランクに残るだけの力がなかった。それだけの話です」

 事前にケビンから話をされていたメルキオの意見は当然追放だった。


「そう。わかったわ。賛成は出来ないけど反対はしない」

 セイラはアルスの追放を認める。三人がアルスのことを同じパーティのメンバーとは思っていないことがわかってしまい、ケビンが言ったアルスが死ぬかもしれないというのも間違っていなかったから。


「決まりだな」

 ケビンが歪に笑って言った。



 アルスには自分では気付いていない大きな欠点があった。それは思考をロックすること。孤児院では自分だけが院長に甘えることなんて出来ず、学院ではいじめから身を守る為に感情を押し殺した。

 それに加え、変人であるハベルと長く接していたことで、人を疑うという感覚もおかしくなる。ハベルの言うことを聞いて上手くいきすぎたのも良くなかった。


 結果としてアルスは言葉を額面通りに受け取り、他の可能性を考えなくなっていた。

 そんなアルスにとって、ケビン達が支援魔法を使っていることを知らないなんて考えはなく、初めに支援魔法を専攻していたと言った時点でこの話は完結している。支援魔法を使わなくなったとは言っていないのだから。


 アルスは少しでも多く稼ぎたいという気持ちもあり、うまくやっているつもりで頑張っていた。

 パーティ昇格の為にリディアに力を借りたりとセブンスドレイクの為に身を粉にして働いたアルスだが、魔法の威力が低いから追放と言われてやっとケビン達が支援魔法のことを忘れているという可能性に辿り着く。

 しかし、時すでに遅くアルスは追放された。



「アルス!」

 アルスがセブンスドレイクを追放された夜、夜道を歩いていたアルスを偶然見かけたかつての師ハベルが声を掛ける。


「……師匠」

 とぼとぼと歩いていたアルスは呼ばれて足を止めて顔を上げる。


「酷い顔をしている。何があった?」

 光の無い目から涙を流すアルスの肩をハベルは掴み、事情を聞く。


「パーティを追放されました。僕は無能で仲間じゃないそうです」


「アルスが無能な訳ないだろう。どれだけアルスに私の全てを注ぎ込んだと思っている。何があったのか詳しく話せ」

 ハベルはアルスから泣きながら歩いていた経緯を順を追って聞き出す。



「そうか。アルスを追放するなんて馬鹿な奴らだ。それなら今は暇だということだな?」

 ハベルはアルスから詳細を聞き出し、追放した冒険者達の頭を疑う。そして、アルスの予定を聞く。


「……はい。やることが無くなりました」


「アルスが卒業した後、私には教え子が出来た。アルスほど優秀ではないが、自慢の生徒達だ。その内の三人が先日卒業して、三人で冒険者パーティを組むことにした。アルスのようにはスカウトの声が掛からなかったからな」

 変人と言われていたハベルがちゃんと先生をしていることにアルスは驚く。


「師匠がちゃんと先生をしているなんて不思議な気持ちです」


「支援魔法の研究はもう大丈夫だ。まだ先はあるだろうが、私は満足している。学院を去って隠居するつもりだったが学院長に止められて問題児を押し付けられた。それがさっき言った三人だ。アルスが良ければ面倒を見てやって欲しい。新人冒険者の手伝いもしていたとさっき言っていただろう」

 アルスはハベルから後輩の面倒を頼まれる。


「……わかりました。やることもないので、その三人が良いなら会ってみます」

 ハベルが自分のことを心配して勧めてくれていると気付いたアルスは、とりあえずハベルの生徒に会うことにする。


「フラワークラウンというパーティ名で既に活動を始めている。朝にギルドに行けばいるだろう」


「わかりました」


「私はこれから酒場に行くところだったんだ。付き合ってくれるか?」


「はい」

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