第55話 地中

 道中ジークボルトは、なかなか楽しい時間を過ごした。カイルのような頭で考えるより先に手が出るタイプとの会話は久しぶりだったのだ。

 彼のところに来るのは大体彼に教えを乞うために事前準備を怠らない学者や魔術師、そして能力のある限られた高官だけだった。


「剣術と相性のいい魔術ね~~~」

「はい……改めて勉強しなおそうかと」

「そんなの無数にあるけど、そもそも君、魔術は苦手なんだろ?」

「苦手だからとサボった結果、こんなことになってしまったので……」


 自虐的に笑いながらカイルは答えた。


「いいじゃん! 剣術を極めれば!」

「いやその……レミリア嬢に剣術の幅が広がると以前言われて……」

「だいたいの人間の初動は魔術より剣術の方が早いだろ? それに人間なんて魔力なくなっちゃったらもう腕っぷしに頼るしかないし、君はそういうタイミングで活躍する剣士になればいいじゃない!」


 アハハと笑いながら、レミリアの意見など気にせず持論を展開するジークボルトを、意外そうな顔でカイルは見つめた。

 ジークボルトはそれに気がついて、


「別に答えなんてないんだよ。たまたま上手くいったらそれが正しくなるだけ!」


 そう言ってポンとカイルの背中を叩いた。


「レミリアはレミリア、僕は僕、そして君は君! 好きに生きなよ!」

「……そんなことはもう許されません」

「それを決めるのも君自身だね」


 そう言うと同時にジークボルトは目線の先に探していたものを見つけた。カイルはまた戸惑っていた。彼はレミリア側の人間なのに、先入観も持たずに自分に向き合って話してくれる。


「僕はレミリアの味方だけど、君の敵ではないからね」


 小さく竜が彫り込まれている角を曲がると、遠くで青白く光る空間が見えた。


「あー! ここだここだ!」


 ついに大賢者ジークボルトは目的の場所に辿り着いた。


 カイルは叫びそうになるのをグッとこらえた。ドーム状の大空間の中は床にも壁にも細かな魔法陣が描き込まれていた。所々に大きな宝石も埋め込まれていてそれがリズミカルに光っている。

 そうしてなにより、部屋の中心に見たこともないほど大きな竜が横たわっていた。眠っているように見えた。


「大丈夫。もう死んでるから」


 そう言いながら竜に優しく触れた後、部屋の奥にある机の上を確認し始めた。壁に描かれている魔法陣より更に細かな模様が描かれたプレートに手を触れると、文字のようなものが光って反応しているのがわかる。


「んん~やっぱりこれ、壊れてないよなぁ……」


 ぶつぶつと1人事を言うジークボルトの近くに、カイルが横目で巨大な竜を確認しながら小走りで近づいた。


「ああ! やっぱり祈ってないのか! いやでも……前の聖女が頑張ったんだなぁ大変だっただろうに」

「え?」


 カイルはジークボルトがいったい何の話をしているのかわからなかったが、『祈り』という単語が気になった。この国で祈りといって最初に思い浮かべるのは、聖女の結界の為の祈りだったからだ。


「いやさぁ~ここ最近、結界がちゃんと機能してなかったじゃない? 千年保証です! って言っちゃてたこと思い出してね。あと1年くらいだけどさ。それで気になって確認しにきたんだけど、しっかりココは機能してたよ。壊れてなかった」


 よかったよかったと独り言のようにいいながら、他に問題がないかチェックを進めていた。だが、カイルは平常心ではいられない。


「あの! どういうことでしょうか……? 祈ってないって……」


 想像だけで血の気が引く思いだった。


「ん? えっとね、聖女の祈りのシステムは僕が……じゃなくて大賢者が作ったんだけどね。結界に大穴が開いたのは今の聖女が祈ってないからだったんだ。ギリギリ保ててるのは前の聖女の力だねぇ。命がけだっただろうに……」


 少しだけ悲しそうな顔をして、ジークボルトは操作を続けていた。


「そんな! ユリアはアルベルトや王を裏切っていただけでなく、聖女としての祈りすら放棄してたということですか!?」

「そうだよ~」


 そこにはあまり興味がなかったようだ。


「うーん……でもそろそろまずいね」


 急にこの大きな空間に鐘の音が響いた。魔法陣が全て発光し、カイルは目の奥が痛くなる。


 ゴーンという鐘の音も止まる気配がない。


 どんどん大きくなる鐘の音に、カイルは頭が割れれそうだ。だが、うっと声を漏らすとそれが急激に治っていった。ジークボルトが防御魔法をかけてくれたのだ。


「ごめんごめん忘れてたよ」


 申し訳なさそうに謝る姿をみて、カイルはさらに混乱し始めていた。彼はレミリア側の人間なのに、レミリアに憎まれている自分にとても親切だった。

 そうしてやっと、言葉通り彼は自分のやりたいようにやっているのだと気がついたのだ。


(レミリアはレミリア、僕は僕、君は君……ユリアはユリアだったのに……)


 ユリアの敵は自分の敵だと、周囲を執拗に攻撃した自分を急に酷く恥ずかしく感じた。もっと他にユリアへの寄り添い方があったはずなのに。だがそれすらこの大賢者の従者は、好きにしたらいいと言うのだろうと、カイルは少し寂しく笑った。


 鐘の音が鳴りやみ、部屋中の光が消えた。世界は真っ暗になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る