第40話 騎士団長の息子

 カイル・バークは騎士団長の息子だ。剣の腕だけなら王太子を上回り、学園では右に出るものがいなかった。それは日夜厳しい訓練を父親と重ねていたからである。彼は魔術や勉強が得意ではないと自覚していたので、せめて剣術だけは誰にも負けないよう努力を惜しまなかった。


「お前の剣はきっと誰かを守れる剣だ。自信を持ちなさい」


 魔術も勉強も出来ないと落ち込むカイルに父親はいつもそう励ましの言葉をかけていた。


 カイルは父親を尊敬していた。父親は剣術だけでなく魔術も勉強も得意で、部下からも平民からも強く慕われていた。彼の父が騎士団長になってから、平民上がりの騎士も増え、初めこそ貴族優位の感覚がある騎士団の世界で反発はあったが、根気よく説明や説得を行い続け、いつしか実力のある平民が騎士になることがあたり前になっていった。


「カイル、貴族の身分など、たまたまそこに生まれたから持っているに過ぎない。それを忘れてはならんぞ」

「はい! 父上!」


 そういう家に生まれたからこそ、平民出身のユリアには最初から好意的だった。平民には家庭教師もつかないのに勉強はカイルより優秀だったし、なにより回復魔法が得意だった。聖女はそういう人間から誕生することが多い。だからカイルは期待していた。そして期待通り彼の愛した女性が聖女となった時はそれはもう大喜びだった。


「これからはカイルと一緒にこの国を守れるわ!」


 そう言って手を重ねてくるユリアと見つめ合い、どんなことがあっても絶対に彼女を守ると心に誓ったのだった。


「ごめんなさいカイル……私はアルと……」

「……いいんだユリア。どうか幸せになってくれ」


 だからユリアに選ばれないことにショックは受けつつも、彼女の愛を真剣に応援した。


(オレは彼女と一緒にこの国を守るんだ)


 カイルにとってそれが人生の喜びになると思っていた。


「これ以上あの聖女には近づくな」


 だから尊敬する父親がそう言った時は耳を疑った。


「なぜです! 彼女はこの国の次期聖女になるのですよ! 我々と協力し、そして守るべき存在です!」


 騎士団長は気が付いていたのだ。息子がその聖女にいいように操られ、国の為に必死で勉学に励んでいた女性を国外追放にまで追い込んだことに。彼は自責の念に囚われ、ただ息子を叱責した。自分の教育が悪かったせいでこのようなことになったのだと思わずにいられなかった。

 

 この話し合いは曖昧なままに終わってしまった。各地で魔物の侵入が相次ぎ、騎士団を派遣したり、自ら出向く必要が出てきたのだ。

 騎士団に所属する兵士達、まだ1年目の者は王都とその周辺の警備に就いていたのでカイルとは離れ離れだった。


 次に会った時、疲労と絶望に包まれた表情で騎士団長は息子に告げた。


「二度とこの家を出ることは許さん」


 王の名でレミリアへの正式な謝罪文が発行されたのだ。それを見た騎士団長は『やはり』と言う気持ちが大きかった。そして心の奥では息子より、たまに見かけていたあの令嬢の方を信じていた自分を恥じた。自分が心から信用できる息子に育てなかったことが許せなった。


「グレンが陛下に嘘をついたのです! あの悪女が聖女を陥れたは本当です!」

「……証拠はあるのか」

「聖女がそう言っていたのです! これ以上の証拠があるでしょうか!」

「お前自身の目でレミリア嬢が聖女をいたぶる姿をみたのかと聞いている」

「いいえ! ですが……」

「もういい! しゃべるな! 聞くに堪えん……!」


(長所を伸ばすだけではなく、短所も改善するべきだった)

 

 信用の出来る部下から自分の息子の評価を聞いた時は愕然とした。学園では不用意な暴力を振るい、聖女に注意を促す生徒達を黙らせ、それを庇おうとするレミリアにも剣を抜いたと聞いて震えた。


「しかしレミリア様から返り討ちにあったようでして……」


 当然だ。剣術だけでは魔術には勝てない。だから剣の実力は一流のカイルでも実践には連れていけなかった。


 カイルは騎士団の中でも居場所をなくしていっていた。彼はそれまで父親の威光で傍若無人な振る舞いも許されていた。だがその父親が部下たちに厳命を出した。


「誰の息子であっても、実力に応じた態度で接すること」


 そうして周囲の態度の変化に戸惑ったカイルは自宅謹慎になったことをいいことに、騎士団には向かわず城へ入り浸るようになっていた。目を光らせる父親も今は遠方にいる。


「聞いてカイル……私の力が足りないからって騎士団の人達が責めるの……私はちゃんとやっているのに……」

「なんて奴らだ! オレが父上に言って罰を与えてもらおう!」

「そんな……そんなつもりじゃないの……! ただ貴方に聞いてもらいたくて……」

「いいんだユリア! そんな奴ら騎士の風上にも置けん! お守りするべき聖女様になんて態度だ!」


 ユリアはカイルのこの態度を気に入っていた。すぐに自分の欲しい言葉をくれる。だからまだ側に置いていた。


「でもカイル……お父さんから謹慎するように言われたんでしょう?」

「はは! 父上も立場上しかたなく言っただけさ!」


 カイルの目は曇ったままだった。

 

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