第56話 相まみえる
ユリアは怒り心頭だ。どうして自分がこんな理不尽な目にあうのかと。暗い通路をどんどん下へと降りていった。
「汚い! マジでなんなのよ!」
崩れた足元をヒールで歩くのは大変だった。一応、聖女であるユリアには、この奥に何かがあるとわかっていた。上にはもう戻れない以上、とりあえずそれを目標にして進むしかない。
そして予感の通り灯りが見えてきた。それも人工的なものだとユリアにはわかった。
大きな空間の中には2人の男性がいる。綺麗で白く長い髪を軽く結んだ美しい男性と、片方の耳が千切れた小汚いやせ細った男だった。
ユリアはすぐに方針を固めた。
「あの……すみません……」
よろよろと入口にもたれかかる。か弱く怯えた令嬢を演じたのだ。
中にいた2人は振り返り目を丸くしていた。ユリアはこの反応を見て2人が自分を聖女だと知っているとわかった。
「どうしてここに……」
ふり絞るような声で小汚い男が尋ねた。だがユリアは美しい男の方を向いて、その男を視界にすら入れなかった。
「ここはどこでしょうか……」
そのまま地面にへたり込む。だが2人とも側に駆け寄ってはこない。
(私が高貴な人間だからって遠慮しすぎじゃない?)
チラっと2人の方を見ると、美しい男は無表情だった。それから何か考えるようなポーズになったと思ったら、
「ねぇちょっとそこで祈ってみてよ」
不躾にも聖女へと言い放った。隣にいる男もビックリするような表情で見ていた。
「は?」
ユリアは久しぶりに自分は下に見られているのだと気がついた。そんなこと今ではもう耐えられない。
(なんなのあの男! ちょっと顔がいいからって舐めやがって!)
「貴方はご存知ないかもしれないけど、祈りは祈りの間じゃなきゃダメなのよ?……私は聖女だからわかるの」
聖女という単語を出して相手を威嚇した。だがその言葉に相手は全く畏怖することはなかった。
「いや、ここ祈りの間の真下だし大丈夫。作った人間がそう言ってるから問題ない」
そう言うと、少し息を吐いて右手を上げる。
「は~い! いいから祈りのポーズとって~!」
そう言って以前二度も大賢者にやられた、他人の体を操り人形のように動かす魔術で、ユリアは膝をついた祈りのポーズをとらされた。
(動けない!)
体はピクリとも動かせなかった。言葉すら発することができない。そして体どころか勝手に祈りの魔術も発動していた。体から真っ白い光が漏れ出る。
壁や地面にはめ込まれている大きな宝石がリズミカルに点滅し始めた。
「うーん……これは再起動かな~」
そう言いながらヒョイッと手を振ったかと思うと、ユリアにかかっていた魔術が解けた。
「なにすんのよ! 聖女にこんなことしていいと思ってんの!? もう祈ってやらないわ! お前のせいだから! お前のせいで祈らないんだからな!!!」
そう言って美しい男を責め立てるが、相手はユリアが言っている言葉の意味がわからないようだった。
「いやもうだいぶ前から祈ってないでしょ?」
「どこにそんな証拠があんのよ!?」
「ここに。ていうか、本気で祈らせようと思ったらいくらでも方法はあるのに……今だって僕の魔術で祈ったばかりじゃない。30秒前の記憶もないの?」
本気で心配そうな顔でユリアを見ていた。
「ユリア……どうして祈るのをやめたんだ……大変なことになってるんだぞ!?」
急に小汚い男がユリアに喋りかけた。彼女はあからさまに嫌そうな顔をした。その男も、質問の内容も気に入らなかったのだ。
「あんたには関係ないでしょ」
このセリフでカイルの質問は肯定された。
「そんな! 君は王もアルベルトも裏切って、その上国民の命を脅かしているんだぞ!」
ユリアはビックリと目を見開いた。なぜこの小汚い男がユリアの裏切りを知っているのかと。急いでその男を観察すると、どこかで見たことのある顔だとわかった。
「カイル!?」
「……今気が付いたのか」
項垂れるカイルの肩に、ジークボルトはそっと手を置いた。
ユリアはもう隠し事は無意味だとわかった。演技をするのもやめることにした。
「つーかあんた生きてたんだ。父親は母親に殺されたって聞いてる?」
馬鹿にするように笑った。明らかにカイルを傷つけようとする言葉だった。
「ボロボロじゃん。そんな姿で生きてて楽しい? 私無理だわ~そんな姿になって生きるなんて無理~キモッ!」
カイルが弱々しく視線を落とした。それで勝ったと思ったのだろう。醜い笑顔が顔いっぱいに広がっていた。
カイルに代わってジークボルトが少し遠くを見ながら話しかけた。
「それで君はどうして祈るのをやめたんだい? 魔物がきたら君だって危ないだろう?」
ユリアはカイルを傷つけることに成功して気分がよくなったようだった。
「私は大丈夫。この世界のヒロインだもの。ヒロインは必ずヒーローが助けに来てくれるのよ?」
「ヒーローってアルベルト王太子かい?」
「アハハ! あんな負け犬! 私と大賢者様の愛の障害でしかないわよ!」
そしてこの広い空間中に響き渡るように叫んだ。
「こんな王国いらないわよ! 私は帝国に行くわ! 帝都の大都会で大賢者に愛されながら生きていくの!」
その言葉を入口の側にいたアルベルトは確かに聞いた。
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