第39話 聖女の儀式

 聖女ユリアは苛立っていた。


「なんで聖女の儀式がこんなにショボいの!?」


 儀式当日だというのにずっと不機嫌だった。


「衣装もダサいし」


 衣装のせいで鏡の中の自分まで垢抜けないと、ますますむくれていた。


 そもそも、正式に聖女になるのをずっと渋っていた。前聖女が戻ってくると信じて耐えていたのに、ついに彼女はそのまま亡くなってしまった。

 彼女の亡骸は教会の聖女のみが入ることができる、祈りの間にしばらく安置された。それが彼女の最期の願いだったのだ。同じ聖女のユリアには彼女が死して尚、この国の為に祈っていることがわかった。


(嫌味なババア! 最期の最期までムカつくわ)


 祈りの間に入る度にユリアはその棺を蹴った。


(アルの嘘つき!)


 聖女の儀式の参加者は歴代で1番少なかった。多くの貴族が自領の復興に忙しいと参加を断る手紙を寄越した。

 国外の参加者に至っては誰1人として元首クラスが来ることはなかった。隣国ベルーガ帝国は外交を担う高官のが参加したが、他国に比べればマシな方だった。もちろん、お目当ての大賢者からは早々に断りの連絡が入っている。


「誰のおかげで無事に暮らせてると思ってるのよ!!!」


 直前にそれ知ったユリアの怒りは凄まじかった。手当たり次第モノを投げつけ、部屋が派手に荒れていた。

 この国の頂点に立った婚約者アルベルトに頼ってもダメだった。彼の父親がトップにいた時よりさらに待遇が悪くなっていくのがわかり、いよいよ魅力を感じなくなっていった。


(やっぱり大賢者様の方がいいわ……!)


 会うたびにレミリアは輝きを増していた。隣にいる男のレベルもユリアのよりずっと上だった。ユリアのアルベルトより顔も良く、背も高く、筋肉もあって、何より人気がある。それにレミリアは周囲からチヤホヤされ、自由に国内外を出入りしていた。しかもどうやら大富豪でもあるらしい。


(そのポジションにいるべきなのは私よ! この世界のヒロインよ!)


 ユリアは自分がこの世界の中心だと信じて疑わなかった。全く、少しも疑わなかった。


 だから王太子との結婚にも消極的だった。もっと幸せに、誰よりも幸せになれると信じていたからだ。自分ヒロインは世界で1番幸せで、羨望の的であるべきだと。


「今は国が大変でしょう?」


 そう言って誤魔化したが、アルベルトはユリアが華やかなものが好きだと知っているので国の為に我慢しているのだと前向きに捉えていた。


(何とかジークボルトに会わなきゃ)


 彼が自分に振り向かないのは近くにレミリアがいるせいだと本気で思っていた。彼と2人きりになればすぐにでも大賢者は自分を好きになる自信がある。


(だって私はこの世界のヒロインよ?)


 ただそれだけが彼女の自信の根源だった。実際この国の王太子も、従者も、公爵家の嫡男も、騎士団長の息子も、何の苦労もなく自分を愛した。一心にヒロインの愛を求めていた。


 だが聖女はこの王都から出ることは出来ない。毎日の祈りが必要だからだ。残念ながらユリアから大賢者へ会いには行けない。その上、聖女の名前で王国へ招待しても断られる始末。


(あの悪役令嬢が邪魔してるに決まってる!)


 悪役令嬢とは本来そういうものだ。ヒロイン達の『真実の愛』の障害として立ち塞がる。王太子の時はむしろ邪魔をしないのが邪魔だった。今度はしっかり悪役令嬢らしく自分とジークボルトとの真実の愛を邪魔しているに違いないと疑わない。


 ユリアはどうやったらまた大賢者に会えるかを考えた。前回はこの国のピンチに颯爽と助けに現れたのだ。そして実際スマートに問題を解決した。


「またこっちに来てもらえばいいんだわ」


 公的の行事には悪役令嬢に騙されてくることはないが、有事の際には助けてくれる。そういう正義感に溢れ、素晴らしく優しい人だと認識していた。


(ヒロインがピンチの時に現れるのがヒーローなのよ!)


 だから彼女は祈るのを辞めることにした。王都にまで魔物が来るのは困るから、少しずつ祈る回数を減らすのだ。少しずつ結界の力を弱めれば、じわじわと王国の領土は魔物の進行される。そうすれば王都にたどり着く前にジークボルトは助けに来てくれるだろうと考えたのだ。愛するヒロインの自分を救うために。


(どうせ魔物の森に近い領地は納税額が少ないって言ってたし……なくなってもいいでしょ)


 彼女にとって金にならない人民などどうでもよかった。自分が贅沢出来ないのも、こういうところに国の金をばらまいているからだと聞いていた。ならそんな領地はなくしてしまった方がいい、という考えだった。


 むしろ、この王国が滅んでもかまわない。そうすれば自分は聖女の仕事をしなくていい。ヒロインは大賢者の側にいれば人生安泰だ。永遠に若い姿のイケメンに愛され、贅沢な暮らしが約束されている。


 そう心に決めたユリアは、晴れやかな顔になった。自分の未来に希望がみえたからだ。つい今さっきまで、この落ちぶれた国で聖女なんて務めを果たすのが嫌で嫌でしかたなかった。


 ユリアは大人しく聖女の儀式を終わらせ、周囲をホッとさせたのだった。


 彼女の頭の中は、ピンチに陥った自分を助けに来るジークボルトとの妄想でいっぱいになっていった。2人で苦難を乗り越え、愛し合うところまでシミュレーションをしていた。


(ああ……早く会いたい!)


 聖女が結界を張るために入る祈りの間で、ただその妄想にいそしむだけのユリアはとても幸せそうな顔をしていた。

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