第30話 観光

 ロニーは帝都を満喫していた。初めこそかなりの緊張感を持ってベルーガ帝国に赴いたのだが、帝国の役人は皆とても親切……というか全然気取っておらず、肩透かしをくらった気分だった。

 大賢者の窓口であるフロイドという高官にレミリアのことを相談した時も、とても誠実に答えてくれた。


「姉は僕のことなど話題にもしていないでしょう? 恥ずかしながら出来が悪くって、いつもいないように扱われていたので」


 つい、いつもの調子で自虐的に話してしまっても、


「いえ、しっかり仕返しの対象として見られていますよ」


 少し困ったように微笑みながらもロニーの意図を汲んで答えた。


「はは! そっちの方が姉上らしいか」


 悪い意味でも、姉の心の中に自分が存在していることにホッとしてしまっていた。


(会いに行っても、あの手紙のように無視されてしまったら……)


 彼女に対する気持ちに変化が起こってからというもの、それが怖くてしかたなかったのだ。

 まだ悪意を、恨み辛みをぶつけてくれた方がマシだった。それなら受け止められる準備が今はあるからだ。


(この期に及んで現実逃避だな、我ながら情けない)


 そうは考えながらも孤児院の子供達のことを考えながらお土産を選ぶのは楽しかった。


「高価なものはダメだと言われたんだ」

「それなら城から少し離れますが、帝都の住人が利用している常設市場があります。そちらへ行ってみては?」


 その市場も城の近くで開かれているものと全く遜色なく活気に溢れている。横並びに連なった商店の中には一般から中流階級の帝国民が使いそうなものなんでも揃っていた。

 キラキラと輝く一流の物ばかりその手に取っていたロニーの目は確かなので、


「この価格でこんないい物が買えるのか!?」

「実にセンスのいい刺繍だ。色合いも美しい」


 口々に品物を褒める言葉が本心だと分かった店番達は気分が良くなり、彼が買う物全てにオマケがつくことになった。


「いいのか!?」


 ずいぶん帝国民は懐に余裕があるのだとロニーは更に感心したのだった。


(買いすぎてしまったな)


 お土産は綺麗な刺繍の入ったハンカチに小さなぬいぐるみ、ガラスペン、王国では珍しいお茶の葉、それに大量の本だった。それをロニーのお付きと護衛、帝国側の案内人の4人で手分けして運んでいた。


「皆すまないな。少しあそこで休憩しよう」


 そこはこのエリアでは一番大きなカフェだった。沢山の人がそこでお茶を楽しんでいるのが見える。

 ロニーのお付きは彼の変化に驚いていた。これまで彼は決して自分より下にいる者にねぎらいの言葉をかけることなどなかったし、一緒のテーブルに着くなどそれこそ考えられなかった。会話の内容も、流行りのファッションや貴族のゴシップではなくなり、領地のことや最近孤児院であった出来事に変わっていた。

 

 突然、背後から声が響いた。


「あーら誰かと思ったら! 聖女大好き愚弟ちゃんじゃないの~~~!」

「んなっ!?」


 ロニーだけでなくその場にいた全員が驚いていた。元悪役令嬢、現大賢者の一番弟子レミリアの登場である。ニヤニヤとした顔は彼女の師匠や兄弟子に似てきている。


「なぜここに!?」

「あんたが菓子折り持ってここまで来たのにひよってるって言うから~」


 そういうと勝手に同じテーブルの椅子に腰を掛ける。ハッと気が付いたロニー以外が急いで立ち上がって頭を下げようとしたのを、レミリアは片手で制した。


「急に来てごめんなさいね」


 だけど視線はロニーからそらさない。まるで悪いことをしないよう見張っているかのようだった。


「悪いが皆先に戻ってくれるか?」

「……しかし!」


 護衛とお付きがそれに異議を唱える。彼らはこの姉弟の不仲具合を知っているし、何よりロニーの方は彼女を国外追放した張本人の1人だ。


「別に殺しゃしないわよ」

「……!」


 マリロイド王国出身の者はレミリアの変わりぶりにも大きく驚かずにはいられない。以前は令嬢の中の令嬢と言われるほど完璧な女性だった。それ故近寄りがたい存在だったのだ。変わっていないのはその威厳と美しさだけだった。だが今の彼女はこの平民向けのカフェに奇妙に馴染んでいる。


「顔のキツさが取れたな」

「はぁ? 何それ!」


 レミリアは自分が舐められたと感じたようだ。わざとらしく睨みつけるような目つきを始めた。


 ロニーに付き添っていた者達は言われた通り席を立とうと、大量に買ったお土産をまとめ始める。


「つーか何をそんなに買ってんの……」

「なんでもいいだろ!」


 今度はロニーが拒絶の言葉を発する。どうやらレミリアに孤児院の件は知られたくないようだった。するとそこでロニーのお付きが割って入ってきた。


「ロニー様は孤児院の子供達の為にお土産を選ばれていたのです!」

「おい! 余計なことを言うな!」

「……? 聖女じゃくて?」


 トリシアはそれはもう、何を言っているのかわからないと言いたげな表情だ。眉毛を下げ、眉間にしわを寄せ、口をぽかんと開けていた。


「今はレミリア様の後を継いで、孤児院を訪ねられ……」

「何それ懺悔のつもり? ウッザ!」


 お付きの予想と違い、レミリアは不愉快そうに顔をしかめた。


「私の後を継いでって、テメェらが追い出しておいて何言ってんの? 馬鹿なの?」

「……申し訳ございません! あの、私は、ロニー様が心から反省をしたことをお伝えしたくて……」


 レミリアの迫力に気圧され、お付きの男がどんどん萎縮していった。


「……もういいから、先に戻って待っていてくれ」

「ロニー様……申し訳ございませんでした……」

「いいよ。僕の援護をしてくれようとしただけだろ」


 レミリアはそのやり取りすら胡散臭いと感じていた。自分の許しを得るためのアピールのように見えて仕方なかった。


「姉弟なのに2人でしゃべったの、久しぶりだな」

「はあ? あんたとは他人以下の関係なんだから当たり前でしょ?」


 レミリアの視線も言葉も冷たかった。


「私はあんたの事、永遠に家族だなんて思わない」

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