第3話 大賢者の元へ

 今日はとても綺麗な満月の日だ。レミリアは跨っている竜の首をさすりながら話しかけた。竜の大きな背は意外と乗り心地がいい。


「リューク! お利口さんだ~!」


 よーしよしよし。と、竜は嬉しそうに彼女の小さな手に擦り寄った。

 竜の体には大きな荷物が括り付けられていたが、それはレミリアが前もって用意していたものだった。


「この光の方へ向かってくれる?」


 彼女は胸元に光る大きく透明な宝石のついたペンダントを空にかざした。するとその宝石は星々の光を集め、東の方へ一筋の光の道を示した。

 竜は返事をするように咆哮すると、スピードを上げて光お方向へと進んだ。


「ヒャッホーーイ! 自由だーーっ!!」


 風を切りながら誰に聞かれるわけでもない言葉を大声で叫ぶ。


「もうアルベルトの子守りもしなくていいなんて! 妃教育も! 令嬢達とのお茶会も! 偉い人達の顔と名前と好みを覚えたり、チャリティー活動もなし! 公務だってもしろんしなくていいし、山のように積まれた書類に目を通して、内容を要約してアルベルトに教える必要もなーい!」


 ちょうど今、国境である魔物の森の上空を飛んでいる。少し下で巨大な怪鳥が旋回していたが、竜の姿を見つけるやいなやそそくさと森の中へ戻っていった。

 レミリアが暮らしていたマリロイド王国は、この大きな魔物の森のおかげで他国から攻撃を受けることなく平和に暮らせていた。魔物の森の方は、聖女の力によって結界が張られることにより安全が保てていた。


「さて、そろそろベルーガ帝国かな?」


 下を見下ろすと、ポツポツとまばらだが小さな建物の灯りが見えてきた。どうやら無事に国境は越えられたようだ。


「あんな感じで出てきたのに追手も出てこないなんてねぇ?」

「ヴォ!」


 リュークが予想外に返事をしてくれたことに驚いて、思わず声を出してレミリアは笑った。


「あ~久しぶりに笑ったわ。ありがとリューク」

「ヴォ!」


 自分が本当に久しぶりに心から笑ったことに気が付いて、予定通り婚約破棄されてよかったのだと改めて納得できた。


 目の前に大きな街が見えてきた。あまり竜の姿を見せない方がいいと判断し、更に高度を上げる。


「さ、流石に寒いわね……」


 急いで防御魔法を張って体を守る。そういえばパーティ用のドレスのままだ。この魔法はこれから弟子入りをお願いする予定の大賢者ジークボルトから教わったものだった。


「先生、どの辺にいるんだろう……」


 そのまましばらく飛んでいると、また下に見える灯りがまばらになってきた。そしてゆっくり竜が下降しだす。


 小さな湖の側に、一軒の大きな屋敷が建っている。宝石から放たれていた光は、最後にその屋敷の扉を射した後、ゆっくりと消えていった。

 

「こ、ここよね!?」


 深呼吸の後ゴクリと喉を鳴らし、レミリアは扉をノックしようとしたその途端、大きな扉が開いた。


「うおっ! 本当に来やがった!」


 レミリアの方もビックリしていたが、相手もどうやら同じくらい驚いていたようだ。でもこの男性は大賢者ジークボルトではない。綺麗な銀髪に深いブルーの瞳を持っていた。年齢はレミリアとそう変わらないだろうか。背も高く筋肉質、かなりのイケメンである。


「あ、あ……夜分に恐れ入ります。私、レミリア・ディーヴァと申しまして……ジークボルト先生は御在宅でしょうか」

「わりぃわりぃ! そうだよな。冷えるし早く入れよ! 師匠もお待ちかねだ」


 広い玄関ホールにヒールの音が響く、こんなに広いのに住人の数は多くなさそうだ。レミリアを案内してくれている男性はそのまま階段を上り、2階の奥の部屋へと向かっていく。廊下は灯りこそあるが暗い。


(だ、大丈夫よね!?)


 レミリアは何の疑問も持たずそのままこの男性についていっていいか一瞬迷った。到着したことに安心して、あまりにも警戒心がなかったと反省した。


(いざという時はリュークを呼ぼう)


 そんなことを考えていると、相手の足が止まり、急に振り返った。


「そうだ! 俺はアレン。アレン・グレイス。お前の兄弟子だ! よろしくな」

「よ、よろしくお願いします!」


 なんとも人懐っこい笑顔だった。


(犬系男子ね)


 そんな前世の単語が頭をよぎったが、その前に驚かないといけない所がある。


(兄弟子!?)


「私、まだ名前しか……」

「師匠の能力じゃねえかな? 妹弟子がもうすぐ来るから迎えてやれって言われたんだよ」 


 大賢者ジークボルト、彼はあらゆる魔術を使いこなし、魔道具すら作り上げ、あらゆる知識に精通し、最強の賢者と呼ばれている。


 アレンは突き当りの部屋のドアをノックすると、相手の返事を待たずに扉を開けた。


「師匠~! レミリアが来たぞ~!」


 大きな椅子に座って何やら図面を描いている男性の背中が見えた。

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