第61話 報復

 暗い地下通路をひたすら走り続けていると、ユリアは上へと上がる階段を見つけた。


「ハァ……ハァ……」


 足はボロボロになっていた。途中でヒールを脱いで走ったからだ。


(ムカつくムカつくムカつくー!!! なんで私がこんな目にあうのよ!!!)


 肩で息をしたまま、その階段を上っていく。とりあえず逃げなければ。アルベルトは裁きを受けさせると言っていた。聖女が祈りを辞めた場合どんな裁きが下るかはわからないが、これだけ多くの人が死んでいる以上、簡単に許されるものではないことはユリアにも想像がつく。


 階段はどこまでも続いているように感じる。途中休憩していると、下から足音が響いてくるのが聞こえた。


(アル達だ……!)


 ユリアはまた急いで階段を駆け上がった。そしてついに扉が現れる。隙間から明かりが漏れその形がハッキリしていた。ようやく地上に出ることができたのだ。

 勢いよくその扉を開けると、そこは見覚えのある場所だった。


「ここ……学園?」


 大きな絵画の後ろから飛び出したユリアに、その場にいた人々が驚いて注目していた。たくさんの避難民がユリア達が卒業式の前夜祭で過ごした大広間で、身を寄せ合ってただ祈っていた。


「なぜ聖女がここに?」


 ユリアは決して歓迎されていない。本来なら彼女は今こそ祈りの間にいる必要があるからだ。


「やっぱり逃げ出してたんだ!」


 ヒソヒソと騒つく広間の中から、大声でユリアを非難する声が響いた。結界崩壊を知らせに来た教会の侍女だった。


「地震の後、心配で祈りの間にいったら扉が壊れてて……部屋の中には誰もいなかった!」


 あまりの怒りに涙を流しながら叫んでいた。


「それにこの人は結界に大穴が開いた時だって嬉しそうにしてた! 本当は最初から結界を崩壊させるつもりだったんだ!」


 聖女の素行の悪さは以前から大きな話題の1つだ。誰も侍女の話を疑いわしなかった。


「なんだと!?」

「聖女が祈りもせず何をしていたんだ!!?」


 その怒りは広間にいる人々にどんどん伝染していった。広い天井に怒号が響きわたる。


「ちが……」


 ユリアは一生懸命否定の言葉を考えるが、突然の出来事にうまく頭が働かない。


 その時ユリアに続いてアルベルト達が大広間に入ってきた。ユリアに聞こえるように大声で呼びかけている。


「ユリア! いい加減逃げるのはやめろ! 罪を認めて裁きを受けるんだ!」


 急な明かりに目を細めながらここがどこか確認した。


「学園に繋がっていたのか……」


 そしてすぐに空気が怒りで満ちている事に気がついた。


「王太子様!?」

「逃げる聖女を追いかけてきたのか」


 アルベルトに続いてアレン、少し遅れて息を切らしながらレミリアが扉から出てきた。カイルとジークボルトはまだ結界魔道具の大空間であれこれと調整している。


「レミリア様だ!」

 

 ユリアの時とは違い、レミリアの顔を見た人々は嬉しそうな、安心したような声を出した。レミリアも知った顔があった。孤児院出身者や、以前公務で出会った職人、学園の同級生もいた。


(よかった……ちゃんと生き残ってる人達もいて……)


 だが聖女への怒りが止まらない者達が溢れている。


「王太子様! 聖女への裁きとはどういう事ですか!?」


 人々は何もわかっていなかったわけではない。ユリアが聖女として現れてからこの国が少しずつおかしくなっていった事を。彼女が1日としてまともな結界が維持できていないことも。

 そして先ほどのアルベルトの言葉でそれは確信へと変わっていった。


 聖女には裁かれるべき罪がある


(ヤバい!)


 不安と恐怖と怒りで収集がつかなくなる。アルベルトもレミリアもアレンもそう思った。


「安心してくれ! 新しい聖女が誕生した! 結界ももう復活してある! 魔物達はここまで入っては来れない!」


 アルベルトは少しでも人々を落ち着かせようと、少しでも安心感を与えたくて必死に訴えかける。

 狙い通り喜び泣き崩れる人、ホッと息をつく人、抱き合って喜ぶ人々の顔が増え始めた。


「もう大丈夫だ!」


 レミリア達もそう思った。もう大丈夫、これ以上傷付く人は出ない。最悪な時は終わったと。


 突然、1人の女性が聖女ユリアの背中にぶつかった。


「ッ!」


 ユリアの背中に短剣が刺さっていた。


「何すんだこのクソ女ぁ!!!」


 ユリアはすぐに自分を回復魔法で治しにかかった。自分を刺した女性を突き飛ばし踏みつける。背中の剣も抜け落ち、音を立てて床に転がった。


「今更結界が戻ってもねぇ! 夫も息子も2度と帰ってこないのよぉ!!!」


 女は顔中から液体が流れ出ていた。そのまま再び剣を拾い上げ、すぐさまユリアを刺した。今度は何度も何度も。


「ぎゃああああ!!! やめろ! やめろぉぉぉ!」


 ユリアは身を捩ってその女から逃げようとする。しかし骨と皮だけの老人に逃げ道を阻まれた。


「オレの娘もだ……魔物に喰われちまった……」

「どけよジジィ!」


 その老人を押し退け、急いでレミリア達の方へ向かってくる。


「助けてぇ!」


 アルベルトの瞳に迷いが生じたのをレミリアは見逃さなかった。そしてそれはレミリアも同じだった。

 今まさに殺されようとしている人間をそのまま見放していいのだろうか。しかし聖女ユリアに憎しみの目を向ける人々をみて思いとどまる。


(あの人達の復讐を止める権利が私にあるの?)


 自分は散々復讐を口にしてきたのに。


 だけど愛する人を助ける邪魔をするのもやめようと、アルベルトの方を横目で確認する。


「助けて大賢者様ぁ!」


 レミリアは隣で元婚約者が伸ばした手が力無く下がっていくのをみた。

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