第53話 過去

 通信用ペンダントから放たれる光の道が、王都城壁近くにある古く崩れた屋敷の中まで照らしていた。


「師匠もここ通ったみたいだな」


 少しふらつきながら、アレンが扉の中を確認する。


「大丈夫?」

「ん。ちょっと疲れただけだ」


 ここに来る途中、アレンは強力な魔術で王都を目指す魔物達を一掃した。閃光が横一文字に平原を駆けたと思ったら、そのまま爆音と爆風が一面に響いた。その一撃で魔物は木っ端微塵になったが、アレンも明らかに疲れが見えた。


「これで……ちょっとは……時間稼ぎが出来るだろ……」


 ゼェゼェ言いながら黒龍に跨っていた。


 屋敷の奥の書斎、本棚が隠し通路になっており、それが今更隠す気のないのか開けっ放しになっていたので探す手間もなかった。人一人通れるくらいの入口だ。


「この子達は連れていけないわね」


 リュークはレミリアから離れるのを嫌がった。入口を破壊して穴を広げようと力んでいたのをレミリアが撫でながら落ち着かせる。衝撃で奥の空間が崩れでもしたら大変だ。


「やっぱり何かあるんだな」


 そう言って顔を擦り付ける飛竜達に触れ、


「この辺で待っててくれ。いざとなったら頼むぞ」


 いつもの笑顔で不安がる飛竜達と別れた。



 暗い通路をアレンが先に歩く。埃の上に足跡があった。2人はこれが自分達の師匠のものだと確信した。


「その光、消えたままだな」

「そうね……」


 レミリアのネックレスは隠し扉の所で光が消えてしまっていた。アレンは腰につけていた小さな万年筆のようなものを取り出した。それは懐中電灯のような魔道具で、その灯りはどこまでも続く通路を照らしている。


 2人の足音以外、何も聞こえない。珍しくアレンが黙ったままだ。


「アレン、休まなくていい?」

「んな暇はなさそうだからな」


 そう言うと急に立ち止まった。アレンの背中にレミリアがぶつかる。


「ぶわ!」

「あ、わりぃ。お前疲れたか?」

「私は大丈夫よ」

「んじゃあやっぱ急ごう。変な感じがする」


 レミリアも同じ気配を感じていた。そもそも王都の地下にこんな空間があるなんて知らなかったし、魔物の森よりも危険な空気が流れている。

 

「ねぇアレン」

「んー?」

「私もあの凄い魔術使えるかしら」

「もうちょい修行したらいけるだろ」


 レミリアは自分とアレンの差がかなりあることを自覚していた。ジークボルトはアレンのことを天才と言っていたが、レミリアはそれに自分の努力の成果が劣っているかと思うと悔しかった。


「年齢だってそんなに離れてないのになぁ~こっそり修行とかしてる?」

「フハ! お前が来てからほとんど一緒に過ごしてるだろ!」


 アレンは実に楽しそうに兄弟子としてレミリアの世話をあれこれと焼いてくれていた。


「さっきの大技は必要に駆られてな……いや、あの威力は必要なかったんだけど」

「……ふーん」


 これは彼の過去に関わる話なのだろうと思って、レミリアは興味のないフリをした。


「なぁ~そんなに気を遣うなよ~もっと俺の事知りたがってくれよ~」


 いつものふざけた言い方だ。どうやら今日は聞いても大丈夫そうだと察した。


「じゃあ聞くけど、アレンって何者なの?」

「ざっくりだな~」


 道が少し広くなった。水路も出てきて、綺麗な水が流れているのがわかる。


「俺はな~アスラテリア王国の王子様だったんだぞ~」

「……アスラテリアって……!」

「流石勉強してるな」


 アレンの故郷、アスラテリア王国は10年以上前に滅びていた。

 ベルーガ帝国が滅ぼしたことになっているが、実質はアレンの父である最後の王が圧政を敷き、国民の不満が爆発し、ついにクーデターが起こったのを帝国がうまく鎮めたに過ぎない。併合する際、国内の状態を少しでも良くしておきたかったのだ。


「でも王族は……」

「そう。王族は全員処刑されてる。俺意外な」


 アレンの母親は小国の姫で、献上品して彼の父親に捧げられた女性だった。そんな女性がたくさん後宮で暮らしていた。だから彼には多くの兄や姉、弟や妹がいた。遊び相手には困らなかった。

 母親は誇り高く、アレンが生きていくのに必要な多くの知識を与えた。幼い頃から多くの本を読んだ。


 王である父親とは滅多に会ったことがなかった。


 母親が王を嫌っていたことはわかっていたので、会う日はいつも緊張していた。それに暴君であることも知っていたので機嫌を損なわないように必死になった。

 王もそのことはわかっていたらしく、いつも不愉快そうな顔で追い払われて終わった。


 ある晩、母の部屋の前が大騒ぎになっていた。急いで部屋に入ると、母の身体に馬乗りになり、短剣で何度も母の顔を刺しているの父親を目の前で見た。


「生意気な女め!!! これでもう口はきけないだろう!!!」


 父親は顔を歪めて笑っていた。あちこちに血が飛び散っていた。母はもう答えることも出来なくなっていた。あの美しい顔はなくなっていた。


「まあそれで、俺は父親に復讐することに決めたんだけど……」


 気を付けろよ。と壊れた足元を確認しながら、レミリアが渡りやすいよう手を伸ばした。


「どうやって復讐するか考えあぐねている内に、俺、利用されちゃってさ~」


 母親を虐殺された王子を旗頭に、一部の家臣達が民衆にクーデターを起こさせた。


 そして王は捕まり処刑された。たくさんの妻や子供達と一緒に。


「違う! 違う! 罰したかったのは王だけだ!!! やめてくれ!!!」


 民衆達は今までの鬱憤を晴らすかのように、泣き叫ぶ後宮の王妃達やその子供達の処刑を楽しんだ。


 幼い王子の言葉は誰にも届かなかった。

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