第60話 修復
王国の兵士達は覚悟を決めていた。今日自分達はここで死ぬのだと。
遠くから地鳴りが聞こえる。もはや人の手で捌くことのできない数の魔物がこちらに向かっているのはわかっていた。涙を目に溜め、震えた手で武器を握る。
「見えたぞぉぉぉ! 武器を構えろぉぉぉ!」
ただ怖いという言葉だけは誰も発しなかった。今ここで自分達が戦わなければ、確実に全国民が死んでしまう。愛する家族や友人達が魔物に食われてしまう。そのことだけはわかっていた。
自分は死んでもかまわない。だけどその代わり愛する人だけは生き残って欲しいと願った。そう思うしかなかった。
「オオオオオ!」
雄叫びを上げ、魔物へ突撃をしようとしたその時、目の前に淡く光る壁が現れた。
「止まれぇぇぇ!!!」
声を上げていたのはギルバート王だった。痩せ細ってはいるが、彼の目からは力強い意思が感じられた。自分の残りの命全てを使ってでもこの国に報いると。
彼の号令で兵士達は結界からはみ出さずにすんだ。大きな音を立てて魔物達が光の壁にぶつかる音が王都中に響く。
結界が防御魔法と違うのは、魔物だけを通さないことだった。人間も武器も、魔術も通るのだ。
「弓兵部隊! 魔術部隊前へ!!!」
一番前方にいた魔物は後方からやってくる魔物達と結界に挟まれて圧死していた。結界の強度にまだ不安のある兵士達は急いでそれを魔術で焼き払う。弓兵は遠くからまだまだ一心不乱に突撃する魔物に向かって矢を放っていた。
「結界が動いてる!?」
しばらく攻撃を続けた後、前方にいた兵士が気付いた。
結界はじわじわと魔物の森の方向へと動いていた。
「おお~出来てる出来てる!」
ジークボルトはいつもの調子でレミリアを褒めていた。
「ちょっ! 集中したいから黙ってください!」
「ごめーん!」
ただ結界を張るのとは違ってそれを動かすとなると、レミリアはどうしたらいいか全くわからなかった。
「イメージ勝負だね!」
(簡単に言ってくれるわ……)
レミリアは散々勉強したマリロイド王国の地図を思い浮かべ、中央にある王都を中心に円を広げていくようイメージをした。そして一気に結界を広げる。
気配を探っているジークボルトが声を上げた。
「ん~この辺かな!」
ジークボルトの合図でレミリアは結界の移動を止めた。ちょうど魔物の森と王都の中間のあたりだった。
「君達が作った防御都市側に逃げてる人もいるしね。それにこのくらい王都から離れてたら我に帰る魔物も増えるかもしれないし」
魔物はこの地下で眠っている地竜に引き寄せられていた。結界が崩壊したことにより、地竜の気配が森中に広がり、地竜を食べようとスタンピードが起こったのだった。再び結界を張った今、地竜の気配はまた魔物にはわからなくなっている。
「……レミリア。お願いがあるんだ」
「なんですか?」
ジークボルトのこんな真面目な顔を初めてみたレミリアは少し身構える。
「あと1年。聖女の仕事を続けてもらえないかな……。それで地竜はこの世界から解放されるんだ……」
「なーんだ。かまいませんよ。っていうか当たり前です。あれだけあのクソ女を責めといて、自分がやらないなんてことはないですよ」
レミリアにとっては大したことのないお願いでホッとしたのもつかの間、新たな問題が発覚した。
「ん!? あと1年で結界がなくなっちゃうんですか!?」
「そうだよ~そういう約束だったから」
「ではその後王国はどうしたら!?」
焦ったのはアルベルトも同じだった。
「それを千年の間に考えるって話だったんだけど……やっぱ何も聞いてない?」
「……はい」
アルベルトは苦々しく答えた。
「そうか……そしたらやっぱり帝国の力を借りる他ないだろうねぇ」
「……帝国側に張ってある結界代わりの魔道具ですか」
「なーんだ君、ちゃんと勉強してるじゃん! レミリアが馬鹿にするからどんなもんかと思ってたけど!」
レミリアはアルベルトから目をそらした。少々気まずかったのだ。アルベルトの馬鹿さ加減をそれなりに盛って話していた。
「大賢者様はなぜ王国を去られたのですか?」
「え? やっぱりわかっちゃった?」
「……わかりますよ」
アルベルトはジークボルトが本物の大賢者だと見破った。カイルは驚いてキョロキョロとしている。
「いや~2代目の国王までは仲良く出来てたんだけど、3代目の王とそれから当時の聖女とも折り合いが悪くってさ~」
少し気まずそうな顔のアルベルトのことは気にせず話し続ける。
「僕が王国を乗っ取ろうとしてる! って冤罪をかけられて国外追放されちゃったんだ! この辺、レミリアと一緒だねぇ! 僕の記録もこの国には残ってないようだし、その時に全部消されちゃったのかな?」
「……誠に申し訳ございませんでした」
アルベルトは泣きそうな表情だった。そしてそのままレミリアの方へ振り向いた。
「レミリア、本当に悪いことをした……俺はユリアと一緒に裁きを受ける。逃げはしない」
頭を深く下げた。カイルも一緒だった。
「……許す気はないけど、まあ今は休戦にしといてあげる。とりあえず王国をどうにかしないと」
「ありがとう……恩に着るよ」
「そうよ! 恩をいっぱい感じなさい!」
自分の復讐どころじゃないのはレミリアにもわかっている。王国の行末が心配だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます