第62話 お別れ

 アルベルトの目に光はなかった。アレンは目を伏せ、そっとレミリアを自分の方へと引き寄せる。


「クソ女ぁぁぁ! はーなーれーろぉぉぉ!」


 ユリアはこの期に及んでアレンに執着していた。だが、目の前にアルベルトが立ち塞がる。


「どけ! どけよ!!!」

「さようならユリア」


 何の感情もこもっていないような声だった。


 そうしてアルベルトがユリアの肩を押した。


 そのまま後ろに倒れた彼女がアルベルトに怒りの言葉をぶつけるより前に、憎しみに満ちた表情の人々が彼女に群がった。


「イギャァァァァ! 痛い! 痛いよぉぉぉ! やめてぇぇぇ! ヤダヤダヤダァァァ!!!」


 短剣で刺す者、杖で叩きつける者、拳で殴りつける者、足で踏みつける者、ただひたすら聖女ユリアを傷つけるために一心不乱に暴力を振るった。その内回復魔法も追いつかなくなったようだ。


 聖女ユリアの叫び声は止まった。


 ユリアだった者の残骸は大広間に横たわっていた。顔どころか性別の区別もつかない。手足がありえない方向へ向き、美しかった衣類はボロ雑巾のように千切れ、血と内臓が飛び散っていた。


「帰ろう」


 アレンがレミリアに声をかけた。




 それからしばらくして、マリロイド王国はベルーガ帝国へ併合された。各地に爵位を持つレミリアの旧友達がいたことや、ベルーガ帝国へ恩を感じる民が多かったこともあり、大きな混乱はなかった。


 帝国と併合したことにより、マリロイドは急速にかつての姿を取り戻し始めていた。


 レミリアはジークボルトとの約束通り、聖女としての務めを果たした。アレンとフロイドは頻繁にを訪れた。復興と再建の為と理由を付けていたが、単純にレミリアに会いたかったのだ。


「レミリア様、お役目が終わったら必ず戻ってきてくださいね!?」

「もうここも帝国の一部じゃないの」

「それはそうですけど……気持ち的にこう……」

「フロイドがそんなこと言うなんて珍しいわね!」

「あの後私、なかなか大変だったんですよ!?」


 フロイドは辺境伯からもヨルムからもいいようにこき使われた上、その後帝国へレミリアを連れて戻らなかったことで大目玉をくらったらしかった。


「ごめんごめん! 約束通り戻るわ。私だってあの家が好きだもの」

「ならいいんですけど……」


 いつものように困ったように笑うフロイドを見て、レミリアは安心した。


「魔物の森、結界用の魔道具の設置は進んでるってよ」


 珍しくジークボルトが積極的に動いて、聖女の結界……地竜の魔力が尽きるより前にマリロイドを囲む魔物の森を抑え込むために動いていた。


「いっそのこと魔物の森を消滅させる手もあるんだけど。ここはもう資源だから」


 ジークボルトの言う通り、最近では辺境領に世界中から冒険者達が集まり始めていた。魔物の森で育つ植物や魔物からとれる素材に価値が出始めているのだ。


「ガハハハッ! ここにきて笑いが止まらんですわ!」


 自領がかつてない活気にあふれ初め、辺境伯は上機嫌だった。そしてその辺境伯の元では、グレンがその力を発揮させ始めている。そこにはロニーの姿もあった。

 ロニーは母を失った男爵領から王都に戻る気には到底なれず、魔物から命からがら生き残った人や子供達を守りながら辺境領を目指していた。ちょうどレミリア達に助けられた一団と合流し、無事に辺境領へたどり着いた後、難民達を上手く取りまとめていた。


「ロニーがねぇ」


 その話をフロイドから聞いたレミリアは、以前と違い不快感が襲ってこなかったことに気が付いた。


「しばらく泣かせに行く必要はなさそうね」


 レミリアは満足そうに呟いた。


「それにしてもお前、本当に国を潰しちゃったなあ」

「え~!? ほとんど自滅じゃない。もっとこう……やってやった! って手応えを求めてたんだけど」


 マリロイド王国とベルーガ帝国併合の橋渡しはレミリアがおこなった。マリロイド王国にはもう国を復興させる財源も人材もなかった。どの道王国は帝国に頼らないのならもう滅ぶしかなかったが、彼女のおかげて実にスムーズに、なおかつ王国民は君主が変わる以外特段大きな変化はなかった。


「そういえばカイルが師匠のとこに挨拶に来たってよ」

「私の所にも来たわ」


 カイルは国を出た。自分で自分を国外追放にしたのだ。

 彼の母親はスタンピードの後も生き残っていた。そして息子が生きているのを確認した後、自死したのだった。


「殺してくれ~って言われたんだろ?」

「そんな後味の悪いことやらせんな! って怒鳴ってやったわ」


 カイルにはそれ以上の責任の取り方がわからなかったのだ。


「じゃあオレはどうやって責任を取れば……」

「知らないわよ! 自分で考えろって前も言ったでしょ!」


 カイルは言われた通り自分であれこれ考えた結果、レミリアと同じ罪状である国外追放を自分に課すことにした。


「もう二度とレミリア嬢の前には現れません。本当に申し訳ございませんでした」


 深く深く頭を下げた。


「自分で自分を許せたらまた戻ってくればいいわ。その時まだ自分でなんにも考えられないような人間だったら、今度は私がちゃんと国外追放にしてやるから」


 カイルはきょとんとしていた。


「言葉の意味は国を出てから考えて」


 レミリアは呆れ顔でカイルを部屋から追い出した。




「随分優しいじゃん」


 その話を聞いて、ニヤリと笑いながらアレンが茶化した。


「まあ、命の恩人といえば恩人だからね」


 ユリアに刺されそうになった時、カイルが反応してくれていなかったら実際どうなっていたかわからないのだ。その出来事が悔しくもあったが、同時にレミリアはもうこれ以上カイルを傷付けたいと思わなくなっていた。


「大賢者様、よろしいでしょうか」

「ああ。行くよ」


 お付きの者が大賢者を呼びに来た。アレンもマリロイド領で忙しく働いている。


「あーあ。お前に会いに来る口実にしてるからっていいように使ってくれるよ」

「ちゃっちゃと働いてちょうだい」


 今度はレミリアがニヤリと笑顔で送り出した。


「早く帰って来いよ~」

「わかってるって!」


 こうやってしょっちゅう誰かが会いに来てくれるので、レミリアは生まれて初めてマリロイドの地で楽しく暮らしていたのだ。

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