最終話 家路
ついにレミリアは聖女としての期間を終えた。無事に結界用の魔道具の設置も終わり、ただその日を待つだけだった。
最後の日、レミリアとアレンは地竜が眠っている地下の大空間へと降りて行く。2人とも、黙ったままだった。
「やあ来たね」
ジークボルトは愛おしそうに地竜を撫でていた。
「レミリアのお陰で僕も約束を果たすことができたよ」
これまで見たことのない、寂しそうな笑顔だ。
地竜の体がキラキラと光りで包まれはじめ、小さな火花が周りに咲き始めた。それは聖女誕生の際の光ととても良く似ている。
そしてそのまま、何も残さずに消え去った。地下の大空間の光と共に。
「先生、地竜は……」
「うん。無事彼の望む通りになったよ」
こうして地竜は千年かけて自分の存在をこの世から消し去った。
「さあここを片付けたら僕も屋敷に帰ろうかな! 2人も早く戻ってきてね!」
「へーい」
アレンは敢えていつも通りに振る舞う。
「ヨルムは呼ばないんですか?」
「うーん……ヨルム、張り切って色々壊しかねないからねぇ。再利用出来るものもあるし、運ぶ時にでも呼ぶよ」
ヨルムはまだ辺境領にいた。どうやらその土地が気に入ったようだ。辺境伯もうまく彼をコントロールし、できるだけ長くこの土地にとどめようとしていた。
「しごき甲斐のある人の子もいるし、退屈せんな!」
「ガハハ! 流石ヨルム様! 見る目がおありだ! ですがまた実力を試すと言ってグレン殿とロニー殿を森の中に放置するのは困りますぞ! 来週はギルド建設と教会再建の打ち合わせもありますのでな!」
近くにいたグレンもロニーはビクリと体を震わせた。先日急にもの凄い力で体を捉えられ、魔の森にぽーい! と、何の装備もなく投げ捨てられたのだ。
「ム。仕方がない。魔物狩りにでも行くか」
「おぉ! ではビルドフィッシュを是非! あれの肝は美味ですぞ~」
「先日食したアレか! アレは美味かった! よしよし、今から狩ってこよう!」
そう行ってバタバタと部屋を飛び出していった。
「ビルドフィッシュの生息地はこの領の反対側ですが……」
「いやなに。最近この辺りの魔物がごっそり減ってるからな。反対側から追い立ててもらっておいた方がいいだろう」
辺境伯はまたガハハと大笑いした。
レミリアはアルベルトとの最後の話し合いに向かっていた。
「別についてこなくて大丈夫よ?」
「いいだろ~オレに聞かれたら困る話でもあんのかよ~?」
拗ねたような口調だった。
最近は聖女としての最後の引き継ぎも含めて、アルベルトと一緒に過ごすことが多い。アルベルトは大賢者の件も含めて多くのことを知っているから話が早いのだ。
8年間婚約者だった時間は案外馬鹿に出来ず、2人とも感情を抜きにしてスムーズに話を進めた。
「まあ別にいいけど~」
レミリアはこのアレンのヤキモチが嬉しかった。いつも余裕綽々な分、この意外性が可愛いと感じた。
マリロイド領のトップにはギルバートでもアルベルトでもなく、彼の従兄弟が立つことになった。宰相が補佐として入っているので、ここも特段問題はない。
「あんたから国も権力も奪ってやったわ!」
「そうだな」
国が併合されると決まった時、レミリアが勝ち誇ったように宣言してもアルベルトは無感情だった。
「……つまんない」
アルベルトはユリアの死からずっとこの調子だった。彼は国も、未来も、愛する人も失っていた。それでも遅れて芽生えた王国民を想う気持ちが、最後の政務をこなすエネルギーとなっていた。
「レミリア、少し聞きたいんだが……」
「何?」
書類に向かいながらいつもの調子で返事をした。政務に関する質問だと思ったのだ。
「ユリアと俺が2人でいた時、ヤキモチは妬いたか?」
「いや全然」
思った内容と違って驚きはしたが即答した。レミリアは過去に一度もアルベルトに対して恋心を抱いたことはない。
「ハハ……やっぱりな」
久しぶりに表情を動かしたアルベルトは自分でも少し驚いたようだった。
「ユリアが……レミリアがヤキモチを妬いて自分を虐めるんだと言った時、少し嬉しかった……そういう気持ちが君にもあるのだと思い込みたかったんだ」
アルベルトはレミリアに対してそういう気持ちを抱いていたのだ。そして彼女が自分に男として全く関心がないことも知っていた。だから彼も必死で気持ちを隠した。そして結局彼の恋心は歪んでしまった。ユリアはそこにつけ込み、彼がレミリアから得られなかったもの全てを与えたのだ。
「……あんたこれからどうするつもりなの?」
レミリアは不安だった。アルベルトの事も憎んでいたはずなのに、今はもうユリアのようになって欲しくないと思っている。
「俺は君を冤罪にかけ殺そうとした。俺はユリアを殺した。その罪を償うよ。約束通り」
アルベルトは彼の望む通り裁きを受けることが出来ないでいた。レミリアの件は内容の有無はともかく対外的には謝罪文で終わったことになっていたし、ユリアの件は国がなくなりそれどころではなかったのだ。彼女の為に王子を責め立てる人間もいなかった。
だからアルベルトは自分で自分の始末をつけようとしていた。間もなく彼の最後の役目も終わる。それが終わった後のことはすでに決めているようだった。
「変な心配をレミリアにかけんなよ」
珍しくアレンが口を出してきた。これまでも何度か同席していたが、一度もこんなことはなかった。表情も明らかに怒っている。レミリアが不安そうな表情を浮かべていたのが気に食わなくて仕方がなかったのだ。
「かまってちゃんかよ! 消えるなら勝手に消えればいいのにわざわざレミリアに罪悪感抱かせるんじゃねぇ!」
アルベルトは苦しそうな表情をしていた。彼はもう全ての記憶を消してしまいたかった。この記憶を持ったまま生きているのが苦しくて苦しくて仕方がなかったのだ。
「アレン……」
(誰かに守ってもらうのって申し訳ないけど、嬉しいものね……でも)
でも、レミリアには性に合わないことだった。大きく深呼吸をする。
「あんた何様~? もう王子様でもないですけど~? 私の方が偉いですけど~? お望みなら私が裁いてあげるわよ!!!」
「え?」
ポカンと口を開けたままのアルベルトを畳み掛ける。
「え? じゃないわよ。あんた私に借りがあるでしょ。それも返しきれないくらいの借りよ!」
「そ、そうだが……」
「はい決めた! アルベルト、あんたは国外追放ね! 帝国の外よ帝国の! ついでにカイルの面倒みなさい!」
「あいつ、あっという間に誰かに騙されて身ぐるみ全部剥がされそうだもんな~」
アレンが笑った。
「勝手に命を捨てるのは禁止ね。楽になんてさせてあげない。それが罰よ」
「……わかった」
アルベルトは頭を下げた。頬に涙が伝っていた。それが何の涙なのかはわからなかった。
1週間後、アルベルトは1人この国を去った。
「やーーーっと家に帰れる~!」
リュークに思いっきり頬擦りしながらレミリアは満面の笑みだった。
「早く行くぞ! じゃないとまた挨拶だなんだって人が群がってくる!」
「ハーイ」
レミリアは家路につく。アレンと2人で。屋敷にはジークボルトがもういるだろうか。フロイドもそわそわしながら待っているかもしれない。
上空からみるマリロイドは以前よりも美しく見えた。だけど帰る場所は別にある。レミリアはそれが何より素晴らしいことに思えたのだった。
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